穏やかな秋にどっと押し寄せる不安。陽子さん……私、信じていますから
梨奈が昼間に残したあの言葉が時々夢の中で蘇る。そんなことはない、決して起こるはずはないと。
私と陽子さんの関係はきっと誰にも覆すことはできないほどに強固だ。飼い主と人形という関係性は陽子さんが満足するまで永遠と……永遠と?
いつまで続くのだろう? 私は陽子さんのことが好きで好きで一人で寝ていてもふとラインを覗いてしまうくらいに夢中で。
叶うとすれば恋人がいい。都合のいいときだけ関わる愛人なんて以ての外だ。
でも、それ以上に嫌になるのはお人形という扱いに終わりがあるのかということ。
春野陽子さんは耳も目も鼻も口も瞼も全部が整った美貌で美しい声で綺麗な体つきで気配り上手で優しくて触れる手つきはどこまでもしなやかで。
私を見る目はお人形として映っているのか、それとも一人の少女として映っているのか。
後者であるなら涙を流すでしょう。けれど、あの人は私をお人形ちゃんとしか見えていないでしょう。
だったら、あのいつも陽子さんからしてくれるキスは遊び? それとも本気? ううん、きっと遊びだ。私は所詮お人形……どこまでいってもお人形。
私と陽子さんの関係はお人形と飼い主という一言では片付けられないほどの複雑怪奇。
陽子さん……私はこんなにも愛しているのに。
「ん、ふぅ、ふぁ~あ?」
「おはよう、遥」
「えっ?」
今日の夜に陽子さんを家に泊めた記憶がない。チラッとベッドの上に置いてあるタイマーを確認。
8月の終わり。次に学校に登校するときは9月。時間は9時で振り返れば陽子さんとの付き合いはもう半年に突入していました。
隣で見つめてくる陽子さんの瞳に顔がカァァァっと赤くなる。そんな至近距離……心の準備ができていないと心臓が苦しくなるからやめて欲しい。
「ふふっ、びっくりした?」
「それはもうびっくりしますよ……いきなりベッドに潜り込まれたら誰だって」
「……怖い夢でも見た?」
「どうしてそう思うんですか?」
「泣いているよ。目に涙が流れてる」
横向きで寝ている陽子さんの手がゆっくりと伸びる。人差し指で優しく拭き取るお姉さんの手。
手首を掴んで、私の頬に引き寄せた。とっても綺麗で色白でひんやりと手は肌に相性よくフィットする。
うふぅ~、すりすりすりぃ。
「遥、悩みでもあるの?」
「悩みですか? 特には」
「ないって顔してないよ。どこか思い詰めている。なんだか……今日のあなたは見ていられない」
「だったら……私を抱き締めてくれませんか?」
「えっ?」
「次に頭を撫でて、落ち着いたらキスをください。もうこれ以上ないってくらい……私を壊して」
「ちょっと、どうしたのよ? 学校でなにかあったの!?」
「陽子さん……お願い。あなたがいないと私は……怖いんです。なにもかも」
「……分かった。それなら可愛いお人形ちゃんのお望み通りに叶えてあげる。今更取り消してもやめてあげないから」
「はい!」
ぎゅっと柔らかく包み込まれ、私は幸福に包まれる。暖かい……全然飽きないや。
むしろ、ずっと一生このままでも……あっ、次に頭をなでなでしてくれるんだ。
ふにゃあああ、なでなで気持ちいいなぁ。とても優しい手つきです。
はぁぁぁ、おかしくなりそうです♡
「よ~うこさん♪」
「なーに?」
「呼んだみただけで~す♪」
「なっ!?」
「あははっ」
「は~るか♪」
「……はい?」
「呼んだみただけ~♪」
「んもぅ、ずるい!」
「お返しよ。んふっ……んんっ」
「ふにゅ……んちゅ……んはぁ……んっ」
「んうっ……んっ……はむ……れろ」
「あひゃん!?」
耳まで舐めてくれるの!? あぁ、ダメ♡ うひゃあ、くすぐったいってば♡ 耳たぶ、ふやけちゃうよぉ。
「じゃるる……ちゅぷ……れろ……んちゅ」
「あぁぁ……だ……め……は……ぁ……んんっ」
「はぁはぁ……はるか」
「はぁはぁ♡」
「可愛い可愛いお人形ちゃん♪ 今日はたっぷりご奉仕してあげるね♪」
「はい、たっぷりと召し上がれ♪」
舌と舌を絡ませ、私と陽子さんで交互に口を動かし合いながら時にはどちらか一方が舌をぐちょりと飲み込みように舐めとりまた一方でねっとりと絡めとる。
時間がどうなっているとかもうどうでもいいんです。外の世界がどんな状況かだなんて考えたくもない。
朝も昼も夜も深夜も早朝も……ずっとずっとずっと陽子さんのことだけを考えているだけで私、どうにかなっちゃいそうです。
あぁ、また後ろの首もと噛まれたぁ。はぁん♡ バレたら言い訳効かないからやめてっていつも言ってるのにぃ。
「ごくっ……ぷはっ……はぁはぁ」
今度は唾液ですか? あぁぁ、美味しいぃぃ♡
「どうだった? 私とあなたの口の中で交ざりあった唾液の味は?」
「……うふっ、ノーコメントで♪」
「ふふっ、可愛い♡」
「えへへへ」
「いや~ん、その仕草可愛すぎ!!」
頭撫でられたまま、がっつりぎゅってされて。今すっごく幸せで生きているって時間が湧きました。
テンション上昇。陽子さんに甘えるだけでこんなにも元気になれるのだから不思議なものです。
「陽子さん、陽子さん!」
「うーん、なに?」
「お昼食べに行きましょうよ! 折角なら最寄りの喫茶店で!」
「いいよ~、けどその前に服着替えてからにしましょうね。パジャマのまま外に出るなんて恥ずかしいでしょ?」
「あぅ。そ、そうでした~」
「着替え見られるの恥ずかしいと思うから部屋出るね」
「えっ、別にここに居てもらっーー」
「じゃあリビングで待ってるから」
「あっ……行っちゃった」
陽子さん、そそくさと部屋を出ちゃいました。どうせなら、もう私の裸なんて見ても減らないしいくらでも見てくれたらいいのに。
とはいえ退室してしまったからには致し方ありません。鼻歌を交えて服を上下着替えてしまいましょう。
「ちょっと涼しくなったからこれでいこっかな」
8月半ば、陽子さんとショピングモールにお付き添いとして同行した際に買ってもらったチェック柄のブラウスとリボンタイプのスカートを合わせた秋コーデ。
似合うかな? 似合わないかな? Vネックで首もと少しだけ露出していて上に顔がまだまだ幼いから控えめな色でも子供っぽく見えてしまうけど……これなら当たり外れもないからファッションとしては無難に決まっていると思う。
学習机に分かりやすく置いてある赤いブーゲンビリアの髪飾りを持って、一階の洗面所で髪を整えて入念に確認してから髪飾りをセット! よし、これで完璧です!!
「よ~うこさん! お待たせしました……って、あれ?」
リビング勢いよく開けてももぬけの殻。あらら、どこに行ったんだろう? と少し辺りを見回したら庭の方に膝を抱えてお花を眺めている陽子さんがいるではありませんか!
スリットの上にカーディガンを羽織って下はジーンズ。麗しい美貌で花を見つめるその表情……庭用の靴に履き替え、その横顔を見つめるだけで胸がキュンとときめく。
なんて絵になる人なんだろうと。
あっ、気づかれてしまった……けど、なんか視線が合わないような。
「陽子さん?」
「あー、とっても似合っているね……すっごく可愛いよ、うん、可愛くて仕方がないかな」
身体中から一気に熱が吹き上がる。火山のように爆発してしまいそうなほどの威力。
気を抜けば身体がふらつきそう。緩みに緩みまくる口角に対して無理に力を入れて、視線を逸らして顔を赤くする陽子さんに飛びつく。
ふにぁ~、駄目ですよ。そんな台詞で私をいとも簡単にドキドキさせるなんて。
「あっ、こら! 花見てるんだから邪魔しないでよぉ」
「え~、花の方が私より魅力的なんですか?」
「どっちも魅力的だけど今は可愛いお人形ちゃんが大切に育てた花を観察したいの。好きなだけ可愛がってあげるからあとにしてちょうだい」
「はーい」
花壇に広がる秋の花。コスモス・キク・アジサイが色づく綺麗な景色の中で私は陽子さんにもたれ掛かって眺める。
いつまでも、いつまでも……喜びを分かち合い、そしてまた唇を重ねて家の外に出ても手を繋いで。
喫茶店までずっとこんな調子。最近、陽子さんも私の変化に気づいているのか気づいていないのか時々そわそわしている雰囲気がある。
自分から攻めるキスもなんだか躊躇っている空気があって、でもしてもらいたいから上目遣いでキス待ちをしてみたり。
段々と旭川遥は小悪魔的な少女に成り下がっていた。自分でもそれはよーく理解している。
二人だけの世界。周りの視線がどう注がれようがお構い無し。だから、一部の反応が恐ろしく鈍い。
目の前に見知った人物が目を丸くしようとも。
「あれ……もしかして、のんちゃん?」
「……人違いでは? のんちゃんなんて呑気そうな名前……私、知らないから」
「冗談言わないでよ、のんちゃん。ずっとずっとずっとずーっと会いたかったんだよ? 高校卒業しても中々会えなくって寂しかったんだから」
「陽子さん……」
「心配しないで、遥。私は大丈夫だから」
髪をそっと撫でられる。その時、不意に花屋さんで働いている平井摩耶さんの視線が印象に残る。
驚いているようにもみえた。それも、この世で初めて見たかのような。
「のんちゃん……その子とはどういう関係なの?」
「そんな事聞いてあなたになんの得があるというの?」
「旭川さんは高校1年生なんだよ? 普通なら接点なんてないよね?」
「だから?」
「のんちゃん、あなたもしかして」
「ふぅ~、面倒なことになっちゃったな」
これまでに見たことがないほどに冷めていた。黒髪ロングの美女平井摩耶さんとは過去になにかあったのか陽子さんの表情が非常に曇っていた。
いつもの暖かみのある瞳はどこへやら。上は茶色のニット、下は薄青色のロングスカートにお高めのブーツをばっちり着こなしている摩耶さんに向ける表情は。
「あそこでお茶しない? 立ち話なんてするべきじゃないでしょ……こんな場所で」
声がひどく氷のように凍えて、その先を見つめる瞳は敵意丸出しで。
不安がどっと押し寄せる……陽子さん、私怖いです。今ものすごく。




