■48.エルフの剣、前へ向かうか後ろへ向かうか!?
一方、戦線東部は目立った戦闘もない。
再び降り始めた雪が、防具が擦れて立てる金属音や足音を吸収する。光さえも呑みこむ闇の中で、幾つかの影は警戒線に立つ人民革命国連邦軍の歩哨らに忍び寄り、刺殺した。零れた体液が雪上に落ち、毀れた身体からは魂魄が抜けていく。
脱力した死体を雪上に転がしたのは、百戦錬磨を誇るセイタカ・チョウジュ・ザルのヴォーリズであった。周囲には他にも環境省に雇われた冒険者らが短剣片手に、歩哨の喉を掻き切っている。遅れて暗視装置を備えた環境省環境保全隊第28普通科連隊・情報小隊の隊員が、木々の合間にわだかまる闇の中から、ぬっと現れた。
ハンドサインで「やったか」と尋ねる隊員に対して、こくりとヴォーリズは頷いてみせる。ヴォーリズの傍に立つ純白の外套を被り、その下に鎖帷子を着こんだ冒険者の少女もまた拳をかざした。
そのまま彼らは、警戒線を越えた。その足取りは慎重そのもの。
すでにここは彼我の対峙する最前線から離れた敵地である。
(遅かったか――)
しばらくして、ヴォーリズは嘆息した。
山村の境界を示す柵。それに複数の死体がもたれかかっている。村民であろう。おそらくは村内で殺害された後、宿営に邪魔であるという理由で柵の外へ放り出されたものだ。しかし、ヴォーリズは死体の上に降り積もった雪を払うような真似はしなかった。ブービートラップが仕掛けられている可能性がある。
(敵が警戒線を張っている時点で分かっていたことだが、やはりこの村も駄目だったか)
自ら最前線の偵察・後方攪乱の任務を志願したヴォーリズは、人民革命国連邦軍の侵攻に晒された共和国辺境の村々をすでにいくつも見てきていた。生存者がいるかもしれないという期待はその度に裏切られ、直面するのは“新人類”を名乗る者たちによる“旧人類”への容赦ない殺戮。酷いときには辺り一面に無数の犠牲者が放置されており、雪中、そうした遺骸を踏みつけてしまうこともあった。
「何か聞こえないか?」
「銃声だな」
村内に侵入し崩れ落ちた家屋の裏に隠れた彼らは、小声で会話した。
見やれば村の中央にある広場にて、奇怪な儀式が執り行われていた。篝火の下、人民革命国連邦軍の将兵に銃口を突きつけられた子どもたちが、無言のまま穴を掘らされている。
瞬間、ヴォーリズはすべてを理解した。
あれは、墓穴だ。あの墓穴が完成するとともに彼らは射殺されるであろう。死体は自然、自らの手で掘った穴へ吸い込まれることになる。
1秒後、ヴォーリズは雪を蹴っていた。
「待て――」
背後に控えていた隊員が、引き留める暇はなかった。
駆け出したヴォーリズは銃兵の背中に、剣の切っ先を突き立てた。憤怒が乗った鋼鉄の刺突は容易に肋骨を貫き、内臓を破壊した。一方で彼は、冷静に思考を巡らせてもいる。
(この下っ端どもに思考力はほとんどない――)
すぐそばに居合わせた兵士は、小銃の先を子どもたちへ突きつけたままである。ヴォーリズの襲撃と、それによって仲間が斃れていることに当然ながら気づいてはいるのだろうが、上位者からの命令が更新されていないために反応が鈍くなっているのだ。
(殺るべきは、“喋っているやつ”だ)
刀身を引き抜き、下段に構えたヴォーリズは殺意を放ちながら、視線を奔らせた。とにかく核心者を殺る、それがバルバコア帝国やエルフの間で常識となっている戦法だった。特に数的不利が分かり切っている状況で逆転を狙うのならば、それしか勝ち目はない。
「まだ生き残っている男がいた! あいつを――」
左右に怒鳴る敵指揮官は、すぐに見つかった。
30メートル離れた篝火の傍で、ギャアギャアと騒いでいる。
無意識の内にヴォーリズは舌打ちをしながら右足を踏み出した。微妙な距離だ。あの慌て面に刀身をぶちこむよりも、敵の十字射撃の方が早いかもしれない。
だが、賽は投げられた。右足で地を蹴りながら、大股の二歩目。左足を大きく踏み込む。次に右足を運ぶとともに、魔力噴射で突撃をかける腹積もりだ。
ところが三歩目が繰り出される前に、ヴォーリズの鼓膜を銃声が打った。
すわ、敵の射撃かと彼のニューロンが警鐘を鳴らしたが、実際には違っている。
連続射撃。敵指揮官の周囲に控える銃兵らの顔面が粉々に爆ぜる。ヴォーリズの背後から押し寄せる5.56mm小銃弾の火線は、小銃を構えた銃兵らを次々と射貫していった。
その脇でヴォーリズは魔力を噴射しながら虚空を翔ける。
大上段に振り上げた剣の終着は、青白いヒトガタ・ロウドウニンジンの額。厚い刀身は彼の顔面を割かち、脳髄を完全に破壊した。脳漿と体液が噴き出し、ヴォーリズの両手を濡らす。
「考えなしのエルフ猿がッ」
情報小隊の隊員が悪態をつく。が、間違っているとは思っていない。舌打ちしながらも、自動小銃を構えてヴォーリズを援護する。
敵兵は自衛のために小銃を構えるが、その傍から惨殺されていった。
次々と篝火が消えていく。雪の白と、夜の黒の中に何かが紛れ、駆ける。姿勢を低くして、土を舐めるように少女が駆ける。夜闇の中で、歩兵らの瞳の輝きがひとつ、またひとつと失せていく。
「シイッ――!」
そして深くなる闇の中、ヴォーリズは無心で剣を振るった。
否、無心で振るおうとした。
実際には弱者を虐げる強者に対する怒りが、全身を衝き動かしている。
それに彼は怯えていた。
恐怖していると言ってもいい。
弱者を虐げる強者に対するコントロールし難い怒りは、ともすればエルフ日章教や環境省へ向きかねない、という可能性に、である。
そんなヴォーリズの葛藤とは裏腹に戦闘は思いのほか、早く終わった。
この山村に宿営していた部隊は小隊規模に過ぎなかったらしい。
情報小隊は子どもたちを保護するとともに、無線で応援を要請した。さすがに寡兵の情報小隊のみで、子どもたちを守りながら帰還を試みるのは困難というものだ。
その後、しばらく彼らは(不本意にも)山村に滞在することとなったため、間に合わせだが村内の把握と防御を固めることに専念した。
そこでひとりの隊員が、荷物が積まれたままの荷車を発見した。
「なんだこれ」
一見するとそれは、何の変哲もないガスボンベや発煙筒であるようだった。
◇◆◇
次回、■49.異世界のサンタクロスと、子ども騙しの異世界伝説!?
に続きます。
更新日は11/28(土)を予定しております。




