第60話 ある探索者の話 ②
リックと別れてギルドへと向かう。
といっても、リックの店のすぐ隣だ。
ギルドのすぐ横ともなれば、一等地も一等地。放っておいても一番儲かる場所だ。リックのやつめ、マホちゃんに心酔しているのはこういうわけか。いくら寂れた迷宮とはいえ、ただの行商人が、ここまでの場所を貸してもらえることなんて普通はないだろうからな。
ギルドの入口には、デカデカと『ダーマ探索者ギルド』と看板が掲げられている。
中に入ると、職員らしき人たちが仕事に追われているようだった。
「よう。お前さんも誘われて来た口かい?」
話しかけてきた男は、中肉中背のいかにも歴戦という感じの男で、キースと名乗った。
メリージェンでは見た記憶がないから、他の迷宮街から来たのだろう。
「そうだよ。俺はジャッカル。メリージェンから来た中級の斥候だ。あんたは見たところ戦士か?」
「ああ。メイザーズから来た。ジャッカルも、例のアレ、飲ませてもらって決めたんだろ?」
「ふはは、お前もか。酒好きばっかり集まりそうだな」
キースもリックに誘われて来たのだそうだ。
しかも、なんとこいつはちゃんとした一党を組んでいたのに、抜けて自分ひとりで来たのだという。それだけあの火酒の味が忘れられなかったらしい。
「知っているか? 勇者のパーティーもここに移ったんだぜ」
「嘘だろ? 勇者っつったら、メイザーズのトップ探索者じゃねぇか」
「嘘じゃない。俺が来る時にはもう向こうじゃその噂でもちきりだったからな。さらに、メリージェンの……なんとかって獣人の一党も来ているって話だぜ」
「獣人の一党……? 雷鳴の牙か?」
「それだ。有名なんだろう?」
勇者パーティーに、雷鳴の牙だ?
いや、雷鳴の牙の頭目であるジガを買ったのがメルクォディアの領主……って話だったか? ならば、ジガを追って来た……ということなのだろう。獣人同士の絆は深いからな。
それにしても、いくら宝箱から良い品が出たからといって、慣れ親しんだ迷宮から移動するのは珍しい。それが、上級探索者となればなおさらだ。
中級と上級とでは稼げる桁が違う。
未知の迷宮に潜るのはリスクがあるし、上級探索者でも浅い階で死ぬことがある。それが、未知であるということなのだ。
まして、勇者はリスクを取らないで適正よりずっと浅い階層に潜っているという話だったはず。
つまり、安全に稼げる手段を捨ててでも、ここに移るだけの理由がある……ということなのか?
「登録はこれからなんだろう?」
キースが言う。
「ああ。つっても名前と経歴くれぇだろう? ちゃちゃっと済ませちまうから、この後、一杯どうだ?」
「いいぞ。たぶん、お前が思ってるよりはかかるだろうから、外で待ってる」
キースが「驚くぞ」と笑いながら出ていく。驚く?
俺は受付へと移動し、探索者登録をしたい旨を伝えた。
「ダーマ探索者ギルドへようこそ! では、こちらへの記入をお願いいたします」
「記入? 名前くれぇなら書けるが」
「では名前以外はこちらで代筆いたします。あと、私の手を握ってください」
「はぁ?」
女がまっすぐ俺の目を見てそんなことを言う。
俺に惚れたのか?
なかなか器量の良い娘だし、俺もやぶさかではない。キースとの約束は反故にして、この子を誘ってみるか?
そんなことを考えながら言われた通りに手を握る。
「はい。ありがとうございます。問題ありませんので、手続きに移らせていただきますね」
「あ、ああ……」
若干浮かれかけた俺だったが、受付嬢の態度はこれといって変化がなく、本当になんらかの事務処理で手を握ったという感じだった。
あれで何かがわかるのか? 謎だ。
そのあと、必要なことを代筆してもらい、書類が完成した。
「では、こちらがダーマの探索者証になります。再発行もできますが、なくさないように注意してください」
「見たことがない素材だな」
ずいぶんツルツルした板だ。
そこに俺の名前と職業。あとは、よくわからない記号のような物が書かれている。
「ダーマでは探索者はランクで分けられます。最初はEランクから始まりますが、実績を積むことで昇格していきます。昇格するごとに特典がありますから、頑張ってください」
ランク分け? 初級中級上級だけで十分だと思うんだが。
さらに、最下位ランクであるE級は2層までしか入ってはいけないらしい。その上、斥候はパーティーを組まなければ立ち入りすらできず、仲間が見つからない場合は、斡旋までしてもらえるのだという。
至れり尽くせりで驚くね。ダンジョン探索なんざ、自己責任でやるもんだろうに。
「あとはこちらですね。ダーマ大迷宮のEランク探索者の証です。利き腕とは逆の腕につけてください。このように」
受付嬢が机の下から取り出したのは、黒い腕輪のようなものだった。
彼女の腕にも似たようなものがある。
手にとってみると、これもまた不思議な素材で作られていた。
硬いのに柔らかい。なんらかの動物の革だろうか。
「これは腕時計といいます。ダーマ大迷宮の探索は8時から17時までの時間制ですので、探索中は常に現在時刻を見て行動するようにお願いします。また、この腕時計が迷宮への入場許可証の役割を果たしますので、絶対に紛失しないようお願いします。壊れた場合はこちらで新品へと取替えますのでご安心ください。水につけても多少は平気ですが、できれば避けたほうがいいでしょう。探索者ランクが上がれば完全防水の腕時計が支給されますので――」
「ちょちょちょ、待ってくれ。全然わからん」
腕時計? 時間制? なにを言っているんだ?
そもそも時計なんて、魔道具でそれっぽいものを見たことがあるが、断じてこんな形ではなかった。
「大丈夫です。みなさんそうおっしゃいます。ちゃんと説明しますので」
俺は腕時計を着けてもらい、それの見方を教わった。
見慣れない文字で記されていたが、慣れれば問題なさそうだった。
時計の読み方は、ギルドの壁にもわかりやすい説明が貼り出されているし、すぐ覚えられるだろう。
そんなことより、「営業時間」があることのほうが問題だ。迷宮にひとたび入れば日をまたぐことなんて、ざらにある。野営の準備をして潜ることのほうが多いくらいだ。
それを営業時間だと?
「17時を過ぎても戻ってこなかったらどうなるんだ? 迷宮奥深くまで入り込んでしまって、戻れない場合だってあるだろう?」
「故意の場合はペナルティがあります。悪質な場合は探索者証のはく奪もありえますので、絶対に時間は守ってください。そのための腕時計ですので」
「死んじまって戻れない場合だってあるだろう?」
「その場合は、こちらで死体を回収する予定です」
どうやら本気らしい。8時から17時までというと、9時間か。確かに集中力をもって探索するならそれくらいがいいところではあるのかもしれない。
だが、転送碑が5層ごとにしかないことを考えると、9時間では心もとないような気もするが……。まあ、その時はその時でおいおい変わっていくものなのかもしれない。
「……そういえば、ここは寺院は入るのか? それらしいもんは見かけなかったが」
「ルクヌヴィス寺院が入る予定はありません。ですから、死なないように注意してくださいね」
「マジかよ」
うめぇ話ばっかじゃねぇだろうとは思ったが、寺院がねぇとなると、死んだら終わりってことだ。
まあ、俺だって死なないように立ちまわっているし、今まで死んだことなんて一度しかない。それでも一度はあるんだ。
未知の迷宮に挑むとなれば、その危険性は慣れた場所の比ではないだろう。
「ですから、E級は2層までなんです。ちなみに、攻撃魔法を持たない探索者には1層の探索も許可していませんので、注意してください」
「2層には何が出るんだ?」
「ゴブリンです」
「ゴブリンだぁ⁉」
あの忌々しきゴブリンが2層に出るだって⁉
それを聞いて、俺は自分の中の警戒度を上げた。
俺は位階が上がったこともあり、戦士の加護がなくともゴブリン程度ならば一撃で殺せる。
だが、群れと化したあいつらを処理できるかと言われれば自信がない。メリージェンでもゴブリンは出るが、上層には出なかった。中層以降で出る魔物。本来、ゴブリンとはそのレベルの魔物なのだ。
単体の弱さに惑わされた者が、最初に死を経験させられるのがゴブリンなのだから。
「ご心配には及びません。うちの迷宮は大丈夫ですので」
にっこりと笑ってそう言う受付嬢だが、大丈夫なはずがない。
酒の件がなければ、今頃尻尾を巻いてメリージェンへ戻っているところだ。
せいぜい、潜るときはある程度慣れた戦士と組むように準備しておこう。
ここまでが第3章になります。
明日からは第4章がスタートです。
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