第68話 こっちもやるよ!
私たちは市庁舎へ移動した。
エヴァンスさんはプレオープンの宴の時には、来てくれたが、それ以降は来られていない。
ダンジョンの噂を聞いてだろう、領内に入ってくる人が増えているとかで、事務仕事が増えているらしい。これはリックさんとグレオさんから聞き出したことだが、迷宮そのものというより、宝箱から出てくる品々の情報が近隣の町々へと伝播していっているかららしい。
その影響で、商人や、探索者志望者が増加している。特に行商人にとって情報は命。ダーマ領は行商人もあまり積極的に訪れない土地になっていたらしいから、その反動もあり、人間の動きが活発になってきているのだろうとのこと。
余談だが、街の商人であるグレオさんと行商人のリックさんと知り合ったのは、私ではなくドッピーのほうだった。ドッピーが「私」として仲良くなったことで、私も初対面からいきなり知り合いという謎のスタートを切った。
最初、彼らは宝箱の情報を使ってうまく儲けようとしていたらしいのだが、私がダーマを世界一の迷宮街にすると宣言したことで(厳密にはドッピーが宣言したのだが、ドッピーはつまり私なので、やっぱり言ったのは私ということになる……のか?)、一蓮托生、いっしょに街を盛り立てていくことになったのだった。
私がお近づきの印に、迷宮からしか出ないはずの酒を渡したのも大きかったようだ。
閑話休題。
受付嬢姿のドッピーを伴い、市庁舎へ入る。
管理局のおじさんは、とりあえず牢屋にぶち込んでおいた。
まあ、牢屋といっても、そこまで環境が悪いわけではない。こっちの方針が固まるまでしばらく待っていておくれよ。もう少し迷宮の営業が軌道に乗ったあとならば、管理局員が来ようがスルーできたが、今はまだ時期が悪い。
「というわけで、管理局の人が来てました」
エヴァンスさんに簡単に説明すると、わずかに表情を曇らせ小さく「やはり来ておりましたか」とつぶやいた。
「いずれは来るだろうとは思っていたのですが、こちらではなく迷宮のほうへ直接行くとは思いませんでした。噂の真偽を確かめようとしていたのかもしれませんね」
「こっちには結構来てたんですか?」
「最近はまったく。ただ、元々はたまに来ていたんですよ。近況を聞き、いつでも協力するなどと甘言を吐きつつ、その実、向こうが有利な契約で迷宮を乗っ取ろうとして。しかし、ここ一年くらいは顔を見せにも来ていなかったのですがね……」
「なるほど、じゃあやっぱり何かウワサを聞いたってことなんだろうね」
多分だけど、最近来ていなかったってことは、もう放っておいてもメルクォディアは手に入るとか、そういう算段だったのだろう。
「実際、管理局に泣きつくっていうプランはあったんですか?」
「旦那様はギリギリまで粘るつもりだったようですが、最終的にはそうせざるを得ないというのが、実情でした。ご存じの通り、まったく人の手が入らなくなった迷宮はいつかバランスを崩し、魔物たちが外に出てくるようになりますので」
「魔物が外に? そんなことあるの⁉」
「マホ、迷宮崩壊だよ。前に説明したじゃん。忘れたの?」
そうだっけ?
いや、迷宮とか魔法とか位階とかなんやらかんやら、覚えることが多くてさ。
「迷宮崩壊を引き起こすことになれば、甚大な被害を引き起こします。中央へ応援要請も出さねばなりませんし、なによりこの領は魔物に飲み込まれるでしょう。下層の魔物が出てくれば、我々では太刀打ちできませんので」
「大災害じゃないですか。むしろ、よく管理局を入れないなんて選択肢をとれましたね?」
「実際に迷宮崩壊が起きたのは、わかっている限りでも数十年前のことなので……現実としてそれが起こるという実感が足りていなかったのでしょう。お恥ずかしい限りです」
実際、迷宮崩壊が起きたのはかなり昔のことらしい。
今は迷宮管理局があるからか、どこの迷宮も安定しているとのこと。どの程度、人間の手を入れる必要があるのかは知らないが、たぶん一〇年単位で放置するとかしなければ大丈夫なのかもしれない。
管理局がこのダンジョンをどうやって運営するつもりだったのかは知らないが、彼らはノウハウも金も人もあるのだ。どうにだってなっただろう。実際、メルクォディアは六層にまで至ってしまえば、そこまで面倒なわけではない。逆に言うと6層以外はだいたい面倒くさいわけだが、アイネちゃんもジガ君も6層はバランスが良くてシンプルに稼ぎやすい階層だと言っていたくらいだ。
他のダンジョンで鍛えた探索者を、ここに連れてきて6層で稼がせるだけでも、職業探索者の暮らしとしては十分成り立つはず。
「で、実際のところどうなの?」
ドッピーに促す。彼は今は受付嬢の姿だが、中身だけ管理局のおじさんになり替わることで、おじさんの記憶をそのまんま引っ張りだすことができるのだ。
というか、他人の姿になってもアイデンティティーのベースが、その変化した「誰か」ではなく、ドッピー自身にあるというのが強い。
つまり、彼は自分自身を持ちながら他人になり替わることができるというわけだ。
私になり替わっている時のドッピーは、ほぼ完全に「マホ・サエキ」として行動しているが、あくまでそういう擬態をする魔物……ということである。
フィオナによると、私の姿になると魔力の色まで私と同じになるらしく、ほぼ見分けがつかないらしい。まあ、そうでなければドッペルゲンガーとは言えないだろうが。
「端的に言えば、迷宮の運営を手放す可能性を確かめに来たようです」
「手放す可能性?」
ドッピーによると、おじさん――名前をソゴッツという――はけっこう管理局を通してメルクォディアの情報を持っていて、その噂の真偽を確かめに来たのだという。
上司からも「メルクォディアはいつ落ちる? できませんでは良心がない」とかなんとか言われて、胃の痛い思いをしていたらしい。
宝箱の情報も知っているし、迷宮を大岩で閉ざしていた話も知っている。当然、先日が再オープン日だということも知っていた。けっこう管理局は情報通だ。まあ、迷宮を管理するための組織なのだから、当然なのかもしれないが……。
とはいえ、管理局にはこちらは運営を委託していないわけだし、管理のためのノウハウだってもらっていない。つまり無関係だ。
実際、向こうがなにかを言ってきたとしても、なんの実行力もあるまい。武力を持ってきたなら別だが、そうなったら普通に戦争だよ。セーレとキュベレーさんをけしかけたるわ。
「でも、連中、ここを欲しがってたのは確かなんだよね? とすると、嫌がらせをしてくるくらいのことはありえるかな」
「それはこの男の記憶にもあります。実際に、悪い噂を流したりはしたようですよ、マスター」
「ふ~む。じゃあ、こっちも小細工しておきますか」
ということで、こっちもやることにした。
少なくともあと半年くらいは、管理局はおとなしくしていてほしいからね。なにせ、オープンしたばっかりの今のダーマ大迷宮は、赤ちゃんみたいなものなんだから。




