第64話 でかい美女だ!
魔法陣の前に、うずたかく積まれた供物。
セーレの時よりもさらにたくさん用意したから、ルクヌヴィス神もきっと来てくれるだろう。ドッピーもセーレも、大喜びしていたからね。
「あとは、セーレ殿の髪を一本真ん中に置いていただければ確実です」
「ほう……? なるほど」
では一本失敬……と思って近づくと、瞬間移動で10メートルくらい離れたところまで逃げるセーレ。
「なんて厄介な能力……。セーレ、逃げないで、ちょっとこっちに来てちょうだい」
『嫌です。私の髪を抜くおつもりなんでしょう?』
「ふはは。遠くて字がよく読めないんだよなぁ」
『悪いことは言わない。アレを呼び出すのだけはおやめください。きっと災いが降りかかるでしょう』
「災い? この世界じゃ、一番偉い神様ってことになってるみただけど」
『外面がいいだけです!』
こりゃ知り合いで確定かな。
神同士のくせに、意外と人間くささがあるというか、神の世界(魔界だったか?)は案外、人間世界と変わらないのかもしれない。
「まーでも、私が呼び出せば私が契約者としてしっかりしていればいいんでしょ? 大丈夫大丈夫。手綱はちゃんと握るから。はい、セーレ。来なさい」
ドッピーによると、魔法陣による召喚はただ呼び出すものではなく、「供物と交換で下僕を呼び出すもの」。つまり、召喚者の命令には絶対服従なのである。
まあ、そのわりにはちょいちょい自由さがある気もするが、それはセーレがあまりに上位の存在だからなのかもしれない。
『ひどい! 絶対後悔しますぞ!』
セーレの長いサラサラ髪を一本引き抜き、祭壇と化した魔法陣の真ん中へ置く。
う~ん。絶対後悔するとか言われると、ちょい躊躇するのも確かなんだけど……。
「ドッピー、実際どうなの? セーレはああ言ってるけど」
「問題ありません」
キッパリ言い切るドッピー。
……ま、どちらにせよここまできてイモ引くつもりもないんだよな。
私は魔法陣の前に立ち、叫んだ。
「我が名はサエキ・マホ! 我が呼び声に応え顕現せよ、ルクヌヴィス!」
魔法陣が私の声に応えるように輝き、供物がシュン、シュンとどこかへ消えていく。
電動工具とか耕運機とか自転車とか、なにが魔神たちの琴線に触れるのかはよくわからないが、ドッピーによると「あっちの世界にも、こっちの世界にもない、高度な技術で作られた品」は美術的な価値が高いのだとか。
神には人間みたいに協力しあって文明を築いていくという発想がない。個体として「強すぎる」が故に、生まれたときから完成されてしまっていて、わざわざなにかを生み出すという発想が貧弱なのだとか。
なので、神たちは人間のその弱さを愛するとかなんとか……。
実際、ルクヌヴィスにとってもホームセンターの商品はお気に召すものだったようだ。
用意した供物がすごい速度で消えていく。
ちなみに、召喚失敗の場合もあるらしく、その場合は供物が全部戻ってくるらしいが……。
「あっ、髪の毛も消えた」
最後の最後まで残っていたセーレの髪も消え、魔法陣がひときわ強く輝く。
その輝きが収束したあと、魔法陣の上には一人の人物が残されていた。
薄墨色のベール。豪奢な漆黒の法衣。そして、それを惜しみなく押し上げる豊満な肉体。
ウェーブのかかった豊かな薄桃色の髪は腰まであり、薄暗い迷宮の中でさえ輝きを隠しきれていない。
男か女かはあまり考えていなかったが、ルクヌヴィスは女性神だった。
「きれいな人……だけど、なんか大っきくない?」
そうつぶやいたのは私か、それともフィオナか。
実際、神を模した大理石の像がそのまま動き出したかのように、こう……迫力がある。
あ、あれ? 目がおかしくなってるのかな?
ボリューム感があるというか……、神々しいっていうか……ハッキリ言うと巨女っていうか……。
2メートルを少し超えるくらいは身長あるっぽい上に、スタイルが抜群なものだから、なんというか「デッッッッ!」と叫びたくなる感じ。
そんなルクヌヴィス神が目を開き、みなを睥睨する。
「我は大地、大地は我。求めに応じ参上しました。うちの息子がいつもお世話になっております……」
若干の圧を感じる独特の響きを含んだ声音。
なんか想定よりもずっとデカいが、まあ神だからな……。
いや、違うな。神にしては小さいほうと考えるほうが自然かもしれない。ウ〇トラマンサイズという可能性もあったと。
「っていうか息子って⁉」
「セーレ君のことです。こちらにお邪魔しているのでしょう? あの子ったら、向こうに分体を残して来ているのですよ。ご迷惑をおかけしなかったかしら」
「いえいえ、迷惑なんて。いつもお世話になっております?」
魔神にも母とか息子とかいう概念があるんだ?
いや、あるか。あるといえばあるのだろう。もしかして神って自称であって、違う世界のただの人なのでは……? いや、そんなこと考えてもしかたがないか。
いやいやいや、頭が混乱しているな。
それにしても、これがセーレのお母さんか。どうみても20代前半にしか見えないのに(デカいけど)。いや神なんだから年齢と見た目に相関関係はないのだろうけどさ。
「セーレなら私の横に……あ、あれ? セーレは?」
ついさっきまで私の横にいたはずのセーレが消えていた。
「逃げたなあいつ……」
ルクヌヴィスさんは、きょろきょろと周りを見て、なんだか子どもみたいな仕草だ。
セーレを探しているというよりは、この場所が物珍しいらしい。
フィオナを見て、ドッピーを見てから、私を見た。
見たというより、凝視だ。そのままズイズイズイっと距離を詰めてくる。
「あなたは何者? 人間……? いや、人間ではないのでしょう? 私の知っている人間とは魔力の構造が根本的に違っていますからね」
突然至近距離に詰めてこられると、このレベルの美人は圧が違うわ。物理的にも。
まつ毛長いな!
「私はサエキ・マホ。私も被召喚者で……別の世界から呼ばれて来た者なんです。なので、人間ではあるけれど、この世界の人とは違うかもしれません」
「どうりで。あなたは生命としての形が、本来の『ヒト』とはまったく異なっていますね」
「そうなんですか?」
「ええ。あなたはこの地下にあるモノと生命のパスが繋がっている。マホと言いましたね? あなた、不死なのでしょう?」
「あ、やっぱそうなんだ。蘇生しても記憶の継承はしないでしょうけど。不死かぁ」
「え? は? マホ、なに言ってるの?」
「言ってなかったっけ? 私は死んでもあの場所で復活するって可能性が高いって」
被召喚者というか日本人だから、厳密に言えば、この世界の人間とは違う生き物だろうってのは前提として――ホームセンターの無限在庫の特性からして、死んでも再構築される可能性が高いってのは、来てすぐに感づいていた。なにせ、在庫が無限なのだ。
サエキ・マホの在庫も無限に違いない。




