第65話 魔神は力がありすぎる!
私自身の在庫が無限。
記憶の継承がなされないのは厳しいが、いちおう私が死んだ場合に備えて、メモは残してある。フィオナは気付いていないようだが、私がこの世界に呼ばれたときに倒れていた位置から見えるように継承用ノートを置いてあったりする。
そうすれば、仮に今の私が死んでも新しい私が私を引き継いでくれるというわけだ。
まあ、当然、私が復活できるかどうかは不明だったわけで、あくまで保険として用意してあっただけだったのだが、ルクヌヴィスさんが不死だというのなら間違いないのだろう。
だから、ここから脱出する前――フィオナが転送碑の前で泣いたときだって、究極なんとかなると思っていた。
あの時は言わなかったが、おそらくは私は残機が無限。そのうえ、記憶を継承しないからまっさらな気持ちで攻略を始めることができる。
その特性は、記憶の継承で絶望するよりも良いほうに働いたに違いない。フィオナのことは忘れてしまうだろうが、最後に残った私が新しく関係性を築くことができれば問題ない。どのみち自力で95層をクリアしなければ出られないなら、他に選択肢もないし――とか考えていたというわけ。
「記憶の継承がないし、死んだ時どういう挙動をするかわからないから、死なない方向でやってますけどね」
「記憶の継承ができない? ふむ? ふんふん……。なるほど、こういうことですか……。少し触りますよ………………。これで善し。『現時点のあなた』で復活できるようにしました」
「へ? マ?」
魔神ってそんなことまで可能なの? 万能すぎるだろ。
「情報を上書きするように変更しただけのこと。ですが、これはとんでもない大魔法ですよ? 少し弄るくらいならともかく、これと同じことをやれって言われたら、私でも不可能。ねぇ、マホちゃん、どういうことかしら? これほどの魔法がどうして人の世に? まあ……私やセーレ君を呼び出せる時点で普通でないのは明らかではあるけれど……」
「いちおう、この地下にあるやつって、世界最大の迷宮の最下層のお宝らしいので……。この魔法陣もそのオマケという感じで」
「ふむ……?」
迷宮の最下層と小さく呟いて、ルクヌヴィスさんは、静かに目を閉じた。
私には魔力が見えないからわからないが、なにか魔法でも使っているのだろうか。
しばらくして、得心したというように目を開きうなずいた。
「なるほど……そういうことですか。ここ自体が異界になってるというわけですね」
「異界ってなんですか?」
「現世とも魔界とも違う、そのどちらでもない場所。世界を作る力の歪みが生みだす、3つ目の世界」
「ルクヌヴィスさんは、いろいろ詳しいんですね」
「これでも大地の母ですからね」
さすが大地の母だ。大地のようにでっかいぞ。
「あと、私の名前はルクヌヴィスではありません。こちらではそう呼ばれているようですが、ルクヌヴィスは『死と生命の化身』というような意味の言葉」
そうだったのか。寺院の人間なら周知の事実だったのだろうか?
「私の名前はキュベレー。大地を司る神の一柱。マホちゃん、末永く宜しく致しますね」
前かがみになって私に視線を合わせ、バチコーンとウィンクをキメるキュベレーさん。
法衣というか、シスター服みたいな恰好なのに、スカートに際どいスリットが入っていて、白いおみ足がチラリ。
う~む。その色気でシスターは無理でしょ。至近距離では圧も凄いけどね。
「それで、私の仕事はなんでしょう? 召喚者の命は絶対。どのような無理難題でもお申し付け下さい。供物も大変良いものをいただいていますからね」
「キュベレーさんには迷宮探索で死んだ人の蘇生とか、回復とかそういうのをやってもらいたくて……できますか? 毒、麻痺、その他の状態異常の回復とか、あとは呪いの解呪なんかもできたらお願いしたいんですけど」
「私の権能を知って召喚してくれたというわけですね。蘇生は私の専門分野。大舟に乗った気分でお任せ下さい」
「回復魔法を使える回数に制限なんかあったりします?」
「ありませんよ。この大地のある限り、無制限です」
豊かな胸を張るキュベレーさん。これは助かる。
「神の権能」を使うことに回数制限がないってのは、神だからなんだろうな。
魔法そのものが、私たちが腕を振ったり唄を歌ったりするのと同じような、本人に当たり前に備わった力なのだ。チートすぎるだろ。
「ところでセーレ君はまだ戻りませんか? あの子ったら、私になにも言わずに……そう、家出をしているのですよ。少し……教育が必要かもしれません。マホちゃん、呼んでもらえる?」
なるほど、これがセーレが逃げていた理由か。
セーレは傲岸不遜なやつだが、母には弱いというわけだ。
「『セーレ戻ってきなさい』」
セーレは私のこういう命令には逆らえない。そういう契約だ。
しばらくして、めちゃくちゃしぶしぶ顔をしたセーレが転移で戻ってきた。
いったいどこに行っていたのやら……。
「セーレ君! 私が来るからってどこかに逃げたのですか? あなた」
「い、いえ! 滅相もありません。母君様が来られるのに手ぶらでは不味かろうと、こうして花を摘みに行っていただけでして、ええ」
「そう? あら、なかなか美しい花ですね」
「しゃべったぁああああああ!」
なんで⁉ 母相手ならしゃべるってこと?
っていうかマジで母なの? 概念的なものではなく? いや、概念の母ってなんだよって話だけどさ。ていうか私、今の今まで、母を自称してる変な女の可能性をちょっと疑ってたわ。
「彼は、声に魔力が宿ってるから、むやみに口を開かぬようにと命じておいたのですよ。ほら、そこの子、たったあれだけで影響を受けているでしょう?」
「そこの子?」
キュベレーさんの視線を辿ると、フィオナがポヤポヤ顔になっていた。
酒に酔ったみたいな感じだ。
「おーい、フィオナ? 大丈夫?」
「セーレ様……好き……」
「うおおおお! フィオナが魅了されてる! 解除解除!」
キュベレーさんが魔法でパパッと解除してくれてフィオナが正気に戻る。
キョトンとした顔をしていたから確認したが、どうやら魅了されていた時のことは覚えていないらしい。
セーレが自分で説明しなかったから聞かなかったけど、こりゃ強烈だわ。
そりゃフリップで喋りますわ……。
あと地味にジガ君にもキュベレーさんが魔法をかけていたから、彼にもしっかり魅了が効いていたらしい。異性特化じゃない能力ということか。こりゃとんでもない爆弾だわ。
「でも私には効かないんだな、魅了」
「あなたは契約者ですからね」
セーレがどこからか摘んできた巨大な花を抱えたキュベレーさんが説明してくれる。
あの魔法陣には、召喚者を害することができない契約が盛り込まれていて、魅了もそれに含まれるのだそう。しかし、本人は意識せずとも能力を発揮してしまう――つまり、オンオフできない力なので、常にフリップを使って会話していたということらしい。
まあ、とにかくこれで蘇生関係もどうにかなりそうだ。
問題は、寺院スルーして蘇生やらなんやらやることに難癖付けられそうというところだが、こっちには向こうの神、ルクヌヴィス本人がいるわけで……そういう場合どうなるんだ?
わからん。というか、私からはちょっとデカめの色っぽいお姉さんにしか見えないし。セーレのほうがペガサスに乗っている分、もう少し神っぽいが、あれはあれで変だからな……。




