piece.11-3
朝――。
「飽きたな……」
突然シロさんがそんなことを言い出した。
ロバリーヌの乳粥に飽きたのかな。僕は毎日これでも平気だ。だっておいしいもん。
「森は飽きた。街に行こーぜ」
……なんですと?
僕は自分の耳を疑った。
「……シロさん? ナナクサと合流するんじゃないの?」
「……は?」
「言ってたよね……? ナナクサがセリちゃんとこっそり会ってるかもしれないから、見に行ってみようって」
「俺がいつそんなこと言った?」
「ええぇぇぇぇぇっ!? だって、僕はセリちゃんに会うために……っ」
「知らねえし。お前が勝手についてきたんだろ?
俺はお前についてこいなんて一度も言った覚えなんかねえよ」
シロさんはまったく悪びれずに、恐ろしいことを口にする。
……嘘だ。
嘘だよね……?
……じゃあ僕はいったい今、なんのためにここにいるの?
「……じゃ、じゃあシロさんは、いつナナクサと合流するの?」
「さあなあ、どうだかなあ、めんどくせえしなあ……」
シロさんがあくび混じりで返事をする。
僕の気持ちなんて、まったく考えていない。
ひどい。だまされた……。
シロさんといても、セリちゃんに会えるわけじゃない。ひどい。時間を無駄にした……。なんかすっごい腹立ってきた。
「……帰る!」
僕は自分の荷物をまとめた。――とはいってもほとんど僕の荷物はないけれど。
「ほーん……ひとりでこの森を抜けれるとでも思ってんのか?
……なあへなちょこ、お前はこの森の中で自分がどういう存在か分かってんのか? エサだぞ。お前なんかこの森の中じゃただのエサだ」
ぎくっと、僕の足が止まる。
【エサになる】
あの恐ろしい文字がよみがえった。
「しかもなあ、この森っていうのは昔、村があってなあ……少数民族の住んでる小さな小さな村だったんだなあ……。
その民族の持ってる珍しい宝物目当てに、盗賊共が押し寄せたらしいんだなあ。
男は即皆殺し、残った女子供はずいぶんとひどい目にあって、結局最後はやっぱり皆殺しさあ。もちろん村は滅びちまった。
その殺された村人の怨念がいまだにこの森に溜まっちまっててさあ、……夜になるとな? 恨みの声が聞こえてくるらしいぜ? 『痛いよう、苦しいよう、助けてよう』ってな。
……あー、怖いなあ。びびって一人でションベンに行けねえなあ。漏らしちまうなあ」
「……シロさんっ!!」
話の内容というよりも、話しているシロさんの顔の方が怖い。絶対にシロさんの作り話だ。信じるもんか。
「まあ、そんなわけでこの森は、普段は人が近寄らない曰く付きの由緒ある呪いの森だ。
そんな場所は野盗やお尋ね者みたいなヤバいのが身を潜めるには格好の場所だからなあ。
ちょーっと歩けばすぐにヤバいのとばったり会うと思うぜ?
いやー、呪いとか幽霊とかはさあ、俺はあんまり信じる方じゃねえんだけどさあ、モンスターやバケモンよりも、やっぱ一番タチが悪いのは、俺は生きてる人間だと思うんだよなあ。
人間は怖いよなあ。何考えてるか分かんねえもんなあ。ヤバいのには会いたくねえよなあ。
……じゃ、へなちょこ。短い間だったけどお前のことは忘れないぜ。あ、そういや俺、お前の名前知らねえや。最後に聞いといてやるよ、お前名前なんつーの? ま、すぐ忘れっかもだけどー」
「……くっ」
悔しい……。腹立つ。すっごい腹立つ……!
悔しいけれど、僕は……シロさんに屈してしまった。
つまり、シロさんとまだこのよく分からない旅を続けることになった。
……セリちゃん。僕はいつになったらセリちゃんに会えるんだろう……。
いま僕の胸の中は、不安しかなかった。




