生き延びる場所で
難民キャンプに来て3週間が過ぎた。
配給は途切れることもあったが、爆発音のない朝を迎えられるだけで、僕はほっとしていた。
アスランは、雲一つない空を見上げて呟いた。
「こんなにも空は静かで、透き通っているのか……」
砂漠の上に並ぶ簡素なテント。
その広がりを見渡すたびに、ここは「ただ生き延びているだけの場所」なのだと思い知らされる。
誰も未来を語らない。昨日を忘れるように生き、今日を消費している。
笑う人はいても、その目は笑っていなかった。
そんな中で、僕はいくつかの出会いを得た。
サイード。13歳。小柄で痩せているが、目は鋭い。
かつての「子ども兵」だった。
兄を追って反乱軍に連れて行かれ、銃を握らされたのだ。
脱走の末、このキャンプに辿り着いたという。
ある夜、焚き火のそばで彼が尋ねた。
「お前、本当に戦ったことないのか?」
「ないよ」
「いいな……。俺は、殺した。何人も。多分」
その声はかすかに震えていた。
「銃の音。銃の重さ。倒れた人のうめき声……。目を閉じると、まだ聞こえる」
息が詰まった。何も言えなかった。
「大変だったね」とも「かわいそう」とも。
どの言葉も彼を傷つける気がした。
ただ、目をそらさずに耳を傾けた。
焚き火の炎がはぜる音のあと、サイードは吐き捨てるように言った。
「ここにいても何も変わらねぇ。政府軍はまた来るし、反乱軍だってこのキャンプを敵と見てる。結局、戦うしかねえんだ」
周りにいた子どもたちが、黙って頷いた。
8歳、11歳、15歳。まだ幼い顔をしているのに、言葉だけは大人のものだった。
「……僕は戦いたくない」
気づけばアスランの口からこぼれていた。
サイードが目を細める。
「じゃあどうやって守るんだ?母ちゃんを、妹を、自分の命を。誰かが銃を突きつけてきたら、お前はどうする?」
「……わからない。
でも、銃を撃って、また誰かの家族を壊したら……それって、同じことじゃないの?」
火のはぜる音だけが、パチパチと響いていた。
サイードはしばらく僕を睨むように見つめていたが、やがて視線をそらし、焚き火に小石を投げ込んだ。火の粉が散り、夜空に吸い込まれていく。
「同じこと、か……。お前、変なやつだな」
そう言って彼は小さく笑った。ほんの一瞬だけ、十三歳のあどけなさが戻った気がした。
周りの子たちも、黙ったまま火を見つめている。
その目に映る炎は、恐怖や怒りだけじゃなく、どこか安らぎの色を帯びているように見えた。
僕はそっと言葉を継いだ。
「銃じゃなくても、守れる方法があるかもしれない。まだわからないけど……いつか、きっと」
誰も答えなかった。でもサイードは、アスランに何かを期待しているように感じた。
その日の夜空は、いつもより星が多く瞬いているように見えた。
透き通る昼の空と同じく、星々は戦争を知らない。
その静けさが、明日へ続く細い道をそっと照らしているようだった。
暗がりの中で、アスランが小さなライトを点け、配給で回ってきた学用品のノートを開いた。
淡い光が紙の上に落ち、文字を待っているように見える。
僕は、今まで口にできなかったことを書き始めた。
ページにペンを走らせるたび、胸の奥にしまっていた言葉がひとつずつ出てくる。
——僕は、戦争が嫌いだ。
——誰も殺したくない。
——それでも、守りたい人がいる。
——だから僕は考える。戦わずに、どう守るかを。
平和を願う想いは、果たして言葉だけで何かを変えられるだろうか。
僕は、その可能性を信じてみたいと思った。




