153話~お風呂で女装した空をオカズにしてご飯3杯食べたい~
一香さんとのいざこざから日も経ち、僕は高校生となっていた。もうすぐ16歳! 一香さんはひと足早く22歳だよ。
高校は偏差値50ぐらいの所に通い、帰宅部になって家に帰ってから訓練をする。そんな日々を送っていた。
発現者は部活のスポーツに所属することは出来るが、公式戦などには出られない。公平じゃないからな。
別に最初から所属するつもりもなかったし、特に支障もない。それよりも訓練がしたい。その思いの方が強かった。
成績は中の上ぐらい。F級だし多少の学はあって損は無いからな。何より一香さんが平均以下だったら怒るんだよ。
「成績が高くて悪いことは無い!」と断言して訓練や模擬戦で合法的にボコボコにされる。というか1度された。確かに僕の将来の幅は広がるし、損は無いからやってるけど。あと他には……。
「バイトしたい!」
「ダメだ」
「なんで?」
「私と過ごす時間が減るから」
「っ~……」
「おいこら照れんな!」
とかもあった。それに白虎組合には入らない事にしたが、変わらず白虎組合には通ったりもしている。それとこれとは話が別だし、何より一香さんに拉致されて無理やりにでも連れていかれる。
向こうじゃ僕もほとんど白虎組合のような扱いを受けてるし、仲良くもしてくれる人が多い。あとたまに模擬戦で遊ばれ──ではなく戦ったりもしてるぞ! そんな毎日を過ごしていたある日のことだ。
「電話、誰からだったの?」
「探索者組合本部。悪い空、出かけてくるわ。今日は帰れそうにないから、今日と明日の訓練は1人でやっとくように。サボんなよ?」
「了解」
一通の電話に出た後、引き締まった顔でスーツを着こなした一香さんがそう告げて家を出ていった。僕はいつも通りの訓練を済ませる。
それにしても探索者組合、しかも本部からの呼び出しって珍しいな。一香さん、一体何をやらかしたんだろうか? ……いやいや、一香さんが悪い前提なのはさすがに可哀想だ……その場合、全く予想がつかなくなるが。
「ただいま~、あぁ、疲れた……」
次の日、東京から新幹線に乗って帰ってきた一香さんが、最後の力を振り絞って玄関で倒れ込みそう呟いた。
「おかえり一香さん、夜ご飯できてるよ? お風呂も湧いてるけど、どっちする?」
「お風呂で女装した空をオカズにしてご飯3杯食べたい~」
「うん、疲れてそうだからベッドに放り込むね」
「おいおい空、お前と寝るつもりは私にはないぞ~? でも空がどうしてもって言うなら……(チラッ)」
「僕にもねぇよ」
そう返し、いつも以上に疲れて変な言葉を口走った一香さんの頭を軽く叩く。するとハッとした表情で正気に戻った様子を見せる。本当に何があった?
「すまん、普通じゃ考えられない変な言葉を呟いていたと思う」
「一香さんならギリギリ言うかもしれないラインだったから大丈夫だよ」
「それって大丈夫って言うのか……?」
一香さんがお風呂から上がってから、僕達は夜ご飯を食べつつそんな会話をし始める。
「ちょっとあの集まり疲れるんだよな」
「集まり? そう言えば探索者組合本部に呼ばれた用事ってなんだったの?」
「国家機密だから詳しくは言えないが、めっちゃ面倒くさいことになってる事の説明とだけ言っとくわ。あと疲れてるのはそれが理由じゃないからな?」
うわ、むしろ詳細聞かなくて良かった。一香さんが面倒くさいと思うって相当じゃん。て言うか国家機密よりも疲れる理由が他にあるのか。一体なんなんだ……?
「それじゃあ疲れる原因となった集まりは何です?」
「ロリコン野郎とシスコン野郎と百合女とオタク野郎……二次コン野郎との顔合わせ」
「なにその異次元すぎる魔境……」
確かにそんな奴らの集まりは疲れるだろうな。て言うかなんでそんな人達と集まってるのか謎すぎる。
あと1番気になったのがコンプレックスを合わせるために2次コンって言ったことだな。多分2次元コンプレックスだと思うが。
じゃあ一香さんは何コンだろうか? 僕を引き取ったからショタコン? いや、女装した僕の写真を撮りたがってたから男の娘コン? それとも僕の親代わりになろうとしたからある意味マザコンか?
……結構考えたけどどれでも良いや。ご飯うめぇ……つまり作った俺すげー。
「ふぅ、食った食った~、ごちそうさん」
「お粗末さまです。洗い物するね」
「今日は私の食べ終わった皿、ぺろぺろしたりすんなよ?」
「したことないよそんな事!?」
溜まった水と洗剤を掛けたスポンジで皿を洗っていく。カチャカチャと洗う音だけが部屋に鳴り響いていた。一香さんはボーッと天井を眺めている。何が楽しいんだろうあれ?
「なぁ空……明日、京都に行かないか?」
「ぇ……なんで?」
一香さんが急にそんなことを言ってきたので、僕は少しだけ警戒しながら尋ねる。京都は……僕の生まれ育った地だ。
今は一香さんと一緒に大阪に住んでいるが、もし水葉が目覚めて戻りたいと言ったら、僕は水葉の言うことを優先する。一香さんにも予め伝えてある。
その時はできる限り一香さんと会う時間を増やしたりするつもりだが。しかし一香さんは何故か今、そう尋ねてきた……。
「もう、お前も高校生だ。1度くらい戻って家の現状を確認したり、その、ちゃんと妹が目覚めた時に戻れるのか、それの確認とかだな」
「……今である必要、あるの?」
「……ある。理由は言えんがな」
消極的な態度をとる僕だったが、一香さんが必要あると言った。その時点で僕は行くことを決意する。しかし理由を言わないってのは何かおかしいぞ……。
「……一香さん、なにか困ってることがあるなら僕にも相談してよ。前みたいにさ、1人で抱え込むのは──」
「空、これだけは絶対に言えないんだ。……3日後、理由を言うよ。だから明日、一緒に京都に行こうぜ?」
話し合おう、そう言おうとしたが一香さんがさらに聞きにくくなる言葉を続け、妥協案を出してきた。3日後……それに何か意味があるのだろうか? ……まぁ良い、前みたいに言い合いになる訳でも無いだろう。
「3日後、本当に教えてくれるんだね……?」
「あぁ、約束だ!」
一香さんからの言質も取れた。行くことは決定した。……丁度、良かったのかもしれないな。僕も……いつか行かなきゃ行けないとは思ってた。
でも、そうするための勇気が無かった。その背中を、一香さんが押してくれた。ちょっと強引だったけどね。
「……行くだけだよ? 無理だと思ったら、すぐ帰るからね?」
「おう!」
こうして一香さんのお願いに僕が折れた形で明日は急遽、京都に行くことになった……。
待て、一香さんの事だぞ? ここまで言っておいて当日に向こうの探索者さん達との模擬戦だぁ! って可能性も考えて覚悟しておかねば……!




