piece.13-1
シロさんが急に僕の首に腕をからませてきた。
そして僕の顔のすぐ隣に自分の顔を寄せる。
――まるで頬ずりでもするんじゃないかってくらいに。
僕は慌ててシロさんから離れようともがいたけれど、首を絞められるだけの結果に終わり、観念して抵抗をやめた。
……すごく嫌な予感がした。
「カイン、見えるか? あそこに金持ち貴族の別荘がある」
シロさんが真面目な顔をしながら、遠くを指さした。これだけ顔が接近してれば、シロさんの見ている方角は嫌でもわかる。
僕の視線の先には、離れていても十分に豪邸と分かるような建物があった。
僕の耳元でささやくように、シロさんが潜めた声で語りかける。僕の耳にシロさんの唇が当たりそうだ。
くすぐったくて鳥肌が立った。今すぐ離れてほしい。
でも僕は気づいていた。
シロさんがこうやって、僕を動揺させようとしているということは……つまり何かの罠に僕をはめようとしているということだ。
くそっ、その手に乗ってたまるか……!
僕はあえてわざとらしいひとりごとをつぶやいてみた。
「うーん、今日はなんだか、いー天気だなー。
今夜はきっと月がきれいだろうなー。うんうん、つまりは野宿日和だろうなー」
おそらくなんの効果もないだろうということは分かっていた。でも、僕は精一杯の抵抗を試みる。
「もう荷物の中にまともな食材は入ってない」
シロさんのささやき声が、吐息とともに僕の耳をくすぐる。また鳥肌がたった。
耳元でささやく必要なんかないのに、相変わらずシロさんは僕の首に腕を絡ませたまましゃべり続ける。距離が無駄に近い。本気で早く離れてほしい。
僕は聞こえないふりをして、大きなひとりごとを再開する。
「そーいえばこの前食べた木の実はすごくおいしかったなー。実はまだ袋に入ってるんだよねー。あれが口直しデザートなら、ヘビでも虫でも我慢して食べれちゃうからすごいなー。
うんうん、今夜もそんな感じでヘビの丸焼きなんかで済ませばいいかなー。栄養も満点だしー」
シロさんはまったく僕の話を聞いていない。
「むりやり乗りこんで強奪するのと、油断させて頂戴するのだったら、カインはどっち派だ? 好きな方選ばせてやるよ。3秒で決めな」
「それは選んだオレに責任を押しつけるつもりでしょ!?」
シロさんの腕を払い除けながら、僕は抗議した。
――あ。しまった! つい返事をしてしまった……。
「聞いてたんならすぐ返事しろよ」
シロさんのデコピンが飛んでくる。
反射で後ろに避けてはみたけど、追撃がきた。
くっ、痛い……。
「……返事なんかするわけないだろ!
結局どっちにしろ泥棒する気なんでしょ? そういうの、オレはやだよ。泥棒するくらいだったら野宿するから」
シロさんの顔がぱっと輝いた。
「よし! 盗まないんだったら乗るってことだな!」
……あ。しまった。はめられた……!
僕はあわてて思いつける限りの悪い予想を封じる作戦に出る。
「ひ、人にケガさせたり、脅したりみたいなこともしないよ!」
「ああ、わかってるわかってる」
シロさんは超笑顔だ。
……ああ、もう嫌な予感しかしない。
あとは……? あとはなんだ? やられるとまずいことを今のうちに封じないと!
「人に迷惑をかけたりはダメだし、悪いことをしてお尋ね者になるのもダメ!」
「当たり前だろ。超まともな作戦で豪邸に泊まらせてもらおうぜ? うんと豪華な食事も食わせてもらってさ! まあ任せろカイン。俺は何度かこの作戦で豪遊済みだ」
シロさんがニヤリと色っぽく微笑んだ。
……ああもう……っ。
僕は嫌な予感しかしなかった。




