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空の音を知らない僕たち  作者: 木蓮


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8/8

それぞれの生き方

アスランが新しい国で暮らし始めて3年が経った。


「アスラン、行ってらっしゃい。」

学校にいくアスランを母が見送る。


「お母さんも仕事、気を付けてね。」

手をふって近くの学校へ向かう。


この街は、戦闘の爆音もここにはなかった。

人々は日々を淡々と過ごし、子どもたちは学校で笑っていた。

アスランも通学し、普通の生活を送れるようになった。


けれど、ここに来るまでは簡単ではなかった。

隣国での生活や学校・仕事探しは大変だった。

避難民として受け入れてもらうにも時間がかかり、母と一緒に何度も書類を提出し、役所に通った。


「やっと…許可が下りたんだね」

母が目に涙を浮かべて言った。


「うん。これで安心して暮らせる」

アスランもほっと胸をなでおろした。


それでも、心の奥底で戦争の記憶は消えることはなかった。

夜、ふと目を閉じれば、難民キャンプで泣いていた子どもたちの顔、爆撃に怯える家族の姿が蘇る。


そして、父のことも思い出す。

「父さんは、どうしてるんだろう…」

戦地に向かったまま、帰ってこなかった父の顔が浮かぶ。

消息はわからない。生きているかどうかも、誰にも分からない。


母は涙をこらえながらも、故郷を離れ、強く生きてきた。

アスランも、父のことを考えるたびに胸が痛むけれど、同時に自分にできることを考えた。


「僕は、父さんみたいに戦うんじゃなくて、言葉で守りたい」

心の中でそう誓う。


世界のどこかで、戦争はまだ続いている――それが現実だった。


国内に残る人々は、日々の生活を必死で守ろうとし、

国外へ逃げる人々は新しい生活に順応しながらも、故郷や家族のことを忘れられない。


胸の奥で、アスランはそのすべてを感じた。


避難しない選択をした人。

国内で逃げ場を探す人。

国外で新たに暮らす人。


みんなそれぞれのやり方で、生き延びようとしているのだ。


戦争は、人を傷つけ、人生を引き裂くものだと知っている。

けれども、彼には言葉があった。文字があった。

“こえのノート”に書いた言葉は、遠くの誰かに届き、希望を紡ぐ光となった。


ある日、アスランは学校の図書館で、難民や戦争被害者の子どもたちのためにボランティアをしていた。

自分と同じように、戦争の中で生き延びた子どもたちに、言葉で力を与えられることが、少しずつでも世界を変えるのだと信じていた。


「戦争を終わらせることは、僕たちにはできない」

開口一番にアスランは言った。


「どんなに祈っても、どんなに手紙を書いても、戦争は終わらないこともある。

大人も国外の偉い人も、結局止められないんだ。」


子どもたちは小さくうなずく。


「でも、終わらないからこそ、できることがあるんだ。

誰かの声に耳を傾け、痛みを分かち合い、少しでも支えになること――それが僕たちの使命だと思う。」


「アスラン…君、本当に強いね」

ボランティアの先生が微笑む。


アスランは今日もノートを開く。

言葉を書き、想いを紡ぐ。

遠くの戦場で苦しむ誰かに、届くことを願いながら。


「僕の声が、誰かの希望になればいいな…」

心の中でそっとつぶやく。


戦争で生まれ育ったアスラン。

けれど、戦争だけが彼の物語ではない。

彼が選んだのは、生きること、守ること、そして希望を言葉にすること。


世界は完璧じゃない。

平和とは真逆な世界が、世界中のどこかにある。


アスランは静かに微笑んだ。


「戦争の中で生まれた声も、きっと誰かに届いている」


戦争の中で生まれた声は、今、世界のどこかで生き続けている。

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