6.
「佳人さん、その女はどなた?」
タイミング悪く声をかけてきた人物が、佳人のストーカーだろう。佳人の顔が無表情を通り越してすごい有り様だ。
「どうやらお邪魔のようだ。佳人君、右山さん、俺は、ここで失礼するよ」
何かを感じたらしい宗谷さんが、暇の言葉を告げて来た。その判断は間違っていない。これからは修羅場だ。
「はい、またお会いしましょう」
「父によろしくいっておきます。宗谷さん、今度はゆっくりお話を聞かせてください」
自分の挨拶に続いて、佳人も挨拶をする。それに対して宗谷さんも佳人に二、三言葉を交わすとこれ以上巻き込まれない為、スマートに去っていった。ストーカーの女性には目もくれなかった。
見事だ。
「で、なんの用かな?」
佳人がストーカーの女性に向き合う。相手の返答を待たずにそのまま言葉を続けた。
佳人は話を聞く気などないようだ。相当怒らせたな、この女性は。普段の佳人なら女性の話は必ず最後まで聞くし。それだけでも怒り具合がよく顕れている。
「君には幾度となく説明した気がするけれど、すでに見合いの話は正式に、こちらから、破談とさせてもらったはずだ。そうである以上、俺たちはもうなんの関わりもないはずだよね?こちらとしては、これ以上執拗な行為を繰り返されるとなると、それなりの措置をとらせてもらうけど、いいかな?それから、先程の質問だけど、彼女は今俺と付き合っている。邪魔をしないでほしい」
ストーカーの女性の顔がみるみる歪んでいく。かわいい顔が台無しだ。
それから佳人よ、逃げたな。退路を作ったな。
確かに今自分は佳人の用事に付き合っている。間違いではない。
「な、そんな…なぜ…」
わなわなと振るえながら憎しみを込めた目で睨み付けられる。
完全にロックオンされましたよ。どうしよう元の自分に戻っても追いかけられたら。うわ、涙まで溜まってきた。佳人に助けを求める。
どうやら何かをするつもりも言うつもりもないようだ。話はこれで終わりという態度を崩さない佳人の様子からその意図が伝わったのか、女性は自分に向けて思い切りビンタを喰らわせてきた。
「っつ」
容赦のないビンタのお陰で、頬がひりひりする。自分の白無地のハンカチをテーブルにあった水で濡らして、頬に当てて痛みを和らげた。
何か?今日は厄日か?
気付くと女はそのままどこかへと消えていた。佳人の顔がこれ以上ない位に怖い。
「すまない大丈夫か?」
「大丈夫だけど、貸し一つな。それにしても気の強い女だな。自分に身代りさせるはずだよ」
「はは、本当にごめん」
「いや、まぁ、いいけど」
ハンカチを、頬から外す。濡れたハンカチは血が滲んでいた。
うわ、爪でも立てられたかな?
「っ。怪我まで。あの女…」
佳人怖いって。
身内にはとことん篤いからな。何となく許せないのだろう。
「これで諦めてくれるんなら安いよ。また来そうだけど」
彼女がいるというのは理解しただろうけど、諦めたかというと疑問だ。という事は、もしかしなくても殴られ損?
佳人が溜息をつく。その仕草には色気があった。
だから女は皆勘違いするんだよ。既にこういう事態になっているし、溜息つきたいのはこちらだと思う。
「悪いな、時間取らせてしまって。屋敷まで送るよ」
「あ、いや。さっきの店の近くに車置いてきたから、そこまで送ってもらえれば自分で帰るよ」
そうして、この店を後にしたのはいいのだが、外は不穏な空気が漂っていた。
先程の女が誘拐されそうになっていたのだ。
「警察呼べ」
佳人にそっと囁きながら、現場の死角から飛び出した。
気付いた1人がこちらへ攻撃の準備に入った。うまく躱しさっさと無効化した。
が、残りの人物によって車の中へと連れ込まれる。あの女と一緒に。
何で飛び出したんだ、自分。警察呼ぶだけでよかったのに。やっておいて後悔してりゃ世話ないな。あの泣き顔が結構可愛かったからだろうか?
はぁ、やはり厄日だ、今日。
意識がそこで途切れた。




