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■69.プロフェッショナル・仕事の流儀!(後)

 ◇◆◇


 午前6時。

 環境省野生生物課長・鬼威燦太の1日は、一杯のコーヒーから始まる。


「こだわりはないですね」


 そう言ってインスタントコーヒーをすする彼の片手には、報告書が握られている。


「きょうは午前中に他の省庁との調整会議が入っています。これはそれに関わる書類ですね」


 いま鬼威が担当しているのは、異世界における野生生物の保護だ。

 半年前にこの異世界に進出してから、セイタカ・チョウジュ・ザルやアゴヒゲ・ヨウセイ、テノヒラ・テアシムシなど、絶滅の危機に瀕していた複数の野生生物を助けてきた。

 そしていまは、エクラマ・シュウグザルという異世界類人猿の保護プロジェクトを推進している。


「野生生物の保護はこちらの思い通りにいかないことが多いです。特にこのエクラマ・シュウグザルは……」


 苦笑する鬼威。

 3か月前、環境省が保護するエクラマ・シュウグザルの群れの中で、ボスの座を巡る殺し合いが起こった。

 この争乱に対処し、流血を最小限に留めたのも鬼威である。


「野生生物を人間が一から十までコントロールできると思ったら大間違い。ですから“最善”、ここまでやったら大丈夫だろう、というのはないんですね。出来ることをやるのは当たり前、という気持ちで事にあたっています」


◇◆◇


「あれは国土交通省の公務執行艦『はるな』と『たけしま』かな」


 午前10時。

 鬼威は調整会議のためにハゼ港湾施設に到着していた。

 時間には余裕がある。鬼威は積極的に周囲の関係者に挨拶して回り、それが終わると港湾施設内を見学する。


「『たけしま』はもともと、旧韓国海軍の揚陸艦『独島』ですね」


「あ、NHKのフネもありますね。『遼寧』だ」


 調整会議のために入港している関係省庁の艦艇。

 それに向ける鬼威の視線は、声の調子とは反対に、険しい。

 鬼威が入省したのは、南海トラフ巨大地震(別名:四連動地震)発生の2年後。


「あの『遼寧』や『たけしま』には怨みがありますね」


 太平洋沿岸における直接的死者・行方不明者44万という未曽有の被害を日本に与えた東海・東南海・南海・琉球・四連動地震と、その後の周辺国戦争が、鬼威が環境保全を志したきっかけだ。

 旧陸海空自衛隊が約15万の隊員を動員し、国土交通省を中心とする関係省庁が被災地復興に乗り出す中、周辺国が軍事行動に出たことは、当時の日本を驚かせた。

 そして当時、学生であった鬼威にも強い影響を与えた。


「南海トラフ巨大地震発生時には、■■島に帰省していました。そこから東京には帰れなくなりましたね。韓国海軍、中国海軍と旧自衛隊の睨み合いで、海上交通は停止。いやまあ、帰れないだけならともかく、すぐに島内の物資は底を尽きました。そこに史上稀にみる寒波です」


「酷かったですね。みんな死んでいった」


「衣食足りて礼節を知るという言葉もあるでしょう。その逆ですね。あの冬、我々はなんでも食べました。野良犬、野良猫は勿論、カラス、カエルだって捕まえました。電気が止まって、灯油もない。島中の木を切り倒して、焚火をやりましたね」


「中国海軍の南シナ海における通商破壊で、日本全体も追い詰められていました。旧アメリカ海軍が日本を見棄て、旧自衛隊も手が回らない状態では、仕方がないことだったと思います」


「でも……あんな思いはもう誰にもさせたくない」


「そして旧自衛隊が反撃態勢を整え、海上交通が復活した時、島内の動植物はほとんど全滅状態でした。それを見たとき、自然環境を守るということは、まず人を守ることだと実感しましたね。人に余裕がなければ、自然環境を守ることも出来ません」


 戦わなければ、守れない。

 鬼威は迎えのヘリに乗りこむと、調整会議が行われる執行艦『かが』へ向かった。


 ……。


◇◆◇




「おお~っ!」


 関係省庁間の調整会議から2週間後、執行艦『かが』の司令部区画にて、環境省関係者はNHKから送られてきた編集中の番組を視聴していた。

 ちなみにこの場には、気恥ずかしいのか鬼威はいない。


 さて、環境省とその他の日本政府関係各所であるが、彼らもまた“次なる戦争”に向けて備え始めていた。

 すでに人民革命国連邦軍ヒトガタ・ロウドウニンジンの駆除について論じるべきことはない。

 問題は旧アメリカ合衆国海軍をはじめとする自称・国際連合軍が、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキらが云うところの新大陸に拠点を築いている可能性が浮上したことだ。

 環境省をはじめとする関係省庁は、異世界に旧アメリカ合衆国海軍やその他の多国籍軍が逃走を図ったかもしれないと考えてきたが、それを裏付けるように調整会議の数日前に電波情報収集機RC-2が、遥か西方の新大陸方面から複数の電波を受信した。

 未だ決定的証拠を掴めてはいないものの、これを受けて日本政府は、異世界における最終決戦も視野において行動を開始している。


「問題は、自称・国連軍の規模だな」


 旧アメリカ海軍を解体する際に、ニミッツ級航空母艦『ハリー・S・トルーマン』をはじめ行方不明となっていた水上艦艇は多い。

 他の各国軍の残存戦力も集結しているとすれば、決して油断は許されない。


 懸念の総武省については即時の先制核攻撃ではなく、まず通常兵器による脅威排除に同意しているため、環境省幹部としては、そこは一安心である。

 が、その一方で彼らは自称・国連軍への備えを口実に、アイオワ級戦艦やロサンゼルス級攻撃原子力潜水艦、F-22Aから成る戦闘機部隊といった通常戦力のみならず、トライデント潜水艦発射弾道ミサイルを24基搭載可能なオハイオ級原子力潜水艦や、核爆弾を装備出来るB-2戦略爆撃機のような核戦力も増強しているから、警戒が必要であった。


 他の省庁も水上艦艇、航空部隊を中心に展開を推進しており、先の『たけしま』や『遼寧』もその一環で送り込まれたものである。


 おそらく自称・国連軍の所在が確認でき次第、日本政府は国際連合安全保障理事会にて(常任理事国1・非常任理事国14から成る)、自称・国連軍に対して軍事的強制措置を執行するべく議決を採るであろう。

 そして激甚災害から始まった長きに亘る戦争に、終止符を打つ。




◇◆◇


次回の更新は1月23日(土)を予定しております。

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