piece.12-10
シロさんは静かに寝息を立てていた。
もう咳はしていない。薬が効いたのか、よく眠れているみたいだった。
でも反対に、僕は全然眠れなかった。
モンスターを倒したあと、掘り出した薬草を抱えて、走り通しで町まで帰った。
あんまり覚えていないけれど、真夜中なのにお医者さんをむりやり起こして、大急ぎで薬を作ってもらって、シロさんに飲ませてもらった……気がする。
ちゃんとお礼を言ったのかどうか、よく覚えていない。
今からお礼を言いに行こうか……。
そう考えてはみたものの、体はずっしりと重くて、僕は椅子から立ち上がる気になれなかった。
岩が乗ったように全身が重いのに、ベッドに横になって眠る気にはなれなかった。
椅子に座ったまま、ずっとシロさんの寝顔を一晩中見ていた……か、どうかもよく分からない。
ただ、ぼーっとしていただけなのかもしれない。
あんまり覚えていない。
もしかしたら目を開けたまま、実は寝ていたのかもしれない。
気がついたら、いつの間にか明るくなっていた。
いつの間にか、すっかり朝になっていた。
シロさんが急に咳込んだ。
僕はすぐにシロさんの枕元へ近づいて、そっと声をかける。
「……シロさん、平気? 水飲む?」
シロさんのうつろな目に、朝の光が降り注ぐ。
潤んだシロさんの瞳が、僕のことを見ていた。
「……なんだ。そこに……いたのかよ……。俺を……置いてくんじゃ、ねえよ……」
シロさんの目から涙がこぼれた。
シロさんの手が、僕の顔に触れる。
シロさんの指が、優しく僕の顔をなでていく――。
まるで壊れものを触るときのように、すごく優しく――。
「俺も……連れてってくれよ……。ひとりで……いくなよ……」
シロさんの顔が苦しそうに歪む。僕は息をするのも忘れてシロさんを見つめた。
シロさんの目から、涙が次々と流れていく。
罠でも、悪ふざけでもない。シロさんはこういう冗談は絶対にしない。
シロさん……僕を誰かと間違えてるんだ……。それも……たぶん、すごく大切な誰かと――。
だけど――。
僕はシロさんと僕の顔の間に、速やかに手のひらを差し込んだ。
間一髪。
だからといって、人の口にぶちゅーっをかましたり、人の口の中に舌を入れたりしていいわけではない。
僕の手のひらにぶちゅーっをかました途端、シロさんの目が覚めたらしい。
「……何してるんだ、へなちょこ」
もちろんシロさんは真顔だ。それもちょっと不機嫌寄りの。
「何かしてるのはシロさんであって、オレじゃないから」
僕も真顔で答える。もちろん不機嫌寄りだ。
「……何か、寝言とか……言ってたか?」
シロさんがわざとらしく寝返りをして、僕に背中を向けた。
「さあ。よく聞こえなかったよ」
僕は嘘をついた。
なんとなく、その方がいいような気がしたから。




