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■84.我々が真の強者ならば…


(歴史は繰り返す、のか?)


 悠々自適な生活を送るフォークラントの心中に、ひとかけらの影が落ちた。

 安楽椅子にかける彼の視線は、自身の膝に落ちている。そこには競泳水着を着た黒髪の女性を、巫女姿の少女が追い回しているイラストが描かれた雑誌。「日日野まもり特集があるから」、と頼み込んで入手したアニメ系ミリタリー雑誌“MC☆ゆないてっど”である。

 競泳水着の女性のイラストも、それを追跡する巫女姿の少女のイラストも、実在する兵器を擬人化したものだ。前者は“中国海軍・094型原子力潜水艦”、後者は“海上自衛隊・P-1”とキャプションがついている。一見すると美少女同士の追いかけっこにしか見えない。

 が、これは本当にあった戦闘をアニメ調のイラストとともに、簡単に解説するコーナーである。イラストこそかわいいが、実際には凄惨な殺し合いを扱ったものだ。

 そしてフォークラントの注意を惹いたのは、何よりも海上自衛隊哨戒機P-1が抱きかかえている抱き枕に、“戦術核爆雷”とキャプションがついていることであった。


(核兵器。これは日本国の切り札、だと思っていたが……)


 フォークラントは思い違いをしていたな、とひとりごちる。

 核兵器は最終兵器でも、切り札でもない。切り札と呼ぶには、旧・陸海空自衛隊はあまりにも核兵器を濫用しているからだ。

 “MC☆ゆないてっど”の解説では、通常動力潜水艦よりも優速かつ深度数百メートルに潜む原子力潜水艦に対抗するため、海上自衛隊は哨戒機による包囲網の構築と核爆雷使用を戦術として確立していたらしい。

 そしていま、風雲急を告げるこの世界でも同様の事態が繰り返されないとは限らない、とフォークラントは憂鬱になった。


 彼の心配は半分的中、半分外れている。

 自称・国連軍と日本側は未だ全面衝突には至っていないように見えるが、水面下ではすでに戦争は始まっているといってもよかった。

 いま日本側は自称・国連軍に対して交渉に応じる姿勢を見せつつ、時間を稼いでいた。

 何の時間を稼いでいるのかと言えば、弾道ミサイルを多数備える旧アメリカ海軍のオハイオ級原子力潜水艦を捜索する時間だ。また敵の空母機動部隊の所在を掴み、彼らの策源地となっている新大陸東海岸を偵察するための時間でもある。

 日本側が考える最悪のシナリオは、自称・国連軍が身の破滅を覚悟の上で核攻撃に打って出ることだ。逆に言えば、先にオハイオ級原子力潜水艦や(存在するのであれば)敵ミサイルサイロ・車輌を発見し、先制攻撃とともにこれを撃破出来れば、最良の展開に繋げられると言える。


(敵原潜はどこに潜んでいる)


 しかし、日本側の頭を悩ませたのはそのオハイオ級原子力潜水艦がどこにいるか、である。

 現在、相手の監視が厳しいであろう新大陸の東海岸周辺海域には複数隻のそうりゅう型潜水艦が侵入し、敵情を探っている。また航空優勢が確固たるものになっている旧大陸の西海岸周辺海域には、哨戒部隊を展開させて捜索にあたっている。

 だが総武省をはじめ、一部関係者の中には「わらの山の中で、針を探すようなものだ」と半ば諦めているものも少なくない。巡航ミサイルを積んだ潜水艦ならともかく、弾道ミサイルを搭載する原子力潜水艦ともなれば、その射程は長大だ。オハイオ級原子力潜水艦が潜んでいるとおぼしきエリアの候補は、あまりにも多すぎる。


 その一方で、新大陸東海岸の様相や敵水上艦隊の所在に関しては、容易に掴むことが出来た。

 現在の日本国の国力は、おそらく史上最大規模。

 故にこの異世界に複数個の軍事偵察衛星を繰り出すことも容易であるし、旧アメリカ軍から接収した高高度偵察機による航空偵察も可能であるためだ。


「全面核攻撃でケリをつけたくなる気持ちもわかるな……」


 続々と入ってくる情報に、環境省野生生物課長の鬼威は嘆息たんそくした。

 世界最強の軍事力を擁する日本側に対抗せんとする自称・国連軍もまた、考えうる限りの戦力を掻き集めている。

 現在確認出来ているだけでも旧アメリカ海軍の1個空母打撃群、航空母艦『山東』を中核とする旧中国人民解放軍の機動艦隊、旧フランス海軍『シャルル・ド・ゴール』が新大陸東方沖に存在している。鬼威からしてみれば「よくまあここまで生き残っていたものだ」といったところである。


 対する日本側は乱立する実力組織を総合的に運用するために、統合任務部隊の編成を完了した。

 最初の問題となったのは、このジョイントタスクフォースの名称をどうするかであったが、これは意外にもすんなりと決定した。


――日本国統合任務部隊、“JTF-自衛隊”。


 なんのことはない。

 ただ単に関係各所が有する実力組織に、旧陸海空自衛隊出身者の割合が多かったというだけのことである。

 そしてJTF-自衛隊司令部が計画する対国連軍作戦名は、“異世界平和維持活動RTAリアルタイムアタック”。


 敵の戦力配置(特に核戦力)を捕捉し、新大陸東海岸に対する総武省の限定的先制核攻撃とともにタイマースタート。

 通常戦力と戦術核による攻撃で、敵機動部隊と敵策源地の最速殲滅、タイマーストップを目指す。もしもその過程で苦戦や死傷の連続が見られ、攻略に遅延が生じるようであれば、そこで“異世界平和維持活動RTAリアルタイムアタック”は失敗。

 鬼威ら現地組のあずかり知らぬ政治が働き、その時点で総武省国際戦略局主導の戦略核弾頭による全面核攻撃に移行することになっている。

 この総武省国際戦略局の全面核攻撃によってもたらされる異世界環境への影響は、実は日本側もよくわからない。特に悪影響は出ないかもしれないし、放射性降下物による深刻な汚染に至るかもしれない。


(これも我々の生存環境を守るため――)


 鬼威は覚悟を決めている。


(そしてエルフの森を守るため)


 苦戦は許されぬ。

 辛勝は許されぬ。

 これまで異世界勢力を退けてきたように、米・露・中・英・仏相手であっても快進撃の完全勝利しか許されない。











◇◆◇












『まもろう、エルフの森!――日本国自衛隊vs米・中・露・英・仏・国際連合軍――』












◇◆◇


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