囮作戦
この小説はフィクションです。実在する国家、団体、企業、個人、法律等とは一切関係ありません。
【地上から高度750kmの衛星軌道宇宙空間 連合機動部隊 旗艦空母『赤城』】
「浮遊山地まで距離100km。方位1830。」
航宙士からの報告がブリッジとCICに詰めている要員の宇宙服ヘルメットに内蔵されたイヤホンから聞こえてくる。
宇宙空間での戦闘は艦内が真空に晒される危険を伴う為に、戦闘配置時は全員が宇宙服を装着していた。
「各艦、攻撃機部隊と護衛戦闘機を発進させろ!」
『赤城』に座乗するハミルトン英国少将が指示を出す。
赤城上下甲板に、回転式エレベーターで電磁カタパルトに接続された三菱SF攻撃機が流線形の機体から左右のイプシロン3エンジンを噴射させながら射出されて発進していく。
米国宇宙空母『ミッドウェイⅡ』からは、流線形の機体にGE社製の単発だが強力な水素エンジンと高出力化学レーザーを装備したF16SF戦闘機が、攻撃部隊の護衛機として発進する。
ロシア連合の戦闘空母『エカテリーナ』からは、オリーブ色の葉巻形機体から上下左右に伸びた翼の端にある6連装ミサイルポッドを装備したミコヤン・ミグ98宇宙攻撃機が左右の甲板から次々と電磁カタパルトで射出されて発進していく。
NATO宇宙軍の戦闘巡洋艦『ジブラルタル』からは艦底の甲板から、ユーロ・スターファイター(ESF)18が細長い小判鮫の様な機体左右に付いたロールスロイス水素エンジンと、左右の後退翼下にある4連装ロケットランチャー、炭素化学レーザーを装備して発進する。
80機にも及ぶ戦爆連合機編隊は高速で浮遊山地に接近する。
「攻撃機部隊浮遊山地まで距離60km!」
「距離50kmでミサイル発射!発射後は左右に展開して攻撃せよ。」
浮遊山地の有害な放射線を避けるように50kmに到達した攻撃機から次々とミサイルが発射された。水素燃料と酸化剤を組み合わせた宇宙専用ミサイルは浮遊山地各所に命中したが、地面を掘り返すだけで、目立ったダメージは無かった。
「ミサイル全弾命中。浮遊山地健在。有害放射線量変化無し!」
「全艦レールガン発射用意!目標、浮遊山地中央部!」ハミルトンが号令する。
機動部隊の戦闘艦レールガン砲搭が蒼白く発光しながら発射準備を終えた。
「撃ー!」
機動部隊から幾筋もの雷光が、重なりあうように浮遊山地に伸びて行き、中央部に着弾した。
「全弾命中!」
「第2射用意!」
「攻撃機部隊はレールガン準備終わるまで浮遊山地背後から中央部にミサイル発射せよ。」
最初のミサイル攻撃を行った攻撃機編隊は浮遊山地の背後から各国編隊毎に、ミサイル攻撃を再開した。
レールガンを装備していない宇宙空母等は浮遊山地正面から大型宇宙専用対艦ミサイルを立て続けに発射していた。
「攻撃機部隊及び赤城、ミッドウェイⅡのミサイル中央部に着弾!」
「山地中央部ダメージ軽微。」
「やはりレールガンで削り取るか?」ハミルトン少将が呟く。
「PS潜入させますか?」澤城大佐が少将に訊く。
「攻撃機部隊のミサイルが尽きてからにしよう。出撃準備をしておいてくれたまえ。」
ハミルトンはまだ冷静だった。
「PS大隊各員はコウノトリに搭乗!命令あり次第コウノトリで発進、浮遊山地に潜入せよ!」
澤城が大隊に指示を出す。
赤城の艦内駐機スペースに配置しているコウノトリにPS大隊員が3基のコウノトリに分乗していく。
天城大尉と"訪問者"『御池』がコウノトリの傍で澤城の発進指示を待つ。
「こちら天城、大隊出撃準備完了。」
「各艦レールガン第2射発射準備完了。」
「目標同じ!撃!」少将が命令する。
攻撃機からの大小ミサイルが降り注ぐ浮遊山地に、機動部隊から再度蒼い雷光がぐんぐんと伸びて命中する、と思った瞬間、見えない壁に当たったかのようにレールガンが左右に弾かれてしまう。
「何だと?」「電磁シールドか?」
CIC要員がざわめく。
「モニター最大望遠で山地中央部を映せ!」
ハミルトンが指示した。
赤城のCICメインモニターに浮遊山地中央部がズームアップされる。
モニターには山地中央部に"複数の人影"が見えた。その人影は横一列で並んでモニターを真っ直ぐに見つめている様だ。いちばん真ん中の"老婆"と思われる人影がモニターを指差した。
赤城艦内デッキにいた『御池』は得体の知れない不気味な力を感知して思わず、
『いかん!皆、避けるのじゃ!』
全艦通信で"訪問者"御池が叫ぶ。
「ミッドウェイⅡ電子偵察機から警告!浮遊山地中央から強烈なガンマ線、マイクロ波が指向性を持って機動部隊に照射されます!」
通信要員が叫ぶ。
機動部隊艦艇の外部レーダー、アンテナ群がスパークし始める。
「レーダー、ブラックアウト!」
「艦首センサー類に膨大負荷!システムダウン!」
「レールガン照準システム異常!砲搭要員生命反応無し!衛生兵急げ!」
「通信システム強力なジャミングの為使用不能!」
「艦内各所から救護要請!艦内窓際の配置要員が、ガンマ線の直撃を受け被爆!」
赤城の艦橋で、窓際からモニターを見ながら針路を確認していた航宙士が突然絶叫して床をのたうちまわった。
宇宙服から覗く彼の顔は、真っ赤に腫れ上がって破裂寸前で、顔面の各器官から血液が噴出していた。背後に居た通信要員が、窓際から彼を引き剥がして艦橋の操作モニター後方に引きずり込む。
他のブリッジ要員も外の光が当たらない機器類の後方に退避した。
「こちらブリッジ!航宙士被爆!至急衛生兵頼む!」副長が叫ぶ。
「"訪問者"御池から至急撤退すべきとの具申あり!!」
「攻撃機部隊が放射線による通信途絶、機体故障、救護要請多数!」
「発光信号に切り換え!攻撃機部隊は可能な限り、浮遊山地から離脱!艦隊針路反転180°、ラグランジュ・ベースに撤退!」
ハミルトン少将が遂に作戦中止を指示する。
「サワシロ、悪いが出番は次だ!」
「浮遊山地から複数の未確認飛行物体が艦隊に接近中!」
浮遊山地各所からフランスパンのような形をした全長200m程の細長い物体が艦隊に向かってきた。
やがてフランスパンの様な上部切れ目から、スライドされたような直径5m程の円盤が滑らかに発進すると機動部隊の艦艇に体当たりを始めた。
円盤の縁はギザギザで鋭く、激しく回転しながら突撃してきた。
「飛行体が『ピョートル大帝』艦橋直撃!通信・操舵不能のまま艦隊から脱落!」
ブリッジとCICを同時に失ったロシア連合の戦闘巡洋艦が、明後日の方向に艦首を向けた所で更に十数機の飛行体が次々と船体の各所に突き刺さり、ぶつ切りになった船体から部品や乗員の欠片を大量に放出しながら機関部から爆発した。
「ピョートル大帝撃破されました!」
「脱出者無し!」
「戦闘巡洋艦『ジブラルタル』大破!」
英国宇宙巡洋艦は、艦体中央部を袈裟懸け切り裂かれて、艦内の空気と乗員をガス状の水に変えながら船体の部品を撒き散らしながら艦体が四散していく。
「足柄より救護要請!機関部大破!燃料温度急激に上昇中!」
日本の宇宙巡洋艦は、機関部付近に飛行体の直撃を受けて空いた大きな破孔から降り注ぐ強力なガンマ線とマイクロ波によって、燃料が臨界を超えて爆発する。激しい勢いで膨れあがる人工的な超新星に足柄が包まれる。
「足柄爆沈!脱出者無し!」
「ディスカバリーより発光信号!『我操舵不能!操舵不能!機関部温度上昇中!』」
『赤城』の前方を航行していた米国宇宙巡洋艦「ディスカバリー」が航行システムがダウンした為、バランスを崩して上下に回転しながら艦隊の陣形から脱落していく。
脱落した「ディスカバリー」に飛行体が次々と突き刺さり、米国宇宙巡洋艦は眩い白光を放って爆発した。
「ディスカバリー轟沈!脱出者無し!」
「全艦隊対空戦闘!レーザーCIWS(短距離対空火器)はオートからマニュアルに切り換えろ!短距離対空ミサイルも誘導を切れ!とにかく弾幕を張るんだ!」
ハミルトンが叫ぶ。
遅ればせながら稼動し始めた各艦艇の対空火器が飛行体を次々と打ち砕いたが、いかんせん数が多すぎた。
「空母エカテリーナ航行不能!飛行甲板にダメージ大!通信システム障害!脱出者から救難信号!補給艦『ノブゴロド』が救援に向かいます!」
「浮遊山地から距離150km!敵飛行体、母艦群浮遊山地へ戻って行きます!」
「残存艦艇と生存者、艦載機を収用したのち、ラグランジュ・ベースに帰途する!」
余りの惨状に沈痛な表情の英国少将が重い声で命令した。
『赤城』の艦内で待機していたPS大隊は、御池の指示でコウノトリに搭乗したまま、鉛の板で顔やポッドを防護しながら、僚艦が次々と爆発していく外の光景を眺める事しか出来なかった。
囮作戦で失われた連合宇宙軍戦力は、ラグランジュ・ベース配備されていた数の7割を超えた。
戦闘機に至っては8割が未帰還となった。
辛うじて辿り着いた艦艇の大半が大破もしくは中破相当の損害を受けており、ムーンベースの軍用ドックで改修を受ける必要があった。
浮遊山地の敵について多くの情報が収集出来たものの、その代償は余りにも大きく、本格的な攻略作戦の進行に大きな影響を与える事となった。
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m




