■92. 「もうついたのか!」「はやい!」「きた!空母きた!」「メイン空母きた!」「これで勝つる!」
海上自衛隊原子力護衛艦『カン・ナオトシ』から発進したF-35C戦闘機の先陣は、『プリンス・オブ・ウェールズ』と『シャルル・ド・ゴール』に真っ直ぐ向かうのではなく、その後背へ回りこんだ。東海岸から飛来する陸上機の援護を断つためである。
「とんずらを使って普通ならまだつかない時間できょうきょ参戦してきたか」
モーリス・ブーロントス旧フランス海軍大将は、すぐに自衛隊側の有力な新手の登場に感づいた。
まず英仏・艦上戦闘機隊が遭遇したF-35Bの母艦を捜索するため、護衛機とともに高空を飛んでいたE-2C早期警戒機が突如として撃墜された。続けて空対艦ミサイルを装備し、東海岸から出撃した哨戒機隊が全滅の憂き目に遭った。
間違いなく敵方のF-35に刺されたのだと、艦隊を直掩するラファールを向かわせるが、敵機を見つけることも出来ず、逆に攻撃を受ける始末である。
「ウランの鉄の塊で出来ているシャるるドんコうルが油装備の軽空母に後れをとるはずはない。確実にシャるるドんコうルはステルス・ラはぁルを手に入れたら高確率で一番最強になる」
と、思わず負け惜しみを呟いたブーロントスだが、ラファールではF-35に対して太刀打ち出来ないのは厳然たる事実であった。
「こちらが圧されている……!」
一方、ニホンジンコロスノスキー・ボールドウィン旧イギリス海軍大将もまた、表情に苦いものを走らせていた。
F-35Bから成る『たけしま』の攻撃隊を圧倒し、優勢に立っていた『プリンス・オブ・ウェールズ』のF-35隊はいまや、また1機また1機と撃墜され、徐々に追い詰められつつあった。約30機のF-35Bを擁する約7万トンのモンスターも、その倍近い艦上戦闘機を搭載するスーパーキャリアーにはかなわない。
「ニミッツ級空母――『カン・ナオトシ』か『ハトヤマダ・ユキオ』が出て来たか」
ニホンジンコロスノスキーの言葉に、司令部区画に詰めるスタッフは無言のままたじろいだ。
自ら最前線に身を投じた戦闘狂と、相手国首脳陣とともに壮烈な爆死を遂げた理想主義者――その名を冠し、その狂気を継承したかのように、水上艦艇を屠り、臨海部を焼き尽くし、幾つかの島国を枯死させてきた原子力空母。
真正面から戦って勝てる相手ではない。
しかし、ニホンジンコロスノスキーは吐き捨てるように言う。
「何を怯えている?」
「……」
「連中の空母が現れることは最初からわかっていたこと、遅かれ早かれこの決戦は生起していた。我々は日本人を殺すためにこの海にいる。恐れることはない。所詮、猿真似。ニミッツ級を見れば分かるだろう? 連中の力とは結局のところ、欧米の“借り物”に過ぎん――!」
◇◆◇
「と、でも言っているのかもしれないが……」
原子力護衛艦『カン・ナオトシ』の露払い、もっぱら対潜警戒を任された『かが』の司令部区画にて第5護衛隊群司令の東雲司はひとりぼやいた。
弱者が何を言っても負け惜しみにしかならない。長きに亘る伝統も、過去の栄光も、現在ある力の前では塵芥に過ぎない。超大国にへつらい、弱者に対しては尊大な態度をとっていた旧英仏など――次なる超大国の養分となって打ち棄てられ、歴史の闇に消えていく最期がお似合いである。
F-35Cの活躍により航空優勢を確保した自衛隊側は、8発の空対艦誘導弾を翼下に備えた多数のP-1哨戒機による対艦攻撃を実施した。
最初に攻撃が集中したのは、『シャルル・ド・ゴール』であった。
まず護衛を務めるフリゲートの合間を縫った1発が艦尾に命中、乗組員らは直下から突き上げるような衝撃に襲われた。
「お前らは優良欧州人の足元にも及ばない貧弱日本人。その日本人どもが欧州人のおれに対してナメタ攻撃をしたことでおれの怒りが有頂天になった。この怒りはしばらくおさまることを知らない――!」
怒り狂い、反射的に怒鳴ったブーロントスであったが、これが彼の最期の言葉となった。
遅れてさらに3発の空対艦誘導弾が、『シャルル・ド・ゴール』の左舷側に襲いかかった。1発はエレベーター周辺部、1発は艦橋に直撃。そして最後の1発は艦橋直下の舷側をぶち破り、内部で爆風を解き放ち、焼夷剤を撒き散らした。
「『シャルル・ド・ゴール』が」
絶望的な艦隊防空に臨んでいたラファールの御者は、火焔を噴きながら海上をのたうち回る母艦を翼下に見た。
「……」
続けてニホンジンコロスノスキーが座乗する『プリンス・オブ・ウェールズ』に対しても、P-1から発射された空対艦誘導弾が殺到した。
これを守るべくデアリング級ミサイル駆逐艦『ドラゴン』やフリゲートが奮闘したが、海上自衛隊が得意とする100発近い空対艦誘導弾による攻撃を捌くことは不可能である。
十数分後、『シャルル・ド・ゴール』よりも一回り巨大な『プリンス・オブ・ウェールズ』もまた、火だるまになって洋上に浮いていた。満載排水量7万トン近い鋼鉄の塊は、そう容易には沈めない。
ニホンジンコロスノスキーの下、乗組員らは徒労と無為に終わるダメージコントロールに駆り出され、そのまま死んでいった。




