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95/95

■95. つづくよ、みんなの明日(みらい)!

 航空母艦『ハリー・S・トルーマン』被撃破と自称・国際連合軍の水上艦隊壊滅は、生き残った国際連合軍高官は勿論のこと、パクス・ジャポニカの下で自治権拡大を目指す穏健派や、武力蜂起による再独立を目指す過激派まで、地球の諸派シンパに強い衝撃を与えた。

 特に地球で活動する過激派組織への影響は大きかった。

 彼らは日本政府に対して頑強に抵抗しているが、一方で小部隊によるゲリラ戦だけでは勝利は望めない。最後には強力な正面装備を有する正規軍が必要になる、ということもよく理解していた。つまり彼らにとって異世界に逃れた国際連合軍は、唯一の希望だったのである。

 その希望が、呆気もなく失われたのだから当然だ。


「やっと終わった……」


 地上に戻った環境省野生生物課長の鬼威おにい燦太さんたは、安堵の溜息を洩らし、左右の笑いをさそった。

 新大陸東海岸への強襲上陸ともなれば、多くの死傷者が出ることを覚悟しなければならなかっただろう。

 だが、全ては杞憂きゆうで終わった。

 弾道ミサイルによる先制攻撃で複数の航空基地が壊滅に追い込まれ、水上艦隊も全滅した彼らは無条件降伏を決断したためである。国際連合軍の地上軍総兵力は50万近いが、その過半数はヒトガタ・ロウドウニンジンの速成兵卒――現代兵器に精通した各国軍の正規将兵は10万に満たない。戦えば自衛隊に出血を強いることは出来るだろうが、最終的に負けることは分かりきっていた。なにせ相手は東アジアの陸軍大国を殲滅した悪鬼羅刹である。

 故に彼ら国際連合軍は、比較的賢明な判断を下したというわけだ。


 さて。

 日本政府が国際連合軍の降伏を受け容れても、急激に世界の何かが変わったわけでもなかった。一時的な統合任務部隊である自衛隊は解散し、再び関係省庁は本来の業務、日常へ戻っていく。

 異世界に押し寄せる近代化の波は、留まることを知らない。旧バルバコア帝国勢力圏を中心として、自然という名の闇がはらわれ、より清潔で、より健康な生活が浸透していく。迷信からくる些細ささいな抵抗はあるかもしれない。が、(彼らからすれば)贅の限りを尽くした現代の食品や電子機器がもたらす新たな生活、そして質量ともに優れた娯楽は、そうした近代化に対する抵抗を用意に粉砕するに違いなかった。

 少しずつ異世界が変わっていくのと同様、地球にもまた少しずつ変革がもたらされようとしている。


「ついに開かれた異なる世界! 異世界!」


 久方ぶりの休み、新宿の官舎で環境省・外来生物対策室長の逆田井さかたい二葉ふたばがテレビを点けると、ちょうどバラエティ番組が始まるところであった。『マシコの知らない世界』の再放送であるらしい。

 コーヒーをすすりながら何の気もなしに眺めていると、


「いやー『環境少女、日日野まもりR!』最終回、めちゃくちゃエモいですよ! こっちはめちゃくちゃ人気で! マシコさんは見ましたか!?」


「いや見てないわよ」


「はぁああああああああ!?」


 ……めちゃくちゃ見覚えのある人物が平然と出演していたので、逆田井はゲホ、ゲホとむせた。

 画面下部には“自称バルバコア帝国辺境海護伯・フォークラント=ローエン”というテロップが現れ、銀糸で飾り立てられた黒を基調とする長衣を着た男は、オーバーリアクションで異世界事情の説明をしていく。

 その隣にいるのは、元・戦場カメラマン――現・異世界カメラマンの男であり、独特な喋り方で笑いを誘っていた。

 逆田井は馬鹿馬鹿しくなってチャンネルを変えたが、生憎あいにくほかはCMばかり。


「エルフジェノサイダとクラッシャアハローの頂上決戦! 新設、競騎エルフ異世界杯は8月29日!」


 保護した騎エルフをどうするかという議論をて、農林水産省が主導して新設された公営競技・競騎エルフのCMが明けると始まったのは、探検隊が異世界へUMAを探しに行くというしょうもない番組の再放送であった。


(猫も杓子も異世界、異世界……)


 逆田井は、空前の異世界ブームに半ば辟易へきえきとしている。

 が、同時に異世界という新天地の存在によって、日本国内に明るい話題が多少は増えたような気もしていて、なんだか複雑な心境になるのであった。




『まもろう、エルフの森!』


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