piece.11-8
この回には軽度ですが性描写が含まれます。
苦手な方はご注意ください。
甘ったるい女の人の声がする。
レネーマの声だ。
僕は自分の家にいた。
部屋の片隅で、毛布にくるまって息を殺して、小さくなっている。
僕はここにいない。僕は何も聴こえない。そう自分に言い聞かせる。
耳を塞ぐ。目をつぶる。歯を食いしばる。息を潜める。
早く終われ。早く終われ。早く終われ。
いつもそうやって、僕は真っ暗な闇の中で祈っていた。
突然、僕の毛布がはぎ取られ、僕は悲鳴をあげた。
レネーマが笑いながら僕を見下ろしている。
「情けない声を出すんじゃないよ。もう終わったよ。
なんだいなんだい、泣いてたのかい? 痛い思いをしてたのはこっちだってのにさ。
ほらカイン、泣き止むんだよ。この金でいいもんでも食べようじゃないか。そんな顔してたら、せっかくのかわいいお前の顔が台無しだろう?」
レネーマが笑いながら僕の涙をぬぐってくれる。僕は涙が止まらずにレネーマに抱きついた。
レネーマはそんな僕に向かって力強い笑みを返してくれる。
これくらい泣くようなことじゃない。大したことなんかじゃないよ、そう言ってレネーマは笑い飛ばす。
僕はレネーマの笑う声を聞くと安心した。
僕の怖いものなんて、レネーマの笑い声だけで、どこかにいってしまうような、そんな気がしてた。
レネーマは強い人だった。
レネーマはきれいな人だった。
僕の大好きな、強くて、きれいな女の人だった。
目を開けた。
そこは僕の知らないところだった。
そして、すぐ横で蠢く気配と女の人の喘ぎ声。さらに男の息づかいと、低い笑い声――。
僕は慌てて毛布をかぶって耳を塞いだ。
――お、思い出した! そうだった!
今夜はお婆さんのおうちに泊めさせてもらったんだった!
もう使ってないご夫婦の部屋を貸してもらって、僕とハギさん……というかシロさん……と、使わせてもらうことになっていたんだった。
つまり……今僕の隣のベッドで、女の人とあっふんうっふんしているのはシロさんなわけで、シロさんとあっはんうっふんしてるのは、お婆さんの孫娘さんということになる。
シロさん! 人の家なのにお構いなしすぎる! なに考えてんだよ! もう!
せめてもの抵抗で一生懸命耳をふさいでいるのに、孫娘さんの声は嫌でも耳に入ってくる。
声でかっ! お婆さんに聞こえちゃってもいいのっ!? お婆さん起きちゃうよっ!
するなとは言わないからさ! せめてもうちょっと声我慢してくれないかなあ!
ああぁぁぁあ! もうっ! 最悪っ! うるさくてもう絶対に眠れないし! なんで!? なんでこっちの部屋でしてんの!? なにこれ嫌がらせ!?
早く終わってよ! もう! 最悪っ!
しばらくして、僕の毛布が突然はぎ取られた。
僕は出そうになった悲鳴をギリギリのところで飲み込む。
「なんだよ。起きてたんなら混ざれば良かっただろ? もったいないやつ。まあまあの女だったぞ?」
上半身が裸のままでシロさんが笑う。もう孫娘さんは自分の部屋に戻ったみたいだった。
……なら、さっさと服を着てほしい。
僕は黙ってシロさんから毛布を奪い返す。
嫌な臭いがする。大嫌いな臭いだ。
男と女が絡み合った後の不快な臭い。
僕は我慢できなくて窓を開けた。
窓を開けると、乾いた冷たい風が部屋に吹き込んできた。ゆっくり深呼吸する。
少し頭が冷えた。
さっきまで見ていた夢のことを考える。
レネーマが夢に出てきた。
あれは……いつのころのレネーマだったんだろう。
ずっと忘れていた。
レネーマにも、優しかったころがあったってことを――。
昔は、僕はレネーマのことが好きだったってことを。
いつからレネーマはおかしくなってしまったんだろう。
急にそんなことが、気になってしまった。




