piece.11-9
お婆さんと孫娘さんにご挨拶をして、僕と(ハギさんこと)シロさんは出発した。
せっかくシロさんと離れて、羽を伸ばすチャンスだったのに、僕はなんだかとっても疲れてしまった。
だってもう……シロさんってば毎晩うるさいし長いし、僕はちっとも眠れなかった。
3日間も。3日間もだ。信じられない。
そのことでシロさんに文句を言ったけど、シロさんは笑って相手にしてくれない。
「俺だって寝てえよ。けど、向こうが『もっともっと』ってねだってくるんじゃしょうがねえじゃん。
一宿一飯×3の恩義があるわけだし、俺が見せれる誠意は見せなきゃだろ?
お前だけが寝不足なんじゃあねえよ」
シロさんはズルい。
人がうるさくすると怒るくせに、僕がうるさいって言っても、ちっとも気にしないで笑ってばっかりだ。
これなら野宿の方がずっとマシだ。
僕たちはロバリーヌを迎えに、預り所に行く。
首にリボンを巻いたロバリーヌが出てきて――僕は何故か違和感を覚えた。
「よーし、行くぞー」
シロさんがいかにもやる気のない声をかける。
でも僕は、何かが引っかかっていた。
僕はロバリーヌに声をかけた。
「……ロバリーヌ?」
ロバリーヌは返事をしない。奥でどこかのロバが鳴いている。
「……シロさん! この子、ロバリーヌじゃない!」
なぜだか分からないけれど、確信があった。
「あ? ロバリーヌだろうがロバリアだろうが何だっていいだろ? 行くぜ?」
「良くないよ! ロバリーヌ!」
僕はもう一度、さっきより大きな声で名前を呼んだ。奥にいるロバがまた鳴いた。
「シロさん! ロバリーヌはあの子だよ! この子はロバリーヌじゃない!」
「はあ? お前、よくもまあロバの見分けなんかつくなあ」
「お客さん、困りますよ。ご自分で目印をつけてたじゃありませんか」
預り所の人が迷惑そうに僕のことを睨む。
「だって! 絶対ロバリーヌじゃないんだって! あっちにいる子がロバリーヌだって! ほら! 向こうで返事してるし!」
「んー?」
シロさんがリボンを首に巻いたロバの横にかがみこむと、ぎゅっと乳を搾った。
でも乳はちょろっとしか出なかった。
やっぱり……ロバリーヌじゃない……!
「ロバリア、来い!」
シロさんが呼ぶと、名前が毎回違うにも関わらず、本物のロバリーヌが前に出てきた。
やっぱりこの子が本物のロバリーヌだ。間違いない!
シロさんはロバリーヌの乳も絞る。
ロバリーヌはいつもと同じくらいジャーッとたっぷりの乳を出した。
「……こっちが本物だな」
シロさんがうなづいた。
ロバリーヌは僕に近づいて、甘えるように顔をこすりつけた。うん、やっぱりこの子がロバリーヌだ。
「ロバリーヌ、良かった。離れ離れになっちゃうところだったね」
僕はロバリーヌをよしよしする。
「……で? 俺のロバがすり替えられてたのはどうしてだ? いやに乳の出が悪い年寄りロバにすり替えてあるみたいだが……わざとか?」
シロさんが預かり所の人を睨んだ。
「そ……そんな! 滅相もないです! たまたま偶然で……あ! そうだ! このロバのリボンがほどけちゃいましてね?
いやあ、そうは言っても我々もロバや馬の区別なんてつきませんからねえ、あは、あははは……!」
「へーえ……」
シロさんがぐっと距離をつめて、預かり所の人を見つめる。
……あーあ、怖がらせてる、怖がらせてる。
「あー……えーと……では……ご迷惑料として、お代金は半分ってことで……」
「……へーえ、半分……?」
シロさんがさらに距離を詰める。
僕からシロさんの表情は見えないけれど、どんな顔をしてるかは、なんとなく分かった。たぶん、いつもの怖い笑顔だ。
「ひいっ……! あ、あの……すみません! 無料で! 無料で結構です!!」
僕はなんとなく預かり所の人に悪いことをしてしまったような罪悪感を感じながら、この町をあとにした。
街道を歩いていると、シロさんが思い出したようにふりかえった。そして笑顔だった。
「だいぶカネが浮いたなあ。
お前が揺さぶる。俺が脅す。
やっぱお前と俺って、いいコンビじゃね?」
「絶対違うと思う」
僕は不満しかないけれど、シロさんはご機嫌だ。
そんな僕たちをからかうように、ロバリーヌが横で鳴いた。
はあ……。次は一体、どこに連れて行かれるんだろう。
でも僕には拒否することも、逃げることもできない。
そんな旅を、僕はこの先どれくらい続けることになるんだろう。
いつになったら、僕はセリちゃんに会えるんだろう。
僕は大きなため息をつくと、シロさんの背中を追いかけるのであった。
第11章 欺騙の紫
<KIHEN no MURASAKI>
~equivocation~ END




