初めて知った外の世界
支援団体が町に来たのは、たまたま運がよかったのかもしれない。
そうじゃないと、彼らがここまで入り込むことは難しい。
政府軍も反乱軍も、誰も完全にはこの町をコントロールできていない。
そんな「無法地帯」だからこそ、かろうじて外の世界と繋がれる可能性がある。
あの日、僕は瓦礫の向こうに見慣れないトラックを見つけた。
側面には青い十字のマーク——医療支援と物資配給の印だ。
僕が近づくと、一人の青年がこちらを見つけた。
清潔な服。異国の匂い。見慣れない、優しい目。
「こんにちは」
その一言が僕の言語だったことに、少しだけ驚いた。
「僕はヨハン。君の名前は?」
彼は医師として支援団体に所属しているという。
「アスランです」
僕は初対面にびくびくしながらも答えた。彼が悪い人でないことは、目を見ればわかった。
ヨハンはトラックの荷台を指差して言った。
「これ、持っていくといい。水と保存食」
僕は無言で受け取った。
「ここは、人が住める場所じゃないな……」
ヨハンの呟きに、僕は質問をした。
「僕はここから出たことない。他の国は戦争がないの?」と聞くと、彼は携帯を取り出した。
画面には外国の町が映っている。車が通り、木々が揺れ、子どもが走っている。
「ここは……どこ?」僕は呆然と見た。
「国境の向こう側。隣国の小さな町。今、難民キャンプが設置されてる場所の近くだよ」
その説明は穏やかな声でされていたが、僕には雷のように響いた。
そこは、こことは真逆の世界だった。
道路、建物、壊れていない窓。笑う子ども、吠える犬、果物が並ぶ店。
「……行けるの?」声がかすれて出た。
ヨハンは少し眉を寄せた。
「難しい。でも、不可能ではない」
彼の続けた言葉が、僕の胸に小さな火を灯した。
「ここを離れたい人はたくさんいる。問題は、“行く理由”じゃなくて、“残る理由”なんだ」
最初はその意味がすぐにわからなかった。でも、家に帰って母の顔を見たとき、少し理解した。
“残る理由”とは、誰かの記憶や愛、目に見えない絆かもしれない。
僕は父さんの記憶をほとんど残していない。それでも、生きたい。
あの光の世界で、もう一度人生を始めたい——僕はそう思った。




