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ホームセンターごと呼び出された私の大迷宮リノベーション!  作者: 星崎崑
第四章

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第71話 ある探索者の話 ④

 ギルドでパーティーの代表一名が「探索計画書」を書いて提出する。


 これは読み書きができる俺が代表して行なったが、なんとすべてのパーティーがこれを提出する義務があるとかで、手間取っている奴が多かった。


 計画書を提出し許可が下りると、切符(チケット)がギルドから発行されるので、それを持って迷宮の入口へ向かう。


「はい、次。探索許可券と、探索者証を。ああ、探索者証は腕時計のことだぞ」


 入口に立っていた獣人の係員に、切符と腕時計を見せる。


「確認しました。時刻を確認。現時刻は9時38分。ダンジョンは17時を過ぎれば閉鎖されますので、少なくとも16時ころには戻ってこれるように、探索を楽しんでください」

「あ、ああ。なんか他の迷宮と違いすぎて調子が狂うな。あんた、雷鳴の牙のバヌートだろう? まさか、迷宮の係員をやっているとは驚いたぞ」

「お前も見た記憶がある顔だな。ジャッカルだったか? 俺もまさかこんな仕事をやることになるとは思ってもみなかったが……マホ殿に頼まれてな。初日は《《強面》》が受付にいたほうがスムーズなんだとよ」

「わっはは。違いない」

「では、死なないように気を付けて行ってこい。うちのムートを頼んだぞ」

「ああ、行ってくる」


 うちのパーティーは6名のフルメンバーだ。魔法使いもいるから1層の探索も可能。俺個人としては1層がどういう感じか確かめておきたかったが――


「とりあえず、入ろう。マホちゃんはしきりに『他の迷宮に慣れてる人ほど驚くと思うよ』って言っていたが」


 ダーマ大迷宮と描かれた大看板。

 迷宮の入口の大きさは、そのまま迷宮の深さと比例するという。ここは明らかにメリージェンの迷宮よりも大きい。何層まで踏破されているのかは知らないが、相当深いはずだ。俺が生きているうちに最下層まで踏破されることはないに違いない。


「ポチちゃん~! 行ってくるよぉ!」

「ポチ殿~! 行ってくるどぉ!」


 キースとムートがダンジョン横で寝そべっていたポチにダイブしている。行くのか遊ぶのかどっちなんだという感じもするが、よほど癖になる触り心地なのかもしれない。


 実際、ポチタマカイザー、どのダンジョンマスコットの周りにも人集りができているくらいだ。俺も帰りに少し触ってみてもいいかもしれん。



 第1層へと降りる。


「第1層はスライムのみが出るといったな。地図じゃあ、案内図通りに進めば2層への階段に出られるとあるが……」

「案内図ってなんだ?」

「わからん。迷宮内にそんなものを置いても、すぐに飲み込まれるはずだが」


 そんな話をしながら階段を下ると、すぐにマホちゃんの言っていた意味が理解できた。


「お、おおお? なんだぁ? これ」

「板で閉鎖されてるど」

「アレス。元々ここはこうだったのか?」

「い、いえ。こんなの無かったです。明かりも」


 そうだ。板壁だけじゃない。照明の魔導具までところどころに設置されていて、迷宮とは思えないほど明るい。さらに「2層への階段こっち」と板壁に書かれ、あまつさえ赤い塗料で矢印まで示されている。


 マホちゃんからもらった地図と照らし合わせてみると、なるほどこの板壁で区切られたルートをひたすら進んでいけば、魔物と出会うことなく2層へとたどり着けるという塩梅らしい。


 こんな迷宮探索があるか! と言いたいところだが、正直楽だ。

 斥候としては、ただ通過するだけの階層で神経を使わずに済むのは助かる。


「スライムは無理に戦うこともないだろうが……宝箱は欲しいな。あるんだろう? アレスとティナちゃんは拾ったことあるのか?」

「はい。えっと、たぶん俺たちが最初に拾ったんだと思います」

「お、マジかよ。酒が入ってたか?」

「いえ、僕たちの時は手袋でした」

「手袋かぁ。まあ、だが1層から出るなら悪くないな」

「あ、でもマホさんから、なるべくどんどんランクを上げていってほしいって頼まれてますよね?」


 それはこのパーティーを斡旋してもらった時に、同時に言われていたことだった。


 実際、このパーティーの適正階層はもっと下だろう。

 ランクはどれだけの魔石を納入したかで決まる。つまり、1層なんかでウロウロしてるより、さっさと2層で稼ぎまくってランクを上げてしまったほうが稼げるってことだ。


 今のメンバーならもっと下でも余裕だろうし、他を出し抜いてランクを上げれば、宝箱も手に入るようになる。なにせ、競合する探索者がほとんどいないんだから。


「じゃあ、さっさと2層へ行くか」



 実際、2層まではまったく迷う要素がなかった。


 通路になっている部分以外には、時折設置されている扉を開かない限りは行くことができない。通路部分にはどういうことかスライムは一匹も存在せず、これならまったく索敵せず走って突っ切っても問題ないだろう。


 2層への階段の前には、水を入れたタンクのようなものがあり、そこに入口にいたバヌートと同じ係員の服を着た獣人が立っていた。


「お水です~。良かったら飲んでいってくださいね~」

「み、みず? いくらだ?」

「こちらはギルドからの無料サービスとなっております」

「無料⁉」


 いや、これは驚くだろ。迷宮内部に係員がいる時点で変なんだが、さらに水を飲ませてくれるとよ。水ってのは必需品だが、持ち運ぶには微妙に重たくて、厄介なやつなんだ。


 一杯もらって飲んでみたら、冷たくて美味しい水だった。これなら街で飲んでもカネを取られるかもしれない。


「なんだこのカップ……紙でできてるのか……?」

「使い終わったカップはこちらに捨ててください~」


 狐獣人が間延びした声で言う。


 こんな白い紙のカップ……捨てるのはもったいねぇんじゃねえかな。実際、ごみ入れには一つもカップは入っていなかった。俺たちの前に何人かは探索者が入っているはずだから、たぶんみんな持ち帰ったのだろう。


 俺も他のみんなもさりげなく自前の背嚢へカップをしまった。


 水を飲んで一息入れてから装備の確認をし、2層へと降りる。


 地図を確認するに、いかにもゴブリンどもが集まって来そうな地形だ。扉のない小さな部屋の集合体で、似たような小部屋が山のようにある。


「俺たちが潜っていたころ、2層でたくさん死んだんです。マホさん、これからは絶対そうならないようにしたって言ってましたけど……」


 ゴブリンは厄介な魔物だ。力は弱いが意外と素早いし、刃物を持っている奴なんかは魔法使いや僧侶を一撃で殺したりもする。


 なにより怖いのは、闘争本能が強い点だ。一度火が着いた群れは中級のパーティーでも飲み込むことがある。だから、ゴブリン狩りの鉄則は、確実に一匹ずつ数を減らすことだ。


 あいつらは仲間が死ねば怯む。グダグダの戦いになると、数は増えるし、連中もどんどんカッカしてきて、思いもよらない行動に出ることもあるからな。


「索敵する。俺の後をついてきてくれ」


 戦闘になったら俺は役立たずだ。

 その代わり、魔物との遭遇の仕方は、常に最良の形になるように仲間や魔物を誘導する責務がある。そうでなければ、魔物を倒せない俺がパーティーにいる意味がない。


「こっちだ」


 地図を確認し、階段を降りてすぐ左へ進む。こっちならば地形的にゴブリンと遭遇したとしても、せいぜい2方向からしか増援が駆けつけることがない。


 アクティブで機動力がある魔物がいる階層では、つねに逃げ道を確保するように立ちまわるのが重要なのだ。


「ん……なんだ? また板があるな」


 1層にあったような木の板が行く手をさえぎっている。高さはないが、なんだこれ。


「なんか、囲ってあるから大丈夫とかってマホさん言ってたけど、これのことですかね?」

「囲って?」


 なるほど、確かに囲いのようだった。

 地図と照らし合わせても、柱と柱の間を板で閉鎖して、疑似的な部屋を形成しているらしい。

 囲いの高さは、俺の身長より少し低いくらいで、中の様子を窺うことができた。

 中にはゴブリンが2、いや3体。こちらには気付いていないようだ。


「ふむ、ふむ……。これ、マホちゃんが作ったって言ってたよな」

「そうみたいです。この壁を作るのにすごく時間かかったって、前に話してました」

「とすると」


 マホちゃんは、俺が思いつくようなことは当然考えているはずで、つまりこの壁を上手く使えば、あのゴブリンどももかなり楽に倒せるということだろう。

 まあ、壁を使わなくとも、今の戦力ならばゴブリンくらいどうやったって楽に倒せるが、おそらく、そういうことじゃない。


 壁には向こう側に向かって開く扉が取り付けられており、開けても自動的に閉まる作りのようだ。

 一部には階段が設置されていて、向こう側にいる魔物に一方的に遠距離攻撃を仕掛けることも可能だろう。実際、魔法使いであるアレスとティナちゃんならば、一方的に倒せるとみた。


 だが、ここはさらに速度を出したい。こちらは戦士が3人もいるのだ。


「よし。キース、フリン、ムート。そこの階段から中に飛び降りて一気にゴブリンを殲滅できるか? 左のやつをキース、真ん中をフリン、右をムートだ」

「まかせとけ」「楽勝だな」「余裕だべ」


 魔法使いたちの出番がないが、たぶんこれが現時点で最も速度が出る戦い方だ。

 そして、実際ゴブリンたちはまたたくまに殲滅された。小石程度の魔石が3つ落ちる。


「うん。今くらいの速度でやれば、ゴブリンが増えることもない。どんどん行けそうだな。今日は、ゴブリン狩りに徹して、早めにランクを上げよう」

「了解」


 アレスとティナちゃんには悪いが、どのみちこの階層では位階を上げるのは難しいはず。

 Dランクになったら10階層までの探索許可が下りるそうだから、さっさと上げてしまいたいところだ。


 ◇◆◆◆◇


「おっと、そろそろ時間だな。面白くて夢中になってしまった」


 時計を確認したら15時半。そろそろ探索を終える時間である。

 最初のうちこそ、どこからゴブリンが湧き出てくるか、かなり慎重に索敵をしながら進んでいたのだが、ゴブリンはあの板壁を越えることができないらしく、ひたすら前に前に進んでゴブリンを排除していけば良いことに気付いてからは、どんどん殲滅速度が上がっていった。


 もちろん最低限の索敵はしているが、その必要がないくらいこの階層は完成されていた。

 部屋に飛び込む。ゴブリンを殲滅する。次の部屋に入る。ゴブリンを殲滅する。

 これの繰り返しだ。


 しかも、ゴブリンは壁を乗り越えて躍りかかる俺たちに、ほぼ無抵抗のまま死んでいく。つまり、すべての攻撃が不意打ち――虚を突いての先制攻撃になるのだ。ゴブリンは防御の弱い魔物だ。先制攻撃を加えることができれば、戦士の加護のない俺でも一撃で倒すことができる。


 俺ができるということは、アレスやティナちゃんでも可能だろう。それくらい、先制攻撃というのは重要なファクターであり、斥候は常にその状況を作り出すことに腐心しているほどである。


 これをマホちゃんが考えたのだとすると、本当に恐ろしい才能だ。


「宝箱も手に入ったしな! 初日としてはかなりの戦果だろ!」


 キースもはしゃいだ声を出す。ここのお宝はかなりの高額で売れると聞いたから、ゴブリン魔石ではさほど儲からないにしても、総額ではまあまあいい線いくような気がする。


 いや、魔石だけだとしても、今日だけで倒したゴブリンの数は、なんと100を超えるのだ。

 他の迷宮では、絶対にこんな数を倒すことはできない。

 まして、俺たちは全員が完全に無傷なのだ。


 時々書かれている「出口はこっち」の矢印を辿れば、すぐに1層への階段へたどり着くことができた。

 こんなに迷うことのないダンジョンは珍しい。


 1層へ上がり、また水を一杯もらって、1層を抜けそのままダンジョンを出た。

 入口のところで、バヌートが退出証明の切符をくれる。この切符と魔石の買取がセットになるのだそうだ。


「どうだった? 面白かっただろう?」とバヌート。

「ああ。こんなに簡単な探索は初めてだよ。ビビったぜ」

「そうだろう。……ああ、何かこう思ったこととかあるか?」

「そうだな……。楽は楽だったが、これじゃ初心者は逆に迷宮をナメちまうんじゃないか? ここで育った探索者は、たぶん他じゃ通用しなくなるぞ」

「やはりそう思うか。わかった、伝えておこう」


 楽なのは良いことだ。悪い事なんて一つだってない。

 だが、楽というのは本来適性のない人間でも「なんとかなってしまう」ことを意味する。

 それはもしかすればリスクかもしれない。

 ……まあ、俺からすれば楽なのはやっぱり嬉しいけどもな。


「ジャッカル! 魔石は頼んだ! 俺はポチちゃんのとこに行く!」

「おらもおらも」


 キースとムートは相変わらずというか、迷宮探索を終えたばかりなのにポチたちのところに走っていってしまった。


「僕たちはお供しますよ」

「いや、お前たちも遊んでていいぞ。こういうのは斥候の役目だからな」


 斥候は雑用係になりやすい。実際、戦闘で貢献できないという引け目もある。

 だが、俺は自分自身でもこういう役目が向いていると感じているし、むしろ好きでやっていたりするんだ。


 ギルドで退出証明の切符を見せて、魔石を換金する。

 その金額は、俺が中級探索者としてメリージェンで活動していた時と、ほぼ差がない額になったのだった。


「あ、ジャッカルさん。おつかれさま。初日どうでした?」


 魔石の買取が思わぬ金額になったことに驚いていると、カウンターの中からマホちゃんが顔を出した。


「すごかったぜ。ゴブリンのいる階層があれほど楽に回れるのは、世界でもここだけだろうな」

「おお~。良かった。いちおうテストはそれなりにしてあったんですけど、不安もあったんで」

「まぁ、俺たちのパーティーは全員経験者だったから、あんま参考にはならねぇだろうけどな。初心者パーティーも入ってんだろ? 今日」

「ええまぁ……。実はもう二人も怪我人が出てて」

「マジか? あれで怪我するかぁ。まあ、魔物と戦ったことがないなら、3匹程度のゴブリンでも苦戦するのかもしれねぇが……」

「なにが悪かったんですかね」

「そりゃ経験だろ。あとは斥候の腕かな」


 斥候の働きってのは地味だ。いるのといないのと、その差を実際に体験したやつだけが、斥候のありがたさに気付く。


 今日のパーティーは全員俺の指示に従ってくれたが、それはあいつらが歴戦の戦士だったからだ。斥候の言うことを聞いていれば死ぬ確率が下がると、体験として知っているからなのである。


「う~ん。やっぱジャッカルさんいい感じですよね。よし、決めた! ジャッカルさん、うちの職員になってくれませんか?」


 マホちゃんが手を叩いて、急にそんなことを言う。


「しょ、職員……? ってなんだ?」

「実はですね、今日のパーティーメンバー。ジャッカルさんとキースさん以外は全員うちの職員なんですよ。まあ、職員といっても探索者としても活動してもらうので、こちらから業務依頼があった時は、そっちを優先してもらう感じですけどね」

「俺とキース以外……? つまり、今日は俺たちのテストだったってことか?」

「お、やっぱり頭の回転が速い。有り体に言えば、そうです。まあ、もともと二人には目を付けてましたけどね」

「キースはどうするんだ?」

「ジャッカルさんから見て、どうです? 彼は」

「悪い奴じゃねえよ。迷宮内での立ち回りも問題ねぇし、安定しているな」

「なら決まりですね。受けてくれればですが」


 なにがなんだかわからねぇが、マホちゃんに認められるのはなんだか嬉しい。それに、この気前の良い女のやることだ。職員はかなり待遇が良いと見た。


「俺はなにをやればいい?」

「けっこうありますよ? 今、うちの職員で人間の斥候ってジャッカルさんだけなんですよね。新人の訓練所もやろうと思ってますし、迷宮探索のデモンストレーション映像も撮りたいですし、あとは単純に迷宮リノベーションの意見なんかも――」


 俺に言っているのか、それとも独り言なのか、ブツブツと早口で言うマホちゃん。俺にはその半分も理解できなかったが――なにか新しい面白いことになる。

 そんな予感があった。


 俺はこういう予感だけは、外したことがないのが自慢なんだ。


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― 新着の感想 ―
[一言] 迷宮かなーり改造してますねー 確かにここで慣れてしまったら他では通用しなくなりそう
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