■67.往くぞ、エルフの逆コース!?
日本政府が関係省庁の異世界進出を認める一方、セイタカ・チョウジュ・ザルに対する姿勢や評価もまた変わりつつあった。
事の発端は、対魔王戦後に行われた反省からだった。
「我々は魔術に対してあまりにも無知であり、異世界魔術戦の研究と対魔術戦術の確立が急務である」
と、唱えたのは鬼威燦太野生生物課長であったが、他の環境省幹部や魔王野戦軍と対峙した省庁の関係者もまた同意見であった。
先の魔王・魔族を自称する連中との戦闘を通して、日本国の科学技術・軍事技術が魔術に優越することは十分に証明されたが、同時に精神攻撃の存在もまた確認されたことから、魔術が正規戦の埒外において脅威になりうることも判明した。
日本側はあまりにも魔術を知らなさすぎる。
これまでは魔術を操る相手に対して苦戦を強いられることはなかったが、今後もそうであるとは限らない。
「今後、物理法則を捻じ曲げ、現代兵器が無力化されるような事態が起こりうる可能性がないとはいえない以上、我々は現行の兵器体系とは異なる備えも整えておくべきでしょう」
鬼威の言に対する反論は特になかった。
まず敏感に反応したのは、文部科学省と日本全国の都道府県・市町村教育委員会である。
知っての通り彼らは「過酷な国際社会を生き抜くために必要な力を養成するため」、小中学生に対して9年間の義務教練を課し、高等学校にて3年間の高等教練を供している。
当然ながら現在、文部科学省が義務教練・高等教練の現行カリキュラムにおいて重視しているのは、銃器や刃物を携行する相手を射撃や近接格闘によって無力化する術だ。
このため、日本全国では月に10億5000万発を超える拳銃弾・小銃弾が、学校教育の現場で消費されている。
だがしかし、魔術という存在に関しては全く想定がされておらず、現状ではカリキュラムの刷新が必要なのか、それとも現行カリキュラムで対処可能なのかさえもよくわからないというのが正直なところであった。
これを深刻に受け止めた文部科学省幹部は、文部科学省・初等中等高等教導評価隊を派遣し、魔術の実態を探ることとした。
一方で「教え子を再び戦場へ送り込まないために、われわれ教職員が積極的に銃を執るべきである」とする反・文部科学省派の日本教職員組合もまた、魔術戦の学習のために組織人員を派遣することに決めている。
それに遅れて他の関係省庁も、魔術が使える異世界の傭兵や研究者を雇い入れ、積極的に魔術の種類や実態の調査に取りかかり始めた。
他方、日本政府は環境省の保護下にあるセイタカ・チョウジュ・ザルの組織、“エルフ日章教”とその自衛組織である“エルフ自衛隊”に着目した。
もしも魔術を扱う厄介な反日ゲリラ組織が現れたりした場合は、日本国に対して忠誠を誓うこの現地武装集団をぶつければいいではないか、というわけである。
(これは喜ぶべきことなのか……)
エルフ自衛隊の事実上のリーダーとなっているヴォーリズは困惑したが、成り行きは止められない。
自警団レベルであった彼らの組織と実力は、唐突に強化されるに至った。
まず魔術が使える者は魔術兵部隊として編成され、訓練を受けることになった。彼らは平時には環境省環境保全隊や他省庁の実力組織の演習相手となる対抗部隊としての役割を、そして有事の際には魔術戦を担う。
一方で魔術が使えない者は、従来通りの火器に拠らない戦闘の研鑽と併行して、反日ゲリラ組織と対等に戦うための火器供与と射撃訓練を受けることになった。
「ホーワヘイセイモデル300、というのか」
エルフ自衛隊に与えられたのは、国産ライフル銃の豊和HM300だった。
これは第2次世界大戦時に開発・製造が始まった米国製M1カービン銃の最新民生モデルであり、海外の親日武装組織に相当数が供与された名銃だ。使用銃弾は7.62mm×33mm弾。装弾数は10発である。
勿論、日本国内ではエルフ自衛隊に火器を供与することに対して慎重な意見も出たが、ライフリング銃が普及している異世界において、基本設計が古い豊和HM300が流出したとしてもさしたる問題にはならないだろう、ということで話はまとまっている。
併せて被服(オリーブドラブ単色の作業服)や66式鉄帽、半長靴といった装具一式もエルフ自衛隊に譲渡された。
こうして見る者が見れば、1960年代の自衛隊と見間違えるような武装組織がここに誕生したのであった。
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次回更新は1月17日(日)18:00を予定しております。




