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空の音を知らない僕たち  作者: 木蓮


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5/8

生き延びる場所で

難民キャンプに来て3週間が過ぎた。

配給は途切れることもあったが、爆発音のない朝を迎えられるだけで、僕はほっとしていた。


アスランは、雲一つない空を見上げて呟いた。

「こんなにも空は静かで、透き通っているのか……」


砂漠の上に並ぶ簡素なテント。

その広がりを見渡すたびに、ここは「ただ生き延びているだけの場所」なのだと思い知らされる。


誰も未来を語らない。昨日を忘れるように生き、今日を消費している。

笑う人はいても、その目は笑っていなかった。


そんな中で、僕はいくつかの出会いを得た。

サイード。13歳。小柄で痩せているが、目は鋭い。

かつての「子ども兵」だった。

兄を追って反乱軍に連れて行かれ、銃を握らされたのだ。

脱走の末、このキャンプに辿り着いたという。


ある夜、焚き火のそばで彼が尋ねた。

「お前、本当に戦ったことないのか?」


「ないよ」


「いいな……。俺は、殺した。何人も。多分」


その声はかすかに震えていた。

「銃の音。銃の重さ。倒れた人のうめき声……。目を閉じると、まだ聞こえる」


息が詰まった。何も言えなかった。

「大変だったね」とも「かわいそう」とも。

どの言葉も彼を傷つける気がした。

ただ、目をそらさずに耳を傾けた。


焚き火の炎がはぜる音のあと、サイードは吐き捨てるように言った。

「ここにいても何も変わらねぇ。政府軍はまた来るし、反乱軍だってこのキャンプを敵と見てる。結局、戦うしかねえんだ」


周りにいた子どもたちが、黙って頷いた。

8歳、11歳、15歳。まだ幼い顔をしているのに、言葉だけは大人のものだった。


「……僕は戦いたくない」

気づけばアスランの口からこぼれていた。


サイードが目を細める。

「じゃあどうやって守るんだ?母ちゃんを、妹を、自分の命を。誰かが銃を突きつけてきたら、お前はどうする?」


「……わからない。

でも、銃を撃って、また誰かの家族を壊したら……それって、同じことじゃないの?」




火のはぜる音だけが、パチパチと響いていた。

サイードはしばらく僕を睨むように見つめていたが、やがて視線をそらし、焚き火に小石を投げ込んだ。火の粉が散り、夜空に吸い込まれていく。


「同じこと、か……。お前、変なやつだな」

そう言って彼は小さく笑った。ほんの一瞬だけ、十三歳のあどけなさが戻った気がした。


周りの子たちも、黙ったまま火を見つめている。

その目に映る炎は、恐怖や怒りだけじゃなく、どこか安らぎの色を帯びているように見えた。


僕はそっと言葉を継いだ。

「銃じゃなくても、守れる方法があるかもしれない。まだわからないけど……いつか、きっと」


誰も答えなかった。でもサイードは、アスランに何かを期待しているように感じた。


その日の夜空は、いつもより星が多く瞬いているように見えた。

透き通る昼の空と同じく、星々は戦争を知らない。

その静けさが、明日へ続く細い道をそっと照らしているようだった。


暗がりの中で、アスランが小さなライトを点け、配給で回ってきた学用品のノートを開いた。

淡い光が紙の上に落ち、文字を待っているように見える。


僕は、今まで口にできなかったことを書き始めた。

ページにペンを走らせるたび、胸の奥にしまっていた言葉がひとつずつ出てくる。


——僕は、戦争が嫌いだ。

——誰も殺したくない。

——それでも、守りたい人がいる。

——だから僕は考える。戦わずに、どう守るかを。



平和を願う想いは、果たして言葉だけで何かを変えられるだろうか。

僕は、その可能性を信じてみたいと思った。

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