慰霊
この小説はフィクションです。実在する国家、団体、企業、個人、法律等とは一切関係ありません。
2023年3月10日
【東京都 千代田区 靖国神社】
この由緒正しい神社で今、1月末にロシア連合南部で戦死した自衛軍の合同葬儀が行われていた。
自衛軍の戦死者は、
陸上自衛軍がPS部隊の13名、
海上自衛軍がシヴァストーペリー要塞沖のシーサーペントに巻き付かれたり、呑み込まれたフリゲート艦や潜水艦の乗組員250名、
合わせて263名である。
遺族の他に、日向総理大臣始め、全閣僚と全国会議員が与野党問わずに参列した。
また、東京に大使館を置くG8各国の大使も参列した。
特に、ロシア連合からは駐日大使の他に、シヴァーストーペリー要塞司令官のアレクセーエフ大将が参列して、ロシアの地で戦った自衛軍兵士に最大限の敬意を表したのだった。
米国も陸軍特殊戦車部隊指揮官のワット大佐が駐日大使と共に参列し、同盟国兵士の冥福を祈っていた。
ロシア南部の戦闘は後世に『史上最大の戦闘』と評される程の激戦であり、その中で日本派遣軍の戦死者が他国に比べ、少なかった事もあり、澤城を責める声は小さかったが、ケルチ半島とヤルタ海岸での迎撃の読み間違えは澤城※や武見※に深い後悔の念を抱かせる事となった。
澤城大佐と武見中佐は桑田防衛大臣に辞表を提出したが、強く慰留され、辞表は保留された。
市ヶ谷の植人部隊宿舎で林軍曹は仲間と共に戦死者を忍びながらしんみりと盃を根本でちびちび嘗めながら、澤城大隊長と武見中佐の心配をするのだった。
林の第一小隊も2名の戦死者が出た。ヤルタ海岸でサンドワームに丸呑みされ、脱出する前に天の羽衣でサンドワームごと焼かれており、遺品と言えば、出撃前に遺書がわりに遺した一粒の種だったりする。
種に触れると、故人の思念が僅かに残っているのが分かるのだ。
このため、植人部隊隊員では遺書換わりに種を残す修行をする者も多い。
林軍曹は渋谷(※2)で植人となったときに1度"死んだ"と思っており、二郎&三郎に救出された時、残りの人生は植人として悔いなく生きたいと願っていた。
林は小隊長の天城大尉が何となく気になるが、淡い想いに過ぎず、確信たる想いにはなっていなかった。
天城大尉がどのように思っているかは分からないが。
「林軍曹!出掛けるから付いてこい!」
天城大尉が宿舎の温室にやって来た。
「外出でありますか?」
「ああ。佐久間と大田の実家にな。」自衛軍の正装を着た天城が目的を告げた。
「お供させてください。」
神妙に林は応えた。
植人仕様の自衛軍ジープを林が運転する。助手席の天城大尉は無言でカーナビを戦死した佐久間と大田の実家にセットすると眼を瞑って目的地に着くまで無言を貫いていた。
佐久間の実家は神奈川県の秦野市にある。
秦野市街を外れて更に20分程丹沢山系寄りに坂道を走ると21世紀とは思えない街並みが現れる。
どの建物もトタン屋根葺きで壁は薄い漆喰を塗り固めた粗末な小屋とでも呼べるものだった。
驚いた事に佐久間と大田の実家は隣り合わせだった。
天城が佐久間家のトタン屋根の長屋にある一室の呼び鈴を押すと、しわがれた顔の60代半ばの女性が顔だけ玄関ドアから覗かせてきた。
天城は姿勢を正すと、一礼したのち、「佐久間軍曹の上官を務める天城大尉です。お預かりしたご子息の品を御届けに参りました。」と毅然としたた態度で佐久間の母親に告げた。
「こんなあばら屋ですが、お立ちのままではあれなので、どうぞ」と室内に招かれた。
雑然とした部屋の窓側に段ボールを土台に綺麗な布を敷いた上に佐久間の位牌と線香台が置かれていた。
天城は静かに段ボールの前に座ると線香に火を着けて位牌の前で手を合わせた。
佐久間の母親はそんな天城をじっと見つめていたが何も言わなかった。
天城は佐久間の位牌に手を合わせた後、母親に白い封筒に入った小さな一粒の種をそっと渡した。
母親は佐久間の最期を尋ね、天城は機密に触れない範囲で詳細に佐久間の最期を説明した。
「あの子は無口な子でしたが、人一倍他人を思いやれる子供でした。お役に立てたのなら本望でしょう。」母親は気丈に答えた。
佐久間家を出て、大田家の玄関が開くのを待つ間、天城の耳は佐久間家から母親の嗚咽が漏れているのをはっきりと聞き取っていた。
大田家の対応も佐久間家と似たものだった。
大田の両親は彼の種に触れると号泣し、小一時間泣き続けた。
天城は、じっとその光景から逃げずに、静かに立ち尽くすしかなかった。
市ヶ谷への帰り道に林軍曹は天城大尉に、
「フカヒレスープが飲みたいであります!」と要求した。
天城は林の心遣いに感謝するのだった。
横浜中華街に立ち寄った二人は服装を私服に着替えると、中華街の大通りにある飯店に入り、ひたすら食べ、飲み明かした(林は運転のため、バヤリーズのオレンジジュースだったが。)。
紹興酒をストレートでぐびぐび呑みながら「私に出来る事はたかが知れている。だが、そんなことよりも、部下を死なさずに帰す事が一番の任務だと思うんだ。」天城は言い切った。
そんな天城大尉に心から部下になって良かったと林は思うのだった。
中華街からの帰り道、天城が泥酔したため、途中で何度も路肩に停車して、天城の口から吐き出される七色の虹を見た林は感謝の心を半減させる事になるのだった。
※澤城大隊長と竹見副官については、本編『植人』第二部~救出~をご参照くださいm(__)m
※2 林軍曹については本編『植人』第二部~二郎&三郎~をご参照くださいm(__)m
ここまで読んで頂きありがとうございましたm(__)m




