peace.26-5
息が――できない。
意識が飛びそうになるのを、ギリギリのところでなんとか耐えた。
体が言うことを聞かない。
体を起こしておくことができず床に倒れた。かろうじて細い呼吸を保ってはいるけれど、苦しさで視界がチカチカしてきた。
「カイン! ごめんねカイン! ものすっごく手加減したつもりだったんだけど! 無理して息しないで、そーっと、そーっと、そのうち落ち着くから」
「今のは何割での出力だった? 推定でいい」
半泣きのセリちゃんと、腹立つくらい冷静なレミケイドさんの温度差がすごい。そんなことを冷静に観察している自分がいるけれど、体は突如襲ってきた得体のしれない苦しさに完全に打ち負かされていた。あまりの苦しさに、僕の目からは涙が勝手に流れていく。
「一応、1~2割の出力を目指してみたつもり……だけどうまく制御できたかは自信ない……ごめんねカイン。ホントにヘタクソなんだよ私……」
セリちゃんが必死で僕の背中をさすってくれている。そんな僕たちのことをレミケイドさんが腹立つくらいい冷静に観察している。
「半分程度には抑えられていたようだ。やはり本来の標的を相手にするときよりは力の制御ができるようだ。自分の治療もそれくらい手加減できていればここまでひどい状態にはならなかっただろうに」
レミケイドの言葉に、セリちゃんが小さく息を吐いたのが聞こえた。
「毒を憎む心、それが君の手加減できない理由だ。君が毒を強く憎む気持ちも、君が持つ毒が引き起こす感情だ。彼には加減ができた。つまり他の相手にも加減できる。自分自身にも。今までが君の怠慢だったことが証明されたな」
レミケイドさんの言葉を聞きながら、セリちゃんが苦々しくつぶやいた。
「……またそのお説教か……。わかってるつもりなんだけどなあ……」
レミケイドさんが僕の横にかがみ、アスパートに刺された方の足に手を置いた。
「彼に中に棲みつこうとしたアスパードの毒を消したのは紛れもなく君だ。君は毒に強い憎しみを向けずに治療できる術をすでに得ている。それを自分にも施せばいい。その方法ならいたずらに君の命を削りはしないはずだ」
「カインの治療を私が? アスパードの毒を? いつ?」
セリちゃんはわけが分からないといった表情で僕とレミケイドさんを見比べている。
セリちゃんは分かってやっていたわけではなかったらしい。
あのときセリちゃんが僕の足に触れてからは、刺された痛みも不快なざわつきも気になることは一度もなかった。
「たぶん痛いの飛んでけ、なんだと思うよ」
僕が答えると、レミケイドさんもうなづいて補足してくれる。
「座学でも伝えていたはずだが、毒は強制的に排除するだけが治療じゃない。慈しみや他者との関わりの中で薄まり消えていくこともある。エヌセッズの技法とディマーズでの知識が君の中で融合し形成された、君だけが施せる毒の治療法だ。君が傷ついた人を癒したいと差し伸べる手は、毒に苦しむ人も救える手でもある。
さあ、彼にもう一度治療を施してみてくれ。今度は君のやり方で」
セリちゃんは不安そうな顔をしたまま僕の左手に触れると、目を閉じて静かにつぶやいた。
「……いたいの……とんでけ」
少しも苦しくない。優しい温かさが僕の手を包み込む。
セリちゃんが心配そうな顔でレミケイドさんを見上げると、レミケイドさんはほんの少しだけ口角を上げていた。
「及第点だな。明日から君には特別な治療スケジュールを実施する。
並行して君のその治療法が、君の毒を制御可能なレベルになるまで経過観察していく。分かっているとは思うが、自身の治療は緊急時のみ許されることであって本来は推奨されていない。よって必ず実施には立ち合い必須だ。勝手に行わないように」
「……うん」
セリちゃんはまだ自分の手を不思議そうに眺めていた。
レミケイドさんは今度は僕に向き直った。
「さあ、これで君はここに収容される理由はなくなった」
僕はレミケイドさんの次の言葉に身構えた。出て行けって言われたら、今度はどういう理由でここに居座ればいいんだろう。
「しばらく収容区画はアスパード配下たちが収容される。毒持ちが歩き回るような場所に彼女を近づけるわけにはいかない。よって彼女の処遇は宿舎での自室待機になる。しかし彼女も毒持ち、自由に出歩かれても困る。かといって彼女の見張りに人員を割くには我々は人手不足だ。
だから君に彼女の見張りを頼みたい。任せていいだろうか」
願ってもないことだった。
セリちゃんと一緒にいれる。
「……! ありがとうございます! もちろんです!」
僕とセリちゃんの生活拠点はディマーズメンバーの宿舎に移ることになった。




