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空の音を知らない僕たち  作者: 木蓮


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こえのノート

アスランのアイデアで「語りの時間」を開催するようになった。

最初は週に一度。

初めの参加者は片手に数えられる人数だった。

話すのもアスランだけ。


でも次第に、少しずつ増えていき、ほかの子どもたちも話すようになった。


兄を亡くした子。

目の前で父と母を連れていかれた子。

自分のせいで家族が死んだと信じている子。

戦争をかっこいいと思っていたけど、今は違うと言った子。


誰もが、自分の傷を言葉にすることで、ほんの少しだけ呼吸がしやすくなったようだった。


「言葉には、居場所をつくる力がある」そうアスランは言った。

そしてサイードも、それを信じ始めていた。


「この時間って、やっぱり大事だな……」

サイードが小さな声でつぶやく。


戦争の中では、無理にでも強くなるしかなかった。

でもここでは、自分の思いを口にできる。


誰かに聞いてもらえる。

同じように傷ついた仲間がいることを、そっと感じられる。


少しだけ、孤独や重さが軽くなる――

そのひとときが、サイードにとって何よりも貴重だった。


語りの時間が広がる中で、アスランはひとつのノートをつくった。

「こえのノート」と名付けた。


言葉にするのが難しい子は、そこに書いてくれた。

「お母さんに会いたい」

「また学校に行きたい」

「犬を飼っていた。名前はナナ。今はどこにいるかわからない」

「夢を見た。戦争のない国で、みんなが走ってた」

「両足で走りたい」


書かれた言葉は、どれも短くて静かだったけど、重かった。

その重さを、何度も読んで、何度も胸に受け止めた。


ある日、サイードが僕に提案してきた。


「この“こえのノート”を、外の支援団体に届けよう。

国境の向こうには、記者や作家、教育者がいる。

彼らが“現実”を知ることが、何かの始まりになるかもしれない」


アスランはうなずいた。

ここで生きている子どもたちの声が、ただの“被害者の声”として消えていくのはいやだった。


「かわいそう」で終わるのは、違うと思った。

僕たちは、ただの“かわいそうな存在”じゃない。

“生きている”——そのことを、伝えたかった。


翌週、サイードが“こえのノート”を数枚支援団体に渡した。

そしてその翌週、最初の返事が届いた。


手紙だった。翻訳も添えてある。

きれいな紙に、丁寧な字でこう書かれていた。


「あなたたちの言葉に心を動かされました。

この現実を、私たちは知らなかった。

そして、知らないままでいることが、罪なのだと感じました。

あなたたちは、声をあげた。

その勇気に、敬意を表します。

どうか、書き続けてください。

世界にとって必要なのは、銃ではなく、あなたたちのような声です。」


手紙を読んだあと、僕たちはしばらく誰も口を開けなかった。

でも、胸のどこかで、何かが静かに光っていた。


もしかしたら——

世界のどこかに、自分たちを見てくれる誰かがいるかもしれない。

この戦争を終わらせるきっかけを、作ってくれるかもしれない。


アスランたちにとって、それは確かな「希望」だった。

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