第57話 神です!(神ではない
結局アイネちゃんは、一口チョコを17個も食べた。
フィオナもさすがに唖然としているが、私としてはわかるという気持ちだ。
なにより、こうして日本のものに価値を感じてくれるというのは、良い傾向。私の誘いにも乗ってくれるだろう。
ま、そうでなくても貴重な「同郷の人間」なわけだしね。
「ふぅ……。ありがとね。こんな貴重なものを。あなた……マホちゃんだっけ? 異世界転移者なんでしょ? チョコは転移した時に持ってたってこと? いいの? 私なんかにあげちゃって」
「もちろん、ただってわけじゃないからね」
「あ、お金? 転移したてでお金がない感じなの? いいよいいよ、お姉さんに任せなさい。これでもかなり稼いでるからね。あ、そっちの子は? 現地の子っぽいけど」
「挨拶が遅れました。フィオナ・ルクス・ダーマです。勇者さんのお噂はかねがね伺っていました。こうしてお会いできて光栄です」
「私はアイネ。苗字があるってことは、フィオナさんは貴族なの? マホちゃん、いきなり貴族と知り合うなんてやるわね」
「偶然知り合ったのよ。フィオナと知り合ってなかったら私、詰んでたから」
「力がない女なんて、ろくなことにならないからね。運が良いわよ、あなた。……ところで、私の噂って? ろくな噂じゃなさそうだけど」
「いえ、メイザーズのトップ探索者としてとても御高名ですよ」
勇者ちゃんくらいの有名人ともなれば、良い噂も悪い噂もあって当然だろう。情報網の発達していない世界なら猶更で、どうしたって話に尾ひれがついて大げさになりやすいものだ。
……まあ、今のところほとんど噂通りではあるのだが。
「で、アイネちゃんに頼みたいのって、お金じゃないんだ。端的に言うと、私の仲間になってほしい」
「仲間? 全然いいけど」
「ほんと? 活動する場所、メルクォディアになるけど」
「うぇ⁉ メイザーズから離れるの⁉ それは……どうかなぁ……。他のダンジョンって、キモいやつ出るじゃん。虫とか」
虫? 虫が苦手なのか。まあ、女子ってそういうものだったかもしれない。
私は特殊女子とか友達に言われてたからな……。主に父親のせいで。
「ふふふ……これを見ればアイネちゃんは断れないよ」
私は懐からおもむろにスマホを取り出した。
「あっ、スマホ!」
すごく珍しいものを見たかのように目を見開くアイネちゃん。
転生者ならこういう文明の利器は懐かしかろう。
「スマホはある時代から転生したの?」
私が転移した時代の16年前というと、スマホがあったのかどうか微妙なところだ。スマホの前はガラケーが主流だったはず。彼女からすれば私は少なくとも16年分は未来人かと思ったのだが……?
「スマホくらいあったわよ。あなたのほうこそ、何年くらいに転移したってこと?」
「私は――」
すり合わせてみたら、なんと私が転移した年と彼女が事故に巻き込まれた年は同じだった。
というか同日である。あの日はなにか異世界と縁ができる日だったのだろうか。
あと、アイネちゃんは24歳の時に事故にあって異世界転生したのだとか。
「どっちにしろ年上なんだよなぁ。アイネさんって呼んだほうがいい?」
「ちゃんでいいよ、ちゃんで。見た目同い年くらいじゃん。それより、スマホなんて出してどうするの? 電波だってないし――あ、カメラ?」
「ご名答。それでは御覧じろ。私といっしょにメルクォディアに来てくれたら、ここにある商品を好きなだけ提供いたしますわよ」
「え、え、え? なになに――――」
画面を覗き込んだアイネちゃんは、最初なにがなんだか理解できないようだった。
「んんん? これってホームセンターでしょ? ここにある商品って? どういうこと?」
「これがこの世界にあるってこと。私たちしか行けない場所に」
「え。マジ? あるの? これが? なんで? あ、えー⁉ マジ? は?」
短い疑問符をアホみたいに口に出すアイネちゃん。
まあ、意味わからんよな。
「も、もしかして、お、お、お、お、お米なんかも……?」
「あるある。モチつきだってできちゃうよ」
「マホちゃん……! 一生ついていきます! 神!」
ガバッと両手を掴んでくるアイネちゃん。
どんなもんじゃい。勇者の一本釣り完了だ!
「というわけで、私、この子とメルクォディアに行くけど。あんたたちはどうする?」
「え、ええ⁉ そんな! 家はどうするのですか⁉」
「売っちゃえばいいでしょ。私と来るかどうかだけ決めなさい。自分で言うのもなんだけど、実際……急な話だしね。あんたたちなら、私抜きでも十分ここでやっていけるでしょうし」
アイネちゃん、イケメンたちとドロドロの関係かと思いきや、思いのほかドライだ。
いや、他人の人生を尊重しているのかな、この場合。
「あ、ロビンは別よ。あなたは私と来なさい」
「わかってますニャァ」
斥候の猫獣人の子だけは、連れていくことが確定らしい。どういう関係なんだろ。まあ、詮索はしないけど。
男の子たちは集まって相談している。
意外というか、男の子同士で仲が良いのか。こういうハーレムとか逆ハーレムとかって、嫌なギスギスになりそうなものだが、案外アイネちゃんの統制が利いているってことなのかも。
さすがの年の功。精神年齢40歳の人心掌握術というやつだ。
「あ、私としては彼らもいっしょに来てもらいたいかな。アイネちゃんには迷宮探索をやってもらいたいから」
「そうなの? 元日本人のお友達として呼ばれたのかと思った」
「それも多少はあるけど、今、メルクォディアの迷宮の運営をやっててさ。新しく人を呼び込むのに広告塔が欲しいとこだったわけ。アイネちゃんのパーティーなら、宣伝効果抜群でしょ?」
「まぁね。自分で言うのも変だけど、メイザーズじゃ一番有名ですからね、わたくし」
男の子たちは、けっこうこの街が気に入ってるとか、両親が近くに住んでいるとかの理由で、かなり迷っていた。ま、返す返す、この街って異世界基準の「大都会」なのよ。ホームセンターの価値を知っているアイネちゃんと、この世界の現地人とでは、感覚が全然違って当然だ。
彼女に「北海道に引っ越すからいっしょに来て!」と言われて決断できる東京出身の彼氏(しかも東京でけっこう稼いでいる!)がどれだけいるか……みたいな話である。さすがに、東京―北海道間ほど離れてはいないが。
アイネちゃんは虫とかの魔物が出る階層をスルーしていいなら、という条件で探索者もやってくれるらしい。メイザーズでもゴーレムばっか倒しているのだとか。キモくないからという理由だけで。自分で勇者と名乗るわりには、なんというか女の子なんだな。
さすがに移動には準備が必要というので、一度別れて後で合流することにした。
アイネちゃんの家が近いというので、場所だけ教えてもらって、一度戻りまた明日来ると伝えた。
男の子たちも、一晩でどうするか決めてくれたらいい。
できればアイネちゃんには説得してもらいたいけど、まあ、実際まだ田舎なのは事実だからな。酒場ですらこれから作るくらいなんだから。
「よーし、勇者ちゃんを仲間に引き入れられたのはマジでデカいよ。やったね、フィオナ!」
「う、うん。そうだね……」
おや……? フィオナの様子が変だ。
さっきまで普通だったけど。
「なんか元気ない? 体調悪いの?」
「そういうわけじゃないけどさ……勇者さん、本当にマホと同郷の人だったんだなって」
「私以外の地球人なんて、半分は冗談のつもりだったんだけどねぇ」
勇者という単語に特別さを見出すのは、日本人の特徴という感じがする……という雑な推理だったわけだが、マジでビンゴだった時は、さすがの私も実は驚いた。
でも、日本人同士というのはいろいろ説明もいらないし、メルクォディアの探索者をいい感じに先導していってくれそうな予感がある。
ジガ君のパーティーである雷鳴の牙も来てくれるわけだし、これでメイザーズとメリージェン、両方の有名パーティーが引き込めたことになる。
本当は、低レベルの初級者が何組か来てくれれば良かったのだが、有名人の移籍は最高の宣伝文句になりえる。新人なんて放っておいても勝手に来てくれるようになるはずだ。
「あの人もホームセンターに連れてくの?」
「そうだね。寝具とか自分で選びたいだろうし。あ、あの人は絶対口は割らないと思うから大丈夫よ? この世界におけるホームセンターの価値は嫌ってほどわかってるだろうから」
「そうじゃなくて。あそこのこと、知ってる人、どんどん増えてくなぁって。……私とマホしか知らない場所だったのに……」
ぷいっと横を向くフィオナ。
あ~ら。私が同郷のアイネちゃんとキャッキャしてたからなのかしら。
拗ねちゃって。可愛いなこいつ。
「フィオナァ。今日はひさしぶりにホームセンターに泊まろっか!」
「な、なに急に」
「嫌?」
「別に嫌じゃないけど。……泊まる」
あの場所には、ふたりで作った基地もあるからね。
ま、最近は働きづめでフィオナでもあんま話せてなかったし、今夜は久々に二人でゆっくりしますか!




