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ホームセンターごと呼び出された私の大迷宮リノベーション!  作者: 星崎崑
第三章

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第56話 魔法のお菓子だよ!

 ギルドでの情報収集を終えた私たちは、メイザーズの迷宮へと向かった。

 勇者さんは確かに今日迷宮に入っているとのこと。

 出てくる時間はわからないが、いつも夕方には切り上げているという。

 いやぁ、個人情報保護法のない世界万歳だね。私も情報をバラまかれないように気を付けないと。


 迷宮の入口は街の中心にある。

 さすがに古い都市というべきか、迷宮の周囲にぐるっと大きめの屋台が軒を連ねている。

 屋台といっても、バラックというか。人こそ住んでいないだろうが、そのほとんどが飲み屋だ。ダンジョンから生きて生還できたら、その場で換金、そのお金ですぐ飲んじゃう! という動線ができている。真似したいようなしたくないような……。


 魔石の買取所はダンジョンから出て徒歩1分の位置にあった。

 大金を扱う場所らしく、石造りのめちゃくちゃに堅牢そうな建物。警備員というか騎士が入口に立ち、中にはカウンターが6カ所もあり、それぞれに美人の係員がいるようだった。


「こういう部分は敵わないなぁ。うちがこれを作れるようになるのは、もう少し先になるかもね」

「マホにしては珍しい。いつも強気なのに」

「これだけの建築物はホームセンターの資材じゃ無理だし、お金も時間もかかるし……。なにより、仕事のできる美人を集めるのは容易じゃないからね。高給も必要だろうし、環境だって良くなきゃ人は来てくれないから」


 ただ稼げるだけではダメなのだ。

 薄給の東京勤務と、高給の地方勤務。若者の9割は東京勤務を選ぶってなんかで見たもんな。


 メルクォディアは地方だし発展もしてない。これから「熱い」のは間違いないが、そのことに価値を感じる者ばかりではない。冒険野郎との相性は良いだろうから、ダンジョン事業そのものの成功は疑っていないが、美人受付嬢が手に入るのはけっこう後になるんじゃなかろうか。


 誰だって同じ給料で大都会であるメリージェンやメイザーズの受付嬢をやれるなら、そっちを選ぶわけだから。

 まあ、あとは地元の美人を発掘してくるかだね。1から教育すればワンチャンあるだろうか。


 迷宮から出てきた探索者たちが魔石を売るために続々と買取所へ入っていく。


「さすが大迷宮の名に恥じないってことか。ちょっと見ただけだけど100人くらいいるんじゃない?」

「魔石を売るのはパーティーリーダーがやることも多いから、ここに来てる人だけじゃないよ。メイザーズ全体で登録探索者がどれくらいいるか知らないけど、2000人くらいはいるんじゃない?」

「そんなに?」

「実際に活動してる探索者はその半分くらいだろうけど」


 とすると現役探索者を1000名も確保できれば、ここと同程度にまでいけるってわけか。

 この世界の人口がどんなもんだか知らないが、1000名くらいなら知れているような気がする。だって、大きめの学校の全校生徒くらいの人数よ? 楽勝とまでは言わないけど、難しいというほどでもないような。


「さ~て、あとは勇者ちゃんが出てくるのを待つばかり……ん?」


 迷宮前を張っていたら、大人数パーティーが出てきた。

 全部で20人くらい。ジガ君のパーティーが2パーティーで編成していて、その人数が12人だと考えると、3パーティー超だ。かなり多い。


 でも、それぞれヘトヘトの死にかけみたいな……。いや、担がれてる何人かはすでに死んでいるように見える。よほど無理な階層に潜っていたのだろうか?


「お前らも迷宮4層の恐ろしさが嫌というほどわかっただろう! メイザーズ大迷宮は3層までは初心者帯、4層からは中級者帯に入るが、たった1層でもそこには歴然とした差がある。ガーゴイルはお前らの腰の入っていない剣を弾き、ぬるい火魔法など、やすやす突破してくる。お前らはまだまだヒヨッコだ! 位階が5になるまでは3層で力を付けるように! 以上だ!」


 大柄な男性が、パーティーメンバー? に大声で話している。

 なんか引率の先生みたいだ。


「あれ、きっと訓練所の試験だよ。私が前に組んでた子があれの出身でね、けっこう高額の料金を取られるけど、迷宮のこと教えてくれて、位階も3くらいまで上げてもらえるんだって。で、最後に試験で4層に潜らされるんだけど、普通に死にそうな目に遭ったって言ってた」

「ほうほう。4層からそんな難しいの? ここって。こんな人気なのに」

「ここって無機物系の魔物……ゴーレムとかガーゴイルとかが出るのよ。で、4層はレッサーガーゴイルってのが出るんだけど、慣れてないと倒すの難しいんだってさ」

「ガーゴイルって、石像が動くやつだっけ?」

「石でできてるみたいに硬いらしいけど、石像ではないんじゃない? 動くんだし」


 ガーゴイルが石像かそうでないかは諸説ありそうだが、しかし、4層で硬い魔物が出るとなると、メルクォディアが特別難しいダンジョンというわけではないような気がしてくる。

 なぜなら、メルクォディアには硬い魔物が出ないからだ。攻撃自体は通る奴が多い。

 というか、1層と2層が嫌らしいだけで、3層以降はむしろ楽なほうなんじゃ……。帰ったらジガ君の意見も聞いてみたいね。


「じゃあ、みんな強そうだけどヒヨッコってわけだね。ああいう子たちがうちに来てくれればなぁ」

「勧誘してみれば?」

「う、う~ん。ちょっと自信はないかな。高額な訓練所に通うってことは、ちゃんと将来のこと考えて行動してるようなタイプなんじゃん? 『これから流行る予定の迷宮に来てほしい』なんて詐欺師みたいじゃん」

「マホ、考えすぎ」


 いや、勧誘自体はいいけどね。

 せめてチラシでも作ってからにしたいところ。口八丁だけってのは、さすがに材料がない。私は準備万端で臨みたいタイプなんだよ。


「それにしても他所の迷宮にも訓練所なんてあるんだね。うちでもやろうと思ってたけどさ」

「やろうと思ってたの?」

「あれ? 言ってなかったっけ。迷宮のこと知らない若者がいきなり突撃したら危ないから、最低限のことは教えてからにしたいじゃない」

「お金とるの? ここの訓練所って半年分の生活費くらいの額を取るらしいけど」

「はぁ? そんなに取るの? うちでは当然無料ですよ」

「だと思った。マホって無料でやるの好きだよね」

「ホームセンターの無限資材があるからできるだけだけどね」


 そんな話をしながら、私とフィオナはダンジョンから出てくる探索者たちを監視し続けていた。


 勇者ちゃんの容姿は知らない。

 わかっていることは、若い女性だということ、イケメンばかりのパーティーで唯一斥候だけが猫獣人の女性だということ。名前はアイネだということ。


 ハッキリ言って、女性の探索者は多い。

 だから、もしかすると全然気付かない可能性もあると思っていたのだが、その人がダンジョンから出てきたとき、すぐにピンと来た。


「あ~、疲れた疲れた。疲れてないけど疲れた。魔物が弱すぎて疲れる~」

「アイネ様、大声でそのような……」

「うるっさいわよ、ハンス。さっさと魔石提出してきちゃって」

「はいィ……」


 つやつやの黒髪に、意思の強さを感じさせる切れ長な目。

 要所だけを守るブルーの鎧に、無骨な両手剣。

 そして、彼女の半歩後ろを歩くちょっと軽薄そうな印象のイケメンたち。


「こ、こいつだ! 思ってたより若い!」

「は? なにあんた、メイザーズの至宝とも言われるこのアイネ様に向かってこいつ呼ばわりとは――――」


 言いかけたまま、口をあんぐりと開けて固まる勇者ちゃん。

 なんか思ってたより自己肯定感強めだな。


「……に」

「に?」

「……にほんじん……? だよね?」


 まさに目が点になるというやつだ。

 今日は転移時に着ていた服を着ているから、なおさら日本人感は強いと思う。


「その中学生が休日に着てる感じの、絶妙な私服の垢ぬけなさ! 絶対にどう考えたって日本人じゃん! ええええええええええええ? なんで? どうしてここにニッポンジンが⁉」


 こ、こいつ! なんて失礼な奴なんだ。

 同年代に見えるけど、転移者じゃなくて転生者なのはこれで確定したな。なぜなら同年代なら、私の服にそういう感想は持たないからだ。……多分。私はけっこうオシャレなほうだよ!


 それにしても、転生者か。

 精神年齢40とか50歳以上で、若いイケメンを侍らせていると考えると、まあまあキツイな……。


「ふぅ~、なんか甘いものが食べたくなっちゃったなぁ。なんか持ってたかなぁ? ガサゴソガサゴソ」

「ちょ、質問に答えなさいよ。日本人なんでしょ? なによ、ガサゴソって。普通、口に出して言う?」

「じゃじゃ~ン。チ・ヨ・コ・レ・イ・トォ!」

「は?」


 ババ~ンと効果音を自分で出しながら、お徳用一口チョコレートをバッグから取り出す。

 勇者ことアイネちゃんは完全に固まってしまった。


「欲しい? 欲しいよねぇ? いつからこの世界にいるのか知らないけど、こいつの魔法は一度かかったら最後、二度と解けはしない……!」


 私がわざとらしくチョコレートを取り出してみせると、アイネちゃんはまた目が点になり動かなくなった。追い打ちをかけるように、一つ取り出して食べてみせる。


「ああっ! た、食べた!」

「う~ん。甘くて香ばしくて少し苦味があって、口の中でとろけるぅ~」

「あ、ああああああああ…………!」


 効いてる効いてる! チョコ以外のものも用意しといたけど、効いてるよ!


「貴様なにものだ! おい、アイネ様を守るぞ!」

「おお! アイネ様は俺の女だ! 俺が守護(まも)らねばならん!」

「はぁ? 俺の女だが⁉」

「お前たち俺の女を取り合うな!」


 アイネちゃんが固まっている間に、イケメンたちが前に出て彼女を守り始めた。

 つーか、何股してんのこの子。

 まあ、守るもなにも、私はチョコレートを食べているだけだけど。


「ふふふ。お兄さんたちにもあげましょう。毒かもしれないから、勇者ちゃんにはあげちゃダメだよ?」


 ひとつずつ一口チョコレートを手渡す。

 守ると言ってはいるが、私が警戒に値しない小娘だとは思っているようで、普通に受け取ってくれた。


「なんだこれは?」

「怪しげな……。黒い……肉かこれは?」

「血を固めたものかもしれん」

「うぁああああああ! あんたたち、それをよこしなさい! 早く! ほら!」


 私がチョコを渡したのを見て、ほとんど力ずくでチョコを奪おうとするアイネちゃん。


「アイネ様には渡すな! 本当に毒かもしれん!」

「すっ、すごい力だ!」

「こんなに必死なアイネ様はサイコロ賭博で100ゴルの負けを取り戻そうと、ピンゾロ一点買いした時以来だ!」


 とんでもねぇ女だなアイネちゃん。


「さあさあお兄さんたち、勇者ちゃんに取られる前に食べちゃって。ほれほれ」


 アイネちゃんの鬼気迫る表情に怖気づいたのか、お兄さんたちは次々にチョコを自分の口の中に放り込んだ。あまりの必死さに、ヤバい何かだと思ったらしい。

 まあ、実際知らなければ謎の黒い物体だからね、チョコって……。


「ああああああああああああああああああ!」


 絶叫するアイネちゃん。ダンジョンの周りにいる人たちもドン引きだ。

 チョコを口に入れたイケメンたちも、最初は毒かなにかだと思っていたのか、顔を顰めていたが、次第にホワーンとした表情になった。


「あンまい~~」

「なにこれおいしぃ~」

「とろけるぅ~」

「ああああ~~~~! わだじのヂョゴ~~!」


 なんだこれは。

 いや、私がやったんですけどね。ごめんなさい。私がやりました。


「……やっぱマホって意地悪なとこあるよね」

「おほほ。私をダサいと言った罰よ」


 とはいえ、別に意地悪するつもりじゃなかったのだ。つい悪乗りで。


「ごめんね。あんまり反応が面白かったから。お詫びにこれあげる」

「く、くれるの?」

「いいとも、いいとも。袋ごとあげましょう」


 なんだかんだ言っても、私から力で奪い取ろうとしないあたりは、元日本人の行儀の良さなのかもしれない。まあ、そういう人だったら仲間に入れるのはこっちからお断りしてたけど。


「お近付きのしるしというやつね。私、佐伯真秀(サエキマホ)。あなたは?」

三枝藍音(サエグサアイネ)。食べていい?」

「どうぞどうぞ。今までの分食べてちょうだい」


 抱くようにチョコレートの袋(お得パック)を持ったアイネちゃんは、一つチョコを取り出し、震える指で包装を解いた。


「あ、ああ……この香り……。本物のチョコレートだ……。夢じゃないよね……? 夢でもいい……」


 目元に涙まで浮かべていて、なんだか私まで感極まってきた。

 転生者ってことは、少なくとも見た目くらいの年齢――15歳とか16歳くらいまで現地人をやっているはず。

 つまり16年ぶりの地球の甘味だ。

 ついにそれを一つ口に運び、アイネちゃんはすべての神経を舌に集中するように目を閉じた。


 ゆっくり。本当にゆっくりと、口の中でチョコを転がし、その味を、香りを楽しむ。

 そして、目からスーっと涙が流れ出て――


「そ、そんなに? 私もチョコってすごく美味しいとは思ったけど……」

「フィオナ。チョコレートはね……特別なのよ」

「そうなんだ……」


 私も、いきなりこの世界に連れてこられて16年ぶりにチョコ食べたら、アイネちゃんと同じような反応になる自信がある。アンコとか生クリームなんかは、似たようなものを作れるだろうけど、チョコだけは無理だからね。


 アイネちゃんは無言で二つ目のチョコも口に入れ、また無言で味わっている。

 迷宮探索明けということだし、疲れたところにチョコレートは余計に効くだろう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 勇者ちゃんの醜態が面白いw 何のコントだよwww
[一言] 騒ぎっぷりワロタw チョコレートと言えば獣人は食べられるのかな? 一定数以上存在する特定種族に有害な食材とか、もしかしたら自分の種族が食べても……みたいな感じで食品として開発されなそう……。…
[良い点] ギブミーチョコレート!!!
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