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■22.漆黒の翼には、“殺す力”に――

 高空を2機の航空機が往く。

 あらゆる光も呑みこむ漆黒を纏ったそれのフォルムは、全翼機。十数発の核爆弾を装備可能な死の天使。米国製ステルス爆撃機B-2――スピリットオブサイタマ(旧Spirit of Texas)と、スピリットオブグンマ(旧Spirit of West Virginia)だ。

 空を仰いでいた鳥獣保護管理室長の藍前あいぜんは、紫煙しえんを吐いた。


「あれは環境省うちの機体じゃありませんね」

「うん。総武省そうむしょうだね、あれは。よほど諦めが悪いとみえる」


 部下とともに立ちっぱなしのまま一服して、灰皿へ灰を落とす。環境省職員向けに新設された官舎、その敷地内に藍前が勝手に設けたこの野外喫煙所にはいま、藍前と彼の部下のふたりしかいなかった。


「それで“探し物”は?」


 気軽に問うた藍前あいぜんに対して、銀縁のメガネをかけた部下はかぶりを振った。


「フォークラント=ローエンが知っているかと思いましたが、彼は大した情報を持ってはいませんでした。先遣隊に関しては消息どころか、どちらの方角へ消えたかも知らないそうです。これじゃ先遣隊が本土へ戻ったのか、旧大陸ここの北方へ向かったのか、それとも旧大陸ここから新大陸に向かったのかもわからない。使えないです。生け捕りにするんじゃなかった」

「そう」


 幹部の中でも若手である藍前は、2本目の煙草に火を点けた。再び、紫煙を吐き出す。


「いずれにしても、見つからないなら見つからない方がいいね。総武省そうむしょうが脅威の発見を口実に、全球脅威先制殲滅ドクトリンを応用した異世界無差別殲滅戦を再び提案したら、今度は政治家せんせい方も賛同するかもしれない」

「いずれにしても、それを防ぐために我々がここにいる……」

「そのとおり」


 藍前はにやりと笑った。

 環境省環境保全隊はただ闇雲に勢力を広げ、無目的のままに現地の動物らと交流を広めているわけではなかった。日本国の“脅威”となり得る存在が地球上のどこにいようと殲滅する、それがすべての武力を司る(と豪語する)総武省の任であるが、その彼らもさすがに環境省職員を巻き添えにするような無差別殲滅戦を展開することは出来ない。

 逆に言えば環境省の進出が遅れた状態で、総武省が“脅威”を発見するようなことがあれば、彼らは日本列島と地続きではないこの異世界全土を“脅威”とともに焼却したであろう。


(この異世界は日本国民が生き抜くために残された自然環境フロンティアだ。簡単に諦められるかよ)


 藍前は2本目の吸い殻を灰皿に押しつけ、再び空を見上げた。

 そこにはどこまでも広がる澄んだ青空が広がっている。漆黒の影は、もうどこにも見当たらなかった。


「じゃ、戻りますか」


 藍前が伸びをした瞬間、何の前触れもなく地に衝撃が奔った。


「えッ――!」


 縦方向の衝撃とともに、地が鳴動する。

 藍前は思わず「おおっ!?」と声を上げて、反射的に膝をついた。彼の部下も同様で、思わずしゃがみこんでしまう。そしてそのまますぐに止むかと思った地の咆哮は勢いを増し、ピークに達しようとしていた。激震の中で官舎外壁の一部がボロボロと剥がれ、落下していく。


「冗談だろ、異世界にも、地震があるのかッ、よッ――!」


 ◇◆◇


『バルバコア自然公園』を襲った直下型地震は、まさに降って湧いたような困難であった。

 震源はスカー=ハディット辺境吸血伯領直下、震度はM6.5前後と思われた。思われた、というのは環境省環境保全隊が、気象庁ほどの精緻な地震計を設置していなかったためである。だがこれを環境省の落ち度である、というのは酷だろう。この短期間で自然災害に対する備えを万全にせよ、というのには無理がある。


「環境省環境保全隊は、陸海空の総力を挙げて『バルバコア自然公園』の復興と野生動物らのケアに努める」


 野生生物課長の鬼威は、即座に判断を下した。

 幸いなことに環境省職員の人的被害はほとんどない。だがしかし、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキらの村々や町はそうではなかった。とにかく家屋や倉庫の倒壊が相次いだ。生き埋めになったり、運悪く圧死したりする個体が続出。阿鼻叫喚あびきょうかんの様相を呈していた。

 もちろん、仁愛と慈悲を兼ね揃えた環境省環境保全隊の面々が、これを捨て置くことなど出来るはずがない。

 環境省環境保全隊の地上部隊は、すぐさま駐屯先・パトロール先で復興支援チームへ再編成され、愛護活動とインフラ復旧作業に従事した。これに伴いスカー=ハディット辺境吸血伯領の北方に進出していた第12旅団も後退し、被災地の支援活動に移った。千名単位のマンパワーもさることながら、彼らが有する空中機動能力はそのまま物資輸送能力にもつながる。


「列に並べ! 食料はみなに行き渡るだけある!」


 被災地では、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキたちが家を失った心細さと、余震への恐怖でしょげながら、保全隊員から乾パンや炊き出しを受け取っていく光景がほうぼうで見られた。


「アリガト!」


 そしてまだ幼子おさなごが覚えたての日本語で礼を言うところも、である。


 ……他方では、生死を賭けた戦いが続いている。

 怒号、悲鳴、そして安堵の吐息。町や村外れには応急手当と簡単な外科手術を行うための野外病院が開かれ、次々と傷ついたバルバコア・インペリアル・ヒトモドキが運ばれてくる。そこで医療行為にあたるのはもっぱら環境省環境保全隊の医官であるが、その合間では自然治癒力を高める魔術が使える神官らもまた働いていた。


「もう少しでヘリが来ますッ!」


 ともすれば気絶しそうになる負傷者の手を握り締めているのは、元・冒険者となった神官のハーネであった。彼女には死に瀕した者を救うだけの力はない。出来ることと言えば、手と手を繋ぎ、そして生命をこの野外病院から、環境保全隊海洋保全執行艦隊が開いている海上病床へ繋ぐことだけだ。

 間もなく臨時の発着場に大型輸送ヘリが降り立ち、重傷者を収容していった。

 それを無力な碧眼は、見送ることしか出来ない。


「……」


 しばらく呆然としていると、野外病院の片隅が騒がしいことに彼女は気づいた。


「次のヘリは来ない!?」

「ど、どうしたんですか」


 野外病院の医官らは彼女を無視しかけたが、治療魔術を使える神官の姿を認め、バルバコア・インペリアル・ヒトモドキにもわかるように説明した。


「……バルバコア・インペリアル・ヒトモドキの高速航空騎兵隊が接近してきている」


 翼竜に跨乗こじょうする騎兵。その数、24騎が『バルバコア自然公園』上空に大挙して押し寄せたのであった。彼らは超低空を高速侵入してきたため、洋上や地上に設置されている対空レーダーでは水平線が邪魔になって捕捉することが出来ず、環境保全隊としては奇襲を許す形になってしまった。


(大地震があったことはわかっている。連中も迎撃どころではあるまい……卑怯と言ってくれるなよ!)


 騎兵らは不敵な笑みとともに越境――その後は索敵のために上昇に転じ、しばらくすると負傷者を乗せて発進する大型輸送ヘリを視認した。


「鈍足だな! あれをやるッ!」


 ヘリはすぐさま速力を上げて離脱を図るが、航空騎兵らの方が優速である。

 彼らは水平飛行で距離を詰めながら、戦闘態勢を整えた。


「合図とともに突っ込めッ!」


 彼らが得意とするのは、目標の高空から急降下しながらの一撃である。

 この戦術でこれまで多くの航空魔術士を打ち破ってきたし、故に直轄軍の高速航空騎兵隊は最強と名高かった。

 そして航空騎兵らは身を翻し、必殺のダイブに移る――。


「FOX1ッ」


 と同時に、四散した。


「え」


 2騎目が無数の破片を受け、この異世界で最高速の死体となった。

 後続の航空騎兵もまた呆ける間もなく爆死。超音速の一撃を受け、高速血煙こうそくちけむりミンチとなって後方へ流れていく。他の航空騎兵も似たようなものである。回避機動に移る暇さえ与えない。


「は?」


 生き残ったのは下方からの攻撃に警戒するため、上昇せず低空に留まっていた2騎のみである。


 そしてその遥か上空――血煙が晴れた後の青空を、2つの機影が横切った。


 あらゆる光を呑み込む黒。黒の塊。鋼鉄の翼、巨大なエンジン。道理ではなく、見る者の本能に語りかけてくる。こいつは“狩る側”の猛禽だと。漆黒の鷲、死骸が転がる静寂を舞う鷲だ。80年代から人々が見上げる空を守ってきた翼は、いま “殺す力”を手に入れていまそこにいる。

 否、が纏ったのは“殺す力”にあらず――。


「ブラヴォーコントロール。こちらセーバー101、敵機を視認した」


 “殺し尽くして護る力”を纏った荒鷲イーグルはその身を翻し、低空を往く航空騎兵に躍りかかった。




◇◆◇


次回更新は10月4日(日)です。隔日更新になっているのは、鋼の連勤術師と化すためです。

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