piece.23-8
僕は口の中の食べ物をゆっくりと咀嚼して飲み込む。
その間になんの話をするかを考えていた。
レッドとマップが僕を見ていた。
大丈夫、任せて。僕は心の中で二人に返事をした。
「ラスってギルドに、バルさんって男の人がいて、その人がセリちゃんの熱烈なファンなんだって話までしてたよね?」
まったくバルさんのバの字すら出てなかったけど、レッドもマップも僕の即興の嘘に話を合わせてくれる。
「でね、バルさんって全然空気を読まないから、お尋ね者で追われてるセリちゃんを見つけるたびに『セリ! セリ!』って名前呼んじゃうんだ。それでその場は大混乱」
「そいつ馬鹿だろ。迷惑なやつだな」
「だね。今後一切セリさんと関わって欲しくない」
レッドとマップがいい感じで合いの手を入れてくれるけど、その言葉がなぜか僕の心にもグサッと刺さった。
……うん、ごめんね。
実は僕も何回かセリちゃんの名前を呼んで大騒ぎになっちゃったことがあるから、僕も同罪なんだけどさ。とりあえず今はそのことはなかったことにしておいて……。
「食堂で変装してたセリちゃんが酔っ払いに絡まれたときがあって、偶然バルさんもそこに居合わせてね、バルさんには変装しててもセリちゃんだって分かったみたいで、また名前を呼びそうになったんだ。そしたらセリちゃん、何したと思う?」
ここで僕は言葉を区切ってみんなの顔を見た。
レッドとマップは興味津々。ディマーズの二人の表情は読めない。でも答えは気になってるみたいだった。
「正解はね、テーブルに乗ってたパンのスライスをね、ビュッってすごい速さでバルさんの口めがけて飛ばしたんだ。しかも見事にすっぽり命中」
「嘘だろカイン。話盛っただろ」
「セリさん、そんなにコントロール良かったっけ?」
「ホントホント。でもバルさん、それくらいじゃ止まらないから、そのあともどんどんパンを押し込み続けてないと大変で、結局テーブルに乗ってたスライスはぜーんぶバルさんの口の中」
「頭悪すぎじゃね? そいつ」
「ギルドに所属する人ってすごい人ってイメージあったけど……ちょっと幻滅」
レッドとマップの反応を見ているうちに、だんだんバルさんへの罪悪感が強くなってきてしまった。
ごめんねバルさん。ディマーズに怪しまれないためにもここは許して!
「あはは、でもね、本当は強くてすごい人みたいなんだ。
……アスパードの手下に襲われても怪我一つしてなかったし、セリちゃんに頼まれて、アスパードの仲間の隠れ家に片っ端から乗り込んで行って倒してたみたいだし……」
アスパードの名前を出した途端、ディマーズの二人の顔色が変わった。
僕はディマーズの二人に向けて声をかけた。
「そういえばレキサさん、まだ戻ってきてないと思うんですけど、もし戻ってきたら……僕が話をしたいと言っていたって伝えてもらえませんか?」
ディマーズ二人組の表情が困惑したものに変わる。
「マイカで話が途中になってたんです。
その続きを教えてほしいって、伝えてもらえませんか?」
「……分かった。会ったら伝えておく。
あまり不審な行動するんじゃないぞ」
ディマーズの二人組が部屋から出ていくと、レッドとマップがすごーく嫌そうな顔をして扉を睨んでいた。
「けっ! 偉そうに下っ端が!」
「アスパードの名前出したのは良い作戦だったね。あいつらが一番聞きたくない名前だ」
マップが僕のことを褒めてくれる。
でもマップ自身も、アスパードの名前に対して強い嫌悪感を持っているのはよく分かった。
「レキサってのは、女帝のオバサンの息子だろ? そんな上の名前出されたら、あいつら引き下がるしかねえや」
「女帝……?」
「そ。ディマーズの女帝。ギルドのボス、すっげえべらぼうに強くて怖いオバサンなんだぜ。
この街が一回全部ぶっ壊れたのも、とんでもねえモンスターが襲来したときに、オバサンが一人で立ち向かってやっつけたのが原因」
「――え?」
ちょっと待って。
街が壊れたのって、セリちゃんの保護者の人と、ディマーズのボスが戦ったせいだって……。
「すっげえだろ? 俺たちはすぐに避難させられたけど、とんでもねえモンスターだったらしいぜ。
そんなのと一人で戦うオバサン……シャレになんねえよなあ」
……セリちゃんの保護者って……もしかして、人じゃない……?
あ……でもそっか。セリちゃんはピクシーやノームやドラゴンとも友達なわけだし、保護者さんもそういう種族ってことだったのか。
そっか、だから街が壊れるのか。
なんか、納得。
ここにきてようやく僕の中で何かが腑に落ちた。
セリちゃんの保護者さん、一体どんなモンスターさんなんだろう。




