piece.3-2
街道を進んでいくと、セリちゃんが「馬車だ……」とつぶやいて、フードを深くかぶり直した。
もうちょっと進んだ先に、屋根付きの馬車が止まっていて、女の人が一人で馬車の横でしゃがみ込んでいた。
僕はさっそく、セリちゃんを『トーキ』と呼ぶ心の準備を開始する。
「大丈夫ですか? 手伝いましょうか?」
セリちゃんは当たり前のように女の人へ声をかけた。
セリちゃんは知らんぷりという技を使う人ではないらしい。
まあ、だから僕もこうしてセリちゃんと一緒にいるわけなんだけど。
「うわお、ようやく見て見ぬ振りしない人に会えた〜。めっちゃ嬉し〜。
実はさ、ちょっと馬車の車輪が割れちゃってね〜。動くは動くんだけど、引っかかりが出るせいでロバがへそ曲げちゃってね〜。そんで仲間には先に行かれちゃうし、私はしんがりで置いてけぼりさ〜」
馬車なのに、車を引いてるのは馬じゃなくてロバなんだ……。
じゃあ馬車じゃなくてロバ車って言えばいいのに。紛らわしいなあ……。
僕がそんなことを考えていることが分かったのかどうか知らないけれど、ロバが僕を威嚇するように甲高い声で鳴いた。
ものすごく大きい鳴き声だったので、僕は思わずセリちゃんの後ろに隠れた。ロバ、怖い……。
「修理します? それとも後ろから押しましょうか?」
セリちゃんは腕まくりをして、やる気満々だ。
「えー? あんた直せるの? 直せるんなら、ぜひともお願いしたいんだけど……ホントに直せる?」
「道具によります」
セリちゃんは迷いなく答える。
「あー……じゃあお願い! 待ってて~! いま道具出すね~!」
お姉さんは馬車の中に上半身を突っ込むと、ぎゅうぎゅう詰めになっている荷物の中から修理道具をほじくり出し始めた。
よく分からない道具がいろいろ出てくる。キラキラした飾りや、ものすっごい派手な色の真っ赤な大きい布とか。
「これ何に使うの?」
僕が赤い布を指さしてお姉さんにたずねると、ようやくお目当てのものを発掘したお姉さんが得意げに言った。
「ああ、それは舞台の幕さ。私こう見えても踊り子でね、仲間たちと踊りを踊って各地を旅してるキャラバンなのさ。
……まあ私は下っ端だからこうやって、ひとり荷物と置いてけぼりなんだけどさ。
私、キキョウってんだ。この先のでかい街でひと稼ぎする予定なんだけど、なんだったらあんたらも一緒に行くかい?
馬車を直してくれたお礼に、街まで乗せてくよ~」
キキョウさんは踊り子らしく、くるりと回ってお辞儀をしてみせた。
「わあ! すごいね! セ……、トーキ! 僕、昔一回だけ見たことあるけど、すごかったんだよ! 見に行こ……」
セリちゃんの顔色が悪い。真っ白で、まるで死んだ人みたいな色だった。
「ど、どうしたの? 具合悪いの? トーキ? トーキ?」
「…………大丈夫。ちょっと立ちくらみ。
キキョウさん、車輪を持ち上げて固定するような宛て木ってあります?」
「あ、待ってて~! たぶんあるはず。
ねえあんたさ、私ら敬語とか好きじゃないからさ! あんたも私のこと、普通にキキョウって呼んでよ。って、ああそうそう、宛て木だったね! 待ってて〜!」
キキョウさんが騒々しく馬車の中へ突撃し始めた。すぐに見つかるといいけど。
僕は車輪の横にしゃがみ込んでいるセリちゃんに声をかけた。
やっぱり……なんかいつものセリちゃんと違う気がする。
「……トーキ、ホントに平気?」
セリちゃんは少しだけ目を細めて、僕の頭をなでてくれた。
「平気だよ。それよりエライエライ。ちゃんとトーキって呼んだな。バルより頭いいぞ」
そこで僕はセリちゃんと初めて会ったときにいた、体の大きな男の人のことを思い出した。
「そういえば、そのバルさんって人、あの街に残してきたけど良かったの? 知り合いじゃなかったの?」
セリちゃんは何がおかしいのか吹き出した。
もう顔色も悪くない。いつものセリちゃんに戻ったみたいだ。
「バルさんか……。似合わない呼び方だな。
アイツはいいんだ、ほっときな。そのうちどこかでばったり会うさ」
「あ! 宛て木はっけーん!!」
キキョウさんの大きな声で後ろを振り返ると、このあとどうやって片づけたらいいのか分からなくなるくらいの荷物が、馬車の外に散乱していたのだった。




