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ホームセンターごと呼び出された私の大迷宮リノベーション!  作者: 星崎崑
第四章

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第69話 嘘報告とドッペルゲンガー!

 王都にある迷宮管理局本部の一室。


 重厚な黒檀の机の前に座る男が、報告書を一瞥するなり声をあららげた。


「ソゴッツ! なんだこれは⁉ あと数年の辛抱だと? あれから何年経つと思っているんだ? 噂の真偽は! 現地で活動している探索者に裏は取ったのか!」


 報告書を提出した人物――ソゴッツは、いかにも風采が上がらない男で、額に冷や汗を浮かべながら手振りを交えながら説明……いや、弁明を開始する。


「ラーワンさん。そ、それがダーマ伯爵の策略だったのです。あの男は、したたかにも人を雇ってダンジョンから出た品だなどと嘯き、ヌケヌケと自領で秘密裡に作成した酒を行商人に渡していたのです」


 ラーワンと呼ばれた男は、酒と聞いて少しだけ怒りを収めた。


「噂は聞いている。突き抜けるような強さらしいな」

「それもまた嘘でして……。これが今回入手したその酒なんですが」

「手に入れたのか⁉」

「はい。しかし、噂に聞くようなものでは、とてもとても……」


 ソゴッツが鞄を漁り、粗末な瓶を取り出す。

 コルクの栓を抜き、水差しのグラスに酒を注ぐ。

 それは、ほんのわずかに濁りのある、わずかに赤みのある液体だった。


「まあいい。自分で確かめる。飲ませてみろ」

「あっ」


 ラーワンはひったくるようにグラスを受け取ると、グラスを少し回し香りを確認。

 その後、一息にそれを口に含んだ。


「あっ⁉ ぎゃひぃいいいいいいいい! 辛い! 水! 水を持ってこい! ああーーーー!」

「そんな一気に飲まれますから」


 ソゴッツの酒を飲んだラーワンは、その酒のあまりの辛さにのたうち回り、花瓶の中の水を飲むにまで至った。酒でいうところの「辛口」ではなく、元々の意味での辛口だったようだ。


「なんでも口から火が出るほど辛い酒だから、火酒と名付けたらしく……」

「ダーマ伯爵は阿呆なのか⁉ こんなもの、辛すぎてとても飲めたものではないわ! はー、まだ口がヒリヒリする」

「こ、好みは人それぞれですので……。噂では獣人たちにはボチボチ好評とかで、私が見る限りでも迷宮に来ているのはほとんど獣人ばかりでした」

「獣人ばかりだろうが、あの迷宮に人が集まっているのなら問題ではないか?」

「いえ、奴らは強烈な実利主義者です。稼げないとわかればすぐいなくなるでしょう。なにせ、あの酒くらいしか売りがない上に、あれは人間には売れんでしょう」

「ふん……。つまりこの報告書通りというわけか」


 ラーワンは息を吐き、椅子の背もたれに身を預けた。

 まだ酒の余韻が残っているのか、ふぅふぅと汗をかき、赤い顔をしている。


 噂通りに旨い酒がメルクォディアの迷宮から出るようになったというのなら、多少の無茶をしてでも手に入れる価値があると考えていた。


 だが、それが自作自演の上に、普通の人間なら見向きもしないような過激な酒があるだけではそれをする価値はない。


 ならば、今まで通りに自滅を待つだけでいい。人や金、リソースは有限だ。メルクォディアの迷宮は規模だけは大きい、うまくやれば十分儲けることができるだろうが、ダーマ伯爵にはそれをやる器量はないことはすでに明白。


 そうでなくとも、迷宮の運営というものは、ノウハウの塊なのだ。

 迷宮管理局を入れずに、うまくやっている所など存在しないのである。


「酒のことはわかった。ではあの件の真偽はどうだったんだ? メイザーズの勇者と、メリージェンの獣人の一党がメルクォディアへ移ったとかいう」


 迷宮運営にとって、探索者というのは大切な存在である。

 彼らは危険と引き換えに魔石を迷宮から採掘してきてくれる、言わば「鉱夫」なのである。


 どれほど理想的な鉱山だろうが、鉱夫がいなければ鉱石は得られない。

 トップ探索者というのは、その鉱山の一番奥の奥で良質な石を掘ってくる腕利きである。彼らの価値は掘ってくる石だけではない。山そのものの情報もいっしょに掘ってくるのだ。


 その探索者が引き抜かれたとなれば一大事である。

 それが本当ならば、多少強引な手を使ってもメルクォディアを手中に収めなければならない。


「まず、獣人の一党である雷鳴の牙の件。ラーワンさんもご存知の通り、リーダーのジガ・ディンが身売りしています。これを購入したのが、なんとダーマ伯爵だったのです」

「家宝の石を売ったという話だったな。まさか、あの男め、あんな物を隠し持っていたとは、こちらも計算外だったが……それで?」

「ジガの解放を条件に、雷鳴の牙へメルクォディアへの移籍を迫ったようです」

「ほう。それは思い切ったな。だが、誤解だったのだろう?」

「完全移籍ではなく、半年だけの条件でメルクォディアにいることになったようで」

「半年か……」


 たかが半年、されど半年。

 それだけの期間があれば、メルクォディアの探索はそれなりに進むだろう。

 迷宮内部の情報というのは宝に等しい。おそらくダーマ伯爵は、その情報をもってメルクォディアの運営の足がかりにするつもりに違いない。


(ダーマ伯爵め、金はかかっただろうが、悪くない手だ)


 ラーワンは内心で唸った。

 上級探索者パーティー一つと、中級探索者パーティ3つで等価。そして、中級一つと、初級3つとが等価である。


 上級には実際の魔石の価値よりも多少色をつけて買い取りを行っているが、実際には10層の石と1層の石とで、そこまで魔力内包量に大きな差はない。


 だから、上級探索者とて彼らに石を掘らせても、それ自体はたいした稼ぎを生むわけではない。だが、彼らに「攻略」をやらせて情報を抜くのならば、話は別だ。


 迷宮探索の肝は、難易度の調整にある。

 迷宮とは簡単でなければならないのだ。誰にとっても未知であるということは、仕事として潜るには危険すぎる。


 しかし、ダーマ伯爵がそのことを知っているのか……? 

 だが、たった半年と期限を切ったとなれば、石の採掘だけをやらせるために雷鳴の牙を雇い入れた可能性は低いように思われた。


「メルクォディアは息を吹き返すかもしれん。早急に手を打つ必要があるか」

「いえ、ご安心ください。その可能性はありません」

「なぜだ?」

「それがですね、雷鳴の牙の一同からも話を聞いてきましたが、ダーマ伯爵はジガ・ディンをかなり手酷く扱っているようで、雷鳴の牙からすでに相当恨まれているようなのですよ」

「なに⁉」


 貴族には獣人嫌いな者が多い。

 だが、ダーマ伯爵もそうであったかと、ラーワンは膝を叩いた。

 獣人は情に厚い者が多いのだ。それは逆を言えば、根に持つ性質であるとも言えた。


「ダーマ伯爵は獣人の恨みを買ったか⁉」

「ええ。相当なものですね。なにせジガ・ディンには首輪を付けて鎖で引っ張り回し、事あるごとにムチで叩いているという話ですから。雷鳴の牙の面々も『絶対に殺す』と息巻いてるくらいで」

「ならば、半年の迷宮探索は?」

「適当に流して、嘘の情報を流してやるとかなんとか」

「よくお前にそんな情報をあけすけに流したな?」

「そこは、私もこの業界長いので……」


 メルクォディアが迷宮管理局を入れていないという話は有名だ。

 ソゴッツが管理局の職員を名乗れば、利害の一致、敵の敵は仲間――ということなのだろうとラーワンは理解した。


「それに、メルクォディアには寺院がありませんから」

「それもそうだったな。ならば心配することもないか」


 寺院がなければ、無茶な探索はできない。

 死のみならず、呪いや、毒、麻痺一つですべて終わりになる可能性があるからだ。

 まして、情報のない迷宮なら猶更。迷宮には致命の罠というものが存在し、その情報は先駆者たちの犠牲によってもたらされるものなのだ。


 つまり、死なないように未知の迷宮に潜る……本物の冒険、本物の探索は、慎重に少しずつしか進まない。進められない。それがたとえ寺院のバックアップがあってさえも。


 雷鳴の牙は僧侶のいないパーティーだ。ならば本当に心配する必要はなさそうだとラーワンは判断した。


「勇者のほうは?」

「こちらもいつもの勇者の気まぐれのようですね。ラーワンさんもご存知の通り、勇者はゴーレムのような血の流れない魔物としか戦いません。メルクォディアでまともに活動することはないでしょう」


 ソゴッツが規定事項のように、胸を張って答える。

 ラーワンは実はそこまで勇者の情報を知らなかったが、勇者が特定の階層……しかも、かなり安全マージンを取って戦うタイプだということは聞いたことがあった。


「その話は聞いたことがあるが……、だがメルクォディアの下層の情報は我々も持っていないんだぞ? 下層にはゴーレムやらもいる可能性があるんじゃないか?」

「可能性はありますが、あの勇者がそれをしますかね? 勇者の『死』嫌いは有名でしょう。寺院がないメルクォディアで、そんなリスクを冒すとは到底思えません。……なにより、勇者はダーマ伯爵が金で釣ったにすぎず、実際私が行っている間も、一度も迷宮には入っていませんでしたし。さらに、勇者も彼女のパーティーの男たちも全員遊び人ですから、あんな田舎は耐えられないでしょうしね」

「メルクォディアには賭場すらないんだったか?」

「ええ。それに迷宮から街までかなり距離があります。毎日歩くのはかなり面倒ですね」


 それでは無理だろう。メイザーズやメリージェンといった発展した探索街で活動している者なら、なおさら田舎迷宮で潜るメリットがない。


「ダーマ伯爵め、しょせんは田舎者ということだな。同じ金を使うなら、中堅どころをいくつか押さえればよかったものを」

「まさにその通りです、ラーワンさん。ですから、おそらく半年程度は寿命が延びるでしょうが、その後はすぐに音を上げることになるはずです。最後っ屁というやつですよ」

「わはは。ダーマ伯爵の屁は臭そうだな! うむ。メルクォディアはしばらく放っておけ。どのみち、今は禅譲の件でやることが山積みだからな」


 ラーワンは機嫌良さげにソゴッツを下がらせ、もうその時点で彼はメルクォディアへの興味を失っていた。


 部屋を出たソゴッツは、そのまま音もなく管理局本部を出た。


 ◇◆◆◆◇


「マスター。ただいま戻りました」

「ドッピーおかえり~。どうだった?」

「首尾良くいきました。しばらくは時間を稼げるでしょう」

「ありがとありがと。でもまあ~、実際には人の口に戸は立てられないからね。せいぜいもって半年ってとこかな。それまでには軌道に乗せたいね」


 管理局員であるソゴッツさんに化けたドッピーに王都まで飛んでもらい(実際に飛んだのはセーレだが)、嘘報告で時間稼ぎをした。

 どのみち担当者であるソゴッツさんはこちらにいるのだ。物理距離の分だけ情報が遅れるし、その情報の真偽だって確かめるのは難しい世界である。半年程度なら稼げると私は踏んでいる。

 ドッピーの話では、本部の偉い人もそこまでメルクォディアを重要視している風ではなかったようだ。


「あー、例のお酒はどうだった?」

「……マスター。あれ、実際どれくらいやってたんですか?」

「鷹の爪を焼酎で漬けて、香り付けにタバスコとわさびを入れたくらい? 私も味見してないから、案外美味しくて好評だったとか?」

「まさか。真っ赤な顔で吹き出してましたよ」

「おほほ。そりゃちょっとイタズラが過ぎたかもしれないわね」


 火酒という名前は伝わっているだろうと、火を噴く酒にしてみたわけだが、本当に火を噴いたというわけだ。

 まあ、それなら少なくとも酒のこともしばらくは誤魔化せそうである。


 で、実際のダーマ大迷宮はというと、ちょっと思っていた以上に盛況だった。

 これにはエヴァンスさんもニッコリである。魔石の買い取り所も嬉しい悲鳴で、金が動けば人も動く、人が動けばまた金も動くという好循環が生まれつつある。

 死者も……まあ、実はすでに一人出たのだが、キュベレーさんがパパっと蘇生してくれて事なきを得た。

 その時に、いちおう治療代をとったけど、安すぎるとちょっと騒ぎになってしまった。

 さすがに料金体制はもう少ししたら見直したほうがいいかもしれないな。


「あっ、そうだフィオナ~。あれ、いつからにする? そろそろ資料も請求しとかなきゃね。資料請求とかあるのか知らないけど。一度見学に行くでもいいな。セーレがいれば距離はどうにでもなるし」

「アレって……アレのこと? マホ、覚えてたんだ」

「私が約束を忘れるような女だとでも?」

「けっこう忘れるタイプだと思うけど」

「ンまー、キャパオーバーするとわけわかんなくなることはあるかもだけど! こういう約束は忘れないって! 地味に楽しみにしてるし!」

「そっか……嬉しい。ちょっと前までは夢物語だったのにな。今のダーマを見ると、ホントに行ける気がしてくるね」

「いや、行くんだって! 現実だよ! 学校! どこにあるの。王都? 申し込みしなきゃだし、とにかく今度行ってみようよ!」

「うん!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 情報操作! しかし管理局も乗っ取りとか悪辣だなぁ
[一言] 姿形だけじゃなく記憶まで持っている偽物が嘘の報告してくるとかそんなん予測もできんわなあ
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