■32.宗教には宗教をぶつけんだよ!
「この旧大陸に戦禍をもたらす反教好戦主義者をこれ以上のさばらせてはなりません」
帝都が灰燼に帰した日、帝都の遥か東方に位置している聖領の中心地、“友和の塔”の下で四名の高級神官が同時に声明を発表した。その四名の中には勿論、かの高級神官ナサエシキもいる。そして高級神官の高説に耳を傾けている壇下の神官や信徒達は頷きながら、ひとつの確信を得ていた。
――聖戦だ。
定数四名の高級神官が揃い踏みすることなど、高級神官の退官・新任儀式を除いては稀有だった。バルバコア帝国領に侵入した人民革命国連邦軍に対する聖戦の宣言発出の際に、四名揃ったことが記憶に新しいが、逆に言えばそれくらいである。つまりこの時局を鑑みれば、まず再びの聖戦宣言は間違いないだろう、と彼ら一般の神官らは考えていた。
相手は勿論、日本国環境省・『バルバコア自然公園』である。
「我々は時に己が信ずる教えに反さなければならない時もあります。なんという苦悩でしょう。なんという悲劇でしょう。しかし、天の下した試練を乗り越えることで、我々の信仰はより強固なものに変わっていくのです」
「預言者アルベイスタインは、天使エフジニスタから啓示を受けました。“天は聖戦を望む。汝の敵を殺せ”、と。しかしながら、平和を愛する善良な預言者アルベイスタインは、天使エフジニスタに反駁しました。“なぜ敵がために不殺の禁忌を犯さなければならないのですか”と。対して、天使エフジニスタはなんとおっしゃったか?」
高級神官の問いかけに、その場に集った信者たちは声を揃えて叫んだ。
「“これは天による最も厳しき試練である。賢明なるアルベイスタインと聖なる教えに服する者は、聖戦において敵を殺傷せしめることを躊躇する必要はない。不殺の禁忌を犯してなお、忠実でいることを示せ”」
「続けて」
「“殺しなさい”! “犯しなさい”! “盗みなさい”!」
「そのとおりです。敵対者とはいえそれを殺めることは、高潔かつ善良な我々にとって身が引き裂かれるような苦行――故に、天は聖戦を試練のひとつとしてお与えになったのです」
恍惚とした表情で言葉を継ぐ高級神官ナサエシキ。
仮に彼女が信仰する天、つまり神が実在するとすればなんと恐ろしい存在であろう。自身への忠誠を確認するためだけに、普段は不殺の聖教を守らせている信徒に対して殺人を強いるのである。だがしかし、聖領に住まう者や筋金入りの信徒らが、それに疑問を抱くことはない。むしろ聖戦において殺害は美徳であり、天や高級神官に認められるためのステップであり、喜ばしいことなのであった。
加えて聖戦宣言下では普段禁じられている暴力が解禁されるため、正義の名の下に俗世的な欲を満たすこともできるため、信徒たちは積極的にこの聖戦軍に参じていく。
「我々は天に忠実なしもべであることを示すため、新たな聖戦に臨む!」
そして数多くの信徒の前で、高級神官らは高々とそう宣言した。
(装甲艦隊が破れたのは予想外でしたが、それでもなお彼らはちょうどいい囮になってくれましたね)
拍手喝采の中、高級神官ナサエシキは勝算ありと本気で考えていた。
現在のところ環境省環境保全隊の陸海空戦力は、帝都に程近い西海岸に集中している。一方、東海岸側はがら空きだ。ここを驀進し、環境保全隊の側面・後背と彼らの策源地である『バルバコア自然公園』を一挙に衝き、そのまま突き崩す。これが彼女らの思い描いた絵図であった。
実際、彼女たちの読みはてんで外れているわけでもない。
確かに環境省環境保全隊の主要部隊が西側に張りついているのは事実であり、東海岸側は手薄になっていた。勿論、戦えば必ず勝ったであろうが、それでも苦戦は免れなかっただろう。
だがしかし、そうはならなかった。
「我々にはふたつの可能性があります。ひとつは勝利による生存です。もうひとつは闘争半ばの戦死です。……いずれにしてもエルフは二度と奴隷の身分に落ちることはありません! きょうからエルフ日章軍はあらゆる外敵を打ち破る聖戦に臨みます!」
辺境領にて捕囚されていたセイタカ・チョウジュ・ザルらを解放・勧誘し、さらにホウテン円形都市から逃れてきた戦奴との合流を経て、組織拡大の一途を辿ってきたエルフ日章教・日章軍が、偶然にも東海岸側の前進警戒を任されていたのである。
環境省はエルフ日章軍からの協力の申し入れに困惑したものの、彼らを東海岸側に配置した。万が一、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキらが、森林地帯・山岳地帯を利用したゲリラ戦を仕掛けてきた場合は、これに対応させようという思惑もなきにしもあらずであったが、とりあえず駆除作戦の邪魔にならないところに配しておこうというのが本音だった。
ところが図らずもこの処置によって、エルフ日章軍は南進する聖戦軍と真正面から激突することになってしまったのである。
「敵の一隊が近づいてきます。聖領の旗――おそらく聖戦軍です」
斥候からの報告に、エルフ日章軍を指揮する百戦錬磨の抵抗者ヴォーリズは「あの偽善者たちか」と吐き捨てた。エルフ日章軍は小銃や野戦砲のような近代兵器を有しておらず、魔術を除いてはもっぱら短弓や長弓、刀槍を主武器とする武装集団でしかない。
だがしかし、士気は旺盛であった。
「口先だけの不殺や慈愛を掲げて正義面をして、聖戦の名の下に好き勝手やる連中など皆殺しにしてしまえ!」
「守護神の掲げる日章旗の往くところには勝利による生存か、闘争による死か、どちらかしかなし! もはや我々が何者かに生きて隷属することはない! 聖領と帝国の人間どもを殺せ! 殺せ! 殺せ!」
「我々は幸せである! 戦って自由のまま死ぬことが出来るのだから! 後退して再び虜囚の憂き目に遭うことは二度とない! 勝利による生存も幸福である! 敗北による戦死もまた幸福である!」
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■33.日章軍vs聖戦軍! へ続きます。
次回更新は10月27日(火)を予定しております。




