peace.26-10
「……え……? 嘘……これ……もしかして……」
「そ。冷徹上司から特別治療のオーダーが入ってますぜ初代。
レキサが地元のコネをフル活用して入手した超貴重な治療アイテムだ。今日から毎日継続してもらうからな。飲み込んで結果を見届けるまで帰らないからそのつもりで」
ふざけていたゼルヤさんの雰囲気が真面目なものに変わり、セリちゃんの顔色がどんどん青くなっていく。
「……1個全部? 一口ちょびっとじゃダメ……? 何日かに分けてがんばって食べるから……」
セリちゃんは完全に涙目だ。しかしゼルヤさんは毅然とした態度で首を振った。絶対に一個完食しなくてはいけないらしい。
僕は見守るしかできない。
そのお菓子がどれだけすごいお菓子なのかは、今は口を挟んで聞けるような雰囲気ではない。
セリちゃんは震える手で半分より小さめにお菓子をちぎった。もともとそんなに大きなサイズではない。一口で食べようと思えば食べれそうなサイズのお菓子だ。
治療アイテムというくらいだから、薬みたいなものなんだろうと思う。
もしかしたらシロさんの罰ゲームの草並みにマズいのかもしれない。
セリちゃんは意を決したようにお菓子を口に放り込むと、口を押さえつけてその場にしゃがみ込んでしまった。
「……危ない治療なの? それともすっごくおいしくないとか?」
不安になりゼルヤさんへ尋ねると、ゼルヤさんは困ったように肩をすくめた。
「――うっ!」
いきなりセリちゃんが呻き、苦しみ始めた。
「ひああああっ! ごめんなさい! 許してください! 反省してます! だから私の頭! 頭離してくださいぃぃぃぃっ! ああ頭っ! 私の頭ぁぁぁぁっ! いやあぁぁぁっ!」
あ。なんかまたシロさんっぽい。
もしかしてこれは悪夢を見せるお菓子ってこと?
「……おいおい頭がどうしたんだよ……こっわー……」
ゼルヤさんが困惑したようにセリちゃんを見つめている。
「あの、これってもしかして罰ゲームなんですか?」
僕が聞くと、ゼルヤさんはセリちゃんが食べ残しているお菓子をさらに小さくちぎって、僕にひとかけら手渡した。
「なんでか初代だけがこういうリアクションなんだよな。普通はこんなじゃない。
今これ入手困難ですげえレアなんだけど、体感した方が早いし、ちょっと食ってみ」
おそるおそる口に入れると、ふわっと体が浮かぶようなめまいを感じ――……。
・・・
「カイン! カイン! ほら! 今日はパンがもらえたよ!」
上機嫌のレネーマがパンを片手に帰ってきた。
「パン? お金ないのに? 良かったねレネーマ」
「ふん、売れ残ったまずいパンだからだよ。さっき味見してみたら思った通りのまずさだった。あたしはもう食いたくないから残りはあんたが食いな。食えるだけでもありがたいんだから残したら怒るよ」
食べれるだけで十分だ。
パンにかぶりつこうとしたらレネーマからお腹の音が聴こえてきた。
「……レネーマ、お腹すいてるんじゃないの? まずくてもしょうがないよ。二人ではんぶんこしようよ」
「うるさいねえ! まずいパンが当たっちまって腹が痛いんだよ! もうそんなパンなんて見たくもないんだよ! さっさと食って片づけちまってくれよ!」
「う、うん……」
あの時のパンは、固かったけど決してまずいパンではなかった。
レネーマは好き嫌いが多くて、自分が嫌いなものをいつも僕に無理やり食べさせようとしていた。
僕が食べようとしないと、怒って無理やり食べさせようとする時もあった。
あの頃はそんなレネーマが怖かった。
だけど――今はそうは思わない。
……きっと本当は違ったんだ。
もう……レネーマったら、バカだなあ。
なんでそんな言い方しかできないんだろう。
僕がもっと早く気づけてたら良かったのに。
・・・




