お母さん、天国でも優しく見守っていてください。私達の人生の生涯をゆっくりとのんびりと眺めてくれていたら幸いです
4月に高校1年生から高校2年生になる前の2ヶ月前。つまりは2月。
この日は命日よりもだいぶあとになってしまいましたが、学校があるとどうしてもそっちの方を優先にしなければならないので墓参りは休日を利用して行くことになりました。
ごめんね、お母さん。学業なんかに優先しちゃって。本当なら行きたい気持ちでいっぱいなんだけど、お父さんに命日の墓参りはこっちで済ませるから遥は休日を利用して墓参りするように……とか言われたら黙って従うしかないよね。
まぁ、けれど私が強情になって行くような雰囲気でもないと思う。
きっと一番にお母さんを亡くして辛いのは私じゃなくてお父さんで。
それこそ、世界で一番愛しているからこそ私なんかが入っていったら邪魔になるだけかもしれないって思ったのです。
「るーちゃん、準備できた?」
「うん! 準備できたよ!」
「よし、じゃあ行こう!」
休日を利用して墓参りへ。今日は恋人になってまだ一年も経過していませんがこれから一生に誓って愛する大切な人と共にお母さんが眠る場所へと電車を利用したりバスを利用したりして向かいます。
墓は広々とした一軒家タイプの自宅からはだいぶ離れた山。
そこの頂上にそびえ立つ霊園から見渡せる景色は私達の街を全体的に眺められ、まるでここから静かに街を見守っているかのような……そんな感覚ですらあります。
「るーちゃん……墓参りってどうやるの?」
「あっ……それは私が順番に教えていくね。うーちゃんは後ろでこっそり見てくれていたらいいから」
お墓参りはただ黙って手を合わせておしまいということではないのでやるにしても失礼のないように一通りやっておく必要があります。
とはいえ墓回りのごみや汚れは前日に訪れたお父さんが徹底的に清掃してくれているので一部の流れはあまりしなくてもよさそうです。
霊園に入る前は手を先に清めて。次に墓の清掃に入るわけですがスポンジかなにかで既にピカピカに磨かれていたので、数日経って付着しているごみをビニールで保管していた雑巾で払い落としてから終わらせてお供え物をちらりと見てみる。
そこには二本ほど菊がありました。多分それは持ってくると分かっていたのでほんの一本だけ花立に差して線香受けに事前に買っていた線香を寝かせて、私からの贈り物として生前よく好んで口にしていたプリンを墓の前に置いてからしゃがみ両手で静かに合掌。
今はもう遠い世界に行ってしまったお母さんの顔を僅かに思い出しながら寒空の下、たまにやってくる横風に頬を当てられながらも静かに語りかけます。
私にとってなによりも嬉しい近況報告も兼ねて。
「お母さん、私ね……恋人ができたの。男性じゃなくて女性なんだけど、誰よりも大好きで誰よりも愛していて。私には勿体ないくらい美人で優しくて頼りがいがあってどんな顔でも美しくて……紹介するね。ふふふっ、あんまりにも美人だからってびっくりしないでよ」
合掌と挨拶を終えてゆっくりと立ち上がる。墓参りに合わせて目立つことがないよう、地味目なズボンともこもこのシャツに黒いぶ厚めのコートで寒さを凌いでいるうーちゃんはこれまで以上に頬を赤らめて目を合わせないようにしてから膝を曲げて墓に両手を合わせる。
「初めまして、お母様。ご紹介遅れてしまいましたが、遥の恋人として付き合っている春野陽子と申します。突然ながら驚いているかもしれませんが遥を想う気持ちは誰よりも負けていません。健気でがんばり屋で無防備で時折はにかむ笑顔が可愛くてそんな子と結ばれたのが今でも夢なんじゃないかと思う日があって。けれど、それは本当に嘘偽りなくて……正直に言うと嬉しかった。始まりは一目惚れだったあの恋が実ったからこそ、今度は遥を一生を掛けて守りたい。何事にもそつなく適当に合わせていた私に強い目標を立ててくれたのは間違いなく遥のおかげです! だから……だから」
いつものなで声から一変して芯の通った声を腹から出していて、背中だけしか見えてない私にはうーちゃんの顔がどう浮かべているかはっきりとは分からない。
ただ、一目惚れって言われたのが初めてで梨奈に言われたときよりも鼓動がうるさく反応する。
ドキドキが止まない。うーちゃん……私を見てから恋に堕ちたんだ。
そんなに前から想っていてくれたんですね。
「産んでくれてありがとうございました! これからは勝手なことだとは存じておりますけど、私に遥と傍にいられる権利をください。必ず幸せにしてみせますから! 世界で一番羨ましがられるような……そんな関係を築き上げていきたいと思っています!」
「うーちゃん……ぐすっ」
お母さん、見てますか? 高校生から万引きなんかに手を染めてこんな救いようのない子に手を差し伸べてくれる素敵な女性が現れました。
本当なら今すぐにでも叶うのであれば結婚したいくらい私の気持ちは強いです。
けれど、世間では誰もがそれを認めない。だから、想いがどれだけ力強くとも永遠に祝福されることはないしむしろ気味悪がられることは避けては通れないでしょう。
でも、だからといって悲観的になって私とうーちゃんが別れるなんてことは天地がひっくり返ってもありえません。
だって、別れたら私は迷いなく死にますから。うーちゃんに捨てられたら生きていける自信なんかない。
もう陽子さんがいないと生きていけない身体にされちゃってるんです。
別れたショックで寝込むとかもはやそういうレベルじゃないんです……私達の愛は。
「ふふっ、なんで泣いてるの?」
「だっでぇぇ、ようごじゃんがドキッとする台詞を! さらっと言うからぁぁ! 涙ががっでぇにぃ!」
「泣いちゃ駄目でしょ。もう、ほら……ハンカチでも拭いて顔乾かして」
「ぐぇぇん……うっ、ぐしゅん!!」
「鼻かまれたらハンカチ使い物にならなくなるんだけど」
勝手に涙が溢れて鼻水も出なくてもいいのにやはり流れる。寒いからかではなくうーちゃんの愛が籠った言葉にコロッとやられて、あははと笑う姿に私も笑いで返して。
「じゃあね、お母さん。天国でも元気で」
線香の火を消して、綺麗にゴミ一つ残っていないか周囲を確認してから霊園を後にする。
次に来るときはお父さんと一緒に行きたいなぁ。家族総出でお母さんにお話しとかしたいし。
帰り道、山のバスは中々来ないので近くのベンチで雑談を交わすことにしました。
といっても昨日はどこどこに行ってこういうことがあったかとかありふれた話ではなく。
「うーちゃんのお母さんって結局どんな人だったの?」
「どんな人とはこれまた難しいことを聞くんだね」
「難しくないでしょ、これくらい」
「小学校までの記憶しかないから正確にははっきりとは思い出せないの。ただ、思い出せたとしてもぼんやりと浮かんでくるだけだから」
「あっ……ごめん。偉そうに聞いちゃって」
「んーん、別にいいよ。気にしてないから」
「…………」
「あのね……お母さんはね。心が広くて、いつも穏やかで、私がめそめそしても頭を撫でて優しくしてくれたりだとか他にも勉強で良い点取れたときとか体育のレースで頑張ったらご褒美と評してプリンをくれたり……とってもとっても、替えの効かない大切な人で。具体的には」
さらさらの黒い髪に首まで掛かったセミロング。誰が見ても振り返ってしまうぐらいの美女で性格は控えめ、でもやるときは大胆で破天荒。
うーちゃんとは同じくらい頼りになる人で困ったときとか泣きそうになったときとかいっつもすがりついていた。
どれだけ忙しそうにしていても私のお話には嫌な顔一つもせず耳を傾けて聞いてくれるお母さん。
その幸せを壊したのは……もはや医者でも手の施しようのない末期がんだった。
「そっか……素敵な人だったんだね。話を聞くだけでるーちゃん、ほんとに大切にされているんだって分かるくらいだもん」
「うん、私も大事にしていたの。それこそお母さんが大好きだって自信を持って言えるくらいに……けど、病が私達の幸せを壊した。なにかもかも奪っていったんです……全部」
小学校六年生。あと少し……ほんの少し、待ってくれれば中学生の制服を見せられると意気込んでいた頃にはお母さんは無理をしているのか横になっていたベッドでいっつも乾いた笑いが目に焼きついていた。
私の話はちゃんと聞いている。けれど、心のどこかではなにかを恐れているような……そんな感覚。
大丈夫、お母さんは死なない。死なせたくないから折り鶴を作る。
作って、作って、作って、そして1000羽の完成が間近になろうとしたその時授業中に悪いお知らせがやってきた。
君のお母さんが意識不明になっている。今すぐ病院に向かってくれ……と。
そんな嘘だよね、夢かなにかの間違いないだよね? 不安を抱きながら授業を放棄してダッシュで向かう。
車は先生の好意で出してもらった。感謝はしつつも内心穏やかになれない。
無事でいて。とにかく無事でいて。
でも、奪われた。病がお母さんの全身を食い尽くした。私は病室の廊下で待たされた。
医者が出て、看護師が出て、最後に何も言おうとしないお父さんが出て。
結果は聞かなくても分かる。首を横に振って医者が一言……君のお母さんは遠いところに行った。もう一生会えない。
涙をどれだけ流そうとも帰ってこない。あまりのショックに会おうとしたけど止められた。
あと一歩、扉を開けばお母さんに会える。なのに、なのに……押し返せない。
お父さんは壁に持たれて眼鏡を押さえていた。涙の線が頬を伝って落ちていく。
一番辛いのは私なんかじゃなくてお父さんかもしれない。うーちゃんと両思いをした今なら片方を失った辛さが。
結局のところ、お母さんは最後になにを見て、なにを願ったのか?
死んでいく誰を思い浮かべていたとか……既に亡くなってしまった人に聞けるはずもなく。
「辛かったね、るーちゃん。今日までよく頑張ったね」
「あっ」
私もお父さんも幸せになれず、不幸になる物語の完成……と前まで思っていた時期があったけど。
救われた。やっと救ってくれた……お母さんのように温もりがあって嫌な顔を一つも浮かべず話を聞いてくれて、それでいて便りがいがあって包容力のある女性を。
希望。ずっと長いことそんなものは見つからないと思っていましたが。
「えらい、えらい。るーちゃんはほんとにえらいよ……ほんとに私なんかと大違い」
ベンチに座っている私にゆっくりと身を寄せて黒い髪を撫でる。
その手つきはまるでお母さんの生き写しのようで、訳もわからず涙が流れて。
気づけばしがみついていました。うーちゃんは笑わず黙々と髪を撫でてくれてそれから自然と笑みが溢れて。
曇っていた空から太陽が顔を出す。お母さんがひょっこり様子を見に来てくれたのかな? なんて思いながら、鞄からプリンを取り出す。
家まで持ち帰ってから食べようって考えていたけど気分が変わりました。
幸いにもバスはまだ来ていません。
プラスチックのスプーンは鞄の中に一本だけ忍ばせていました。
うーちゃんがもしかしたら急にお腹を空かせるかなとか色々考えていたので。
でも、まあそんなの関係なしにお母さんとの別れを偲んでプリンを食べようと思います。
大切な人と共に、大切な思い出を語りながら。
「うーちゃん。よかったら、一緒に食べない?」
「うん!! 食べる!!」
これから先なにが起きるかは分かりません。もしかしたら幸せはずっと続かないかも……だけどね、お母さん。
間違った関係だと言われたとしても私達の愛は決して揺るぎようのない本物。
よければ優しく見守っていてください。天国から……そっと。




