表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
流転するアルケウス ~inherited Meme~  作者: イトウ モリ
第11章 欺騙の紫 ~equivocation~
114/395

piece.11-8

この回には軽度ですが性描写が含まれます。

苦手な方はご注意ください。





 甘ったるい女の人の声がする。


 レネーマの声だ。


 僕は自分の家にいた。

 部屋の片隅で、毛布にくるまって息を殺して、小さくなっている。


 僕はここにいない。僕は何も聴こえない。そう自分に言い聞かせる。


 耳を塞ぐ。目をつぶる。歯を食いしばる。息を潜める。


 早く終われ。早く終われ。早く終われ。


 いつもそうやって、僕は真っ暗な闇の中で祈っていた。




 突然、僕の毛布がはぎ取られ、僕は悲鳴をあげた。


 レネーマが笑いながら僕を見下ろしている。


「情けない声を出すんじゃないよ。もう終わったよ。

 なんだいなんだい、泣いてたのかい? 痛い思いをしてたのはこっちだってのにさ。

 ほらカイン、泣き止むんだよ。この金でいいもんでも食べようじゃないか。そんな顔してたら、せっかくのかわいいお前の顔が台無しだろう?」


 レネーマが笑いながら僕の涙をぬぐってくれる。僕は涙が止まらずにレネーマに抱きついた。


 レネーマはそんな僕に向かって力強い笑みを返してくれる。


 これくらい泣くようなことじゃない。大したことなんかじゃないよ、そう言ってレネーマは笑い飛ばす。


 僕はレネーマの笑う声を聞くと安心した。


 僕の怖いものなんて、レネーマの笑い声だけで、どこかにいってしまうような、そんな気がしてた。


 レネーマは強い人だった。


 レネーマはきれいな人だった。


 僕の大好きな、強くて、きれいな女の人だった。





 目を開けた。


 そこは僕の知らないところだった。


 そして、すぐ横で蠢く気配と女の人の喘ぎ声。さらに男の息づかいと、低い笑い声――。


 僕は慌てて毛布をかぶって耳を塞いだ。


 ――お、思い出した! そうだった!

 今夜はお婆さんのおうちに泊めさせてもらったんだった!


 もう使ってないご夫婦の部屋を貸してもらって、僕とハギさん……というかシロさん……と、使わせてもらうことになっていたんだった。


 つまり……今僕の隣のベッドで、女の人とあっふんうっふんしているのはシロさんなわけで、シロさんとあっはんうっふんしてるのは、お婆さんの孫娘さんということになる。


 シロさん! 人の家なのにお構いなしすぎる! なに考えてんだよ! もう!


 せめてもの抵抗で一生懸命耳をふさいでいるのに、孫娘さんの声は嫌でも耳に入ってくる。


 声でかっ! お婆さんに聞こえちゃってもいいのっ!? お婆さん起きちゃうよっ!

 するなとは言わないからさ! せめてもうちょっと声我慢してくれないかなあ!


 ああぁぁぁあ! もうっ! 最悪っ! うるさくてもう絶対に眠れないし! なんで!? なんでこっちの部屋でしてんの!? なにこれ嫌がらせ!?


 早く終わってよ! もう! 最悪っ!



 しばらくして、僕の毛布が突然はぎ取られた。

 僕は出そうになった悲鳴をギリギリのところで飲み込む。


「なんだよ。起きてたんなら混ざれば良かっただろ? もったいないやつ。まあまあの女だったぞ?」


 上半身が裸のままでシロさんが笑う。もう孫娘さんは自分の部屋に戻ったみたいだった。


 ……なら、さっさと服を着てほしい。


 僕は黙ってシロさんから毛布を奪い返す。


 嫌な臭いがする。大嫌いな臭いだ。

 男と女が絡み合った後の不快な臭い。


 僕は我慢できなくて窓を開けた。


 窓を開けると、乾いた冷たい風が部屋に吹き込んできた。ゆっくり深呼吸する。


 少し頭が冷えた。


 さっきまで見ていた夢のことを考える。


 レネーマが夢に出てきた。


 あれは……いつのころのレネーマだったんだろう。



 ずっと忘れていた。


 レネーマにも、優しかったころがあったってことを――。


 昔は、僕はレネーマのことが好きだったってことを。



 いつからレネーマはおかしくなってしまったんだろう。


 急にそんなことが、気になってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ