第37話 ダンジョン変異
僕は行商人のリック。
地元の商会での丁稚奉公を終えて、馬一頭、荷車ひとつで西へ東へ行商の毎日。
いつか、デカく当てて街に店を持って嫁さんを貰うことを夢見ているけれど、僕が持っている販路はたいした儲けは狙えないものばかり。
かといって、危険な地域を抜ける必要があるような販路はリスクが高すぎる。
もし山賊にでも襲われたら一巻の終わりだ。
今日も、ダーマの街にまで来ているが、この街もダンジョンが出来た頃と比べると、一気に寂しい雰囲気になった。噂じゃ、ダンジョンで人を呼び込むために領主が大金を借りたというし、そろそろ危ないってんで、商人仲間の間じゃ、あそことの取引は気を付けろって噂が絶えない。
とはいえ、僕みたいな零細行商人が領主と取引なんてするわけもなし、今日も北で仕入れた大麦を馴染みの商人に売るだけだ。
僕のように荷車1つでやっている行商人は全然稼げないが、それでも手堅くやっていれば、そうそう赤字にはならない。
問題は、大きな黒字にならないことと、何かの間違いで商品がダメになってしまった時に、一気に苦しい状況に陥ってしまうことだが、そんなのは生きていれば何をしていたって起こりえること。そんなことを気にしていたら大きなチャンスをモノにすることなんてできるはずもない。
「それで、グレオさん、なんか面白い話ないんですか?」
「面白ェ話ったってなぁ」
馴染みの商家で取引が終わった後に情報収集する。
こういう時に、なにか気の利いた心付けを渡せられるといいのだが、残念ながら金に余裕がなくて、ろくなものを渡すことができない。
相手のグレオさんは、この街でも中堅の商家だ。最初のころは張り切って心付けを送ったりしたものだけど、新人のくせにそんなことやる必要はねぇって怒られちゃったんだよね。
まあ、心付けが好きな人もいるし、そこはいろいろだ。
グレオさんには世話になっているし、それとは別になにか良い話があれば僕からも情報を提供したいくらいだ。まあ、そんな良い話なんてなんにもないんだけど。
「オメェも知ってる通り、ダンジョンがダメになってからこの辺もなんだか寂しくなっちまってな。みんな、一度、夢見ちまったもんだから、落胆もでかかったんだろ。街を離れる奴も出てきてる」
「ぜ、全然いい話じゃないッスよ、それぇ……」
「まあ、オメェが持ってくるような品は売れなくなるってこたぁねぇから問題はねぇと思うぞ。うちはもっと深刻だよ」
確かにこの街で店を持っているグレオさんにとっては笑い話にもならないはず。
ダーマは大きい街だし、そうそうおかしなコトにはならないだろうけど、領主の借金の返済が滞れば、一時的に空白地になる可能性もある。
そうなったら、あっちこっちから盗賊山賊が押し寄せるだろう。
もしそうなったら、この街も終わりだ。
「だから、領主にななんとかしてもらいてぇんだが、最近は特に元気がなくてな。……オメェも、余所の販路開拓しておいたほうがいいだろうな」
「それほどでしたか。確かに来る度になんとなく寂れてきているような気はしていましたが……」
「別にすぐどうかなっちまうってこたぁねぇと思うけどよ。でも、何かがねぇと苦しいだろうな。何かが」
「何か……ですか」
僕には領地経営のことはわからないけど、時々、領内で鉱脈が見つかったりとか、海の向こうとの取引で莫大な富を得たりとか、そういう話は聞いたことがある。
だが、ダーマ伯爵がそういう事業に力を入れているという噂は聞いたことがない。
僕がいくら商人としては末端も末端、零細の行商人だったとしても、さすがに大きな動きをしていれば噂くらいは耳に入る。
「それで、今日はすぐに戻るのか? 良かったら一席設けるぞ? うちの若手に行商の話をしてやってくれ」
「本当ですか? いやぁ、是非お願いします」
「最近はリック、オメェみたいな若い行商人も減っちまったからな。でも商売の基本は足で稼ぐことだぜ。そのことを教えてやってくれ。まったく、最近の奴らは安定志向だの、命を大事にだのつまんねぇことばっか言いやがってよ」
「ははは、僕なんかでよければ」
話がまとまり、ひとまず宿に戻ろうとしたところで、チリンとドアに取り付けられた鈴が鳴った。
現れたのは、まだ15歳くらいの少年少女。
少年のほうは、見たことがない妙な素材の箱のようなものを抱えている。
「あの~、これを買い取ってほしいんですけど。ここって、そういうのやってるんですよね? ギルドで訊いたら、今は魔石しか買い取ってないって断られちゃって」
「あ、あの。私たち探索者で、これ1層で拾ったものだから、たいした物じゃないかもしれないんですけど、見たこともないものだったから」
少年と少女が、何かに言い訳でもするかのように、持ってきた品の説明をする。
僕は部外者だから、横から見ているだけしかできないが、しかし少年が持ってきた箱には目を引きつけられた。
なんと言ったらいいだろう。
まるで、遠い未来から来たかのような洗練された箱だ。
彼らは価値がわかっていないようだったが、商人ならば一目でこれがとんでもない品だということがわかるだろう。なにせ、王都の大商家で働いていたことがある僕ですら、見たこともないような素材で作られているのが明白なのだ。
これがダンジョンの、しかも、第一層から出ただって?
第一層なんて僕でも歩けるような階層だぞ!?
無論、そんなことは俺以上にグレオさんは承知だろう。
表情はにこやかだが、目が笑っていない。
「その箱みてぇのだけか? 見せてもらうぞ」
「えっと、はい。あと、これが中から出たんです。これって、革ですよね? できれば、高めで買い取ってくれると嬉しいンですけど……」
少年が箱をパカッと開いて取り出したのは、一双の手袋だった。
素材は革……のように見える。だが、純白のソレは、きめ細かく非常に高度な技術で鞣されており、手の中でクタッと柔らかく、これもまた見たことがない代物だった。
「そ、それが……第一層から……?」
つい声に出てしまい、グレオさんに目で叱られ慌てて口をつぐむ。
商人失格だが、こればかりは仕方ないことだろう。
なぜなら、こんなことはありえないのだ。
そもそも、探索者などそうそう簡単に儲かる仕事ではない。
命を懸けてダンジョンに潜り、1年で半分は死ぬか引退せざるを得ない状況に陥る。
残りの半分で中堅にまで登れるのはさらに3割か2割。
上級探索者に至れるのはほんの一握りだ。
そして、中堅の探索者になれたとしても、普通に働くのとそう大差ない収入にしかならないと聞く。
あくまで真面目に働くのが嫌なナマケモノがやる職業なのだ、探索者など。
そういう根底があるからこそ、各地にあるダンジョンにも人気と不人気が。あたりとはずれがある……のだが……。
僕が見たところ、あの箱も手袋も、金貨で取引されるような品だ。
魔法が掛かっているかどうかはわからないが、魔導具でなかったとしても、あれだけの見事な品は他に類を見ない。貴族への献上品としても十分に使えるだろう。
しかし、あのダンジョンはろくに何も良いものが出ないのではなかったのか?
「ふむ……これが第一層からなぁ。にわかには信じられんが……ボウズ、なにかいつもと違うことでもあったのか? 間違いなくメルクォディア大迷宮で出たんだな?」
「はい。それは間違いないです。俺たちいつも潜ってて、違うところなんて……あ、大きな魔物を3匹も従えてる人がいました。その人が教えてくれたんです。この奥に宝箱があるよって」
「ん、んんんん? 魔物を従えてる人? なんだそりゃ。人間なのか?」
「ええ、フィオナさんって先輩探索者なんですけど、その人といっしょでしたから、人間のはずです。魔物には見えませんでした。3匹の魔物も見たことないくらい大きくて強そうでしたけど、すごく大人しくて」
「そういえば、これからメルクォディアはすごく稼げるようになるから、残れって言われました。私たち、全然稼げないからメイザース迷宮街あたりに移動しようかって思ってたんですけど」
女の子のほうもペラペラと情報をしゃべってくれるが、本当のことなのだろうか。
巨大な魔物を引き連れた人間が宝箱の場所を教える?
まるで、迷宮物語のようじゃないか。
「ふぅむ。だが現実にモノはあるわけだしなぁ……」
「あ、あの。それで買い取ってもらえますか? そんなにしないものなら、自分たちで使おうかなんて思ってるんですケド」
「買い取り金は弾む。安心しろ。ただ少し教えてくれ。確認するがあのダンジョンでは第一層から宝箱は出るのか? 今までいくつ見つけたことがある?」
「……えっと、3年やってるけど俺たちが見つけたのは2つ……3つだったかな? どうせ罠の解除もできないし、中身もごみしか出ないっていうんで無視してたんですが、こんな凄いものが出るものだったんですか? 俺たち知らなくて……」
「だから、もしかして先輩探索者に騙されてたのかな~なんて話してたんですケド」
賭けても良いが、その先輩探索者は嘘なんてついていない。普通、第一層から出る宝なんて、罠のリスクと到底釣り合いが取れないゴミしか出ない。それはどのダンジョンでも同じだ。
さらに言えば、宝箱そのものはダンジョンから持ち出すことはできない。
それがダンジョンの決まり。
だから、これは異常。
それも特大の。
「……2つで金貨3枚出そう。箱で1枚。手袋に2枚だ」
「えっ!? き、金貨ですか!? 銀貨じゃなく?」
少年と少女は驚いているが、適正な額だろう。
金貨3枚あれば、貧しい家なら半年は暮らしていける。そういう金額だが、おそらくこれには情報料も含まれているはずだ。いくら良いものでも、いきなり高値で売りさばけるようなものではない。
重要なのは、この『異常』の情報を最初に僕たちが知った。その部分にある。
もしかすると、もしかするんじゃないか?
僕は、心臓が高鳴るのを感じていた。
そんな僕の顔をグレオさんはチラっと見て、少年達に語りかける。
「なあ、坊主たち。あそこのダンジョンでこんなのが出るのは珍しいことなんだよ。何日かでいいんだが、調査の護衛ってことで付き合ってくれねぇか? もちろん、報酬ははずむぞ?」
「調査の護衛……ですか? それは構いませんけど、僕たち第一層までしか潜れませんよ?」
「その格好、魔法使いなんだろう? なら問題はねぇ。俺は戦士をやれるし、戦闘経験のある奴を何人か連れてきゃあ、3層くれぇまでなら調査できんだろ」
「グレオさん! ぼ、僕も連れていって下さい!」
僕はつい口を挟んだ。
グレオさんはニヤリと笑った。
◇◆◆◆◇
その後、10日間ほど調査のために潜ったが、なるほどダーマの迷宮――メルクォディア大迷宮というらしい――は、探索者がまったくおらず、箱と手袋を売りに来たマルスくんとティアちゃん以外には10日いても一度も人を見かけなかった。
そして、この10日で、僕たちはあの箱と同じものを17個も見つけていた。
1層では毎日1つ。2層では1つか2つ。3層はすべて探せたわけではないが、どうやら3つはありそうだった。
しかも、中身はすべて違う物。しかし、そのどれもがダンジョンの第一層で見つかるような既存の品とは隔絶している。
もちろん、出現数はこれから変化する可能性もあるが、10日間の探索で、宝箱が見つからなかった日は一日もない。
そう。
宝は毎日見つかったのだ。
17個の宝箱から出た品々はそのどれもが素晴らしい品だった。
おそらくだが、あのダンジョンの宝は「層」の深さで内容が変化しない。
1層のものも3層のものも、内容に大差がなかったからだ。
その代わり、深く潜れば潜るほど、宝箱の数が増える。
今は僕たちだけが潜っているから、全取りできたが、これからは奪い合いになるだろう。
17個の宝はすべて素晴らしい物だった。
透明の瓶に入った酒。柔らかく太い綿糸で編まれた手袋。薄く滑らかな革でできたサンダル。木の棒の中心に黒鉛が入った筆記具。精緻に切り揃えられた純白の紙束。よくわからない素材でできたナイフ。素晴らしく繊細な作りの革靴。果汁入りの瓶。虫除けと書かれたよくわからない物。ブラシ。穀物が入った袋。革手袋(最初のものとは少し違う形)。火が出る小型の魔導具。
いくつかダブったものもあったが、どれもこれも長く商売をやっているグレオさんですら見たことがないという。
この中でも、特に驚きだったのが酒だ。
酒が入った箱は全部で3つも見つかった。
最初は中身が何かわからず、最悪寺院の世話になる覚悟をして飲んだ。
匂いが酒っぽかったから大丈夫だとは思ったけど、これがなんと美味いこと。
しかも、過激なほど酒精が強く、好みはあるにせよグレオさんなど自分用にしたいとまで言ったほどだ。
おそらく、一本で一月暮らせるくらいの金額にはなる。
いや、王への献上品にしても良い。いずれにせよ、その価値は計り知れない。
「…………なあリック。どう思う? お前ならどうする?」
「そんなの、答え1つしかないじゃないですか」
情報を拡散して、ダンジョンに人を呼び寄せるのが僕たち商人にとっての最善だ。
人が増えれば需要が増え、物が売れる。
僕たちは、その準備を事前に終わらせておけば、誰よりも儲けることができる。
「よし、どのみち人手は足りなくなる。お前も腰を据えるいい機会だろ」
「でも俺、資金が」
「そんなもん俺が出してやる。リックよ、これからどえらいことになるぞ。あのダンジョンで何が起きたのかはわからんが、1つだけわかるのは死ぬほど儲かるってことだ。あそこは難しいし稼げないからって探索者から見切りを付けられたダンジョンだが、こうも変わったとなれば話は別よ。なんだったら、俺だって潜りてぇくらいだ」
「ですよね……。それにしても、凄いな……。どうして急にこんな宝が出るようになったんでしょうね」
ダンジョンで出る宝が変化するなんて話は聞いたことがない。
グレオさんは知っているのだろうか。
「……俺も詳しいわけじゃねぇが……ダンジョン変異ってやつなのかもしれねぇ」
「ダンジョン変異……ですか?」
「ああ。中にいる魔物の種類がいきなり変わったり、地形や構造が変化したりするらしい。俺も噂くらいにしか知らないが、おそらくそれだろう。まあ、ダンジョンがなぜできるのかすら、俺は知らんがな。大事なのは、これが儲かるってことさ」
「確かに」
僕はグレオさんと今後どうするかを話し合い、ダンジョンから見つかった品の半分は僕が預かることになった。
僕たちが儲けるためには、情報を拡散させる必要がある。
僕たちだけでこのお宝を独り占めしてもいいが、それではたいした儲けにはならないだろう。それにすぐに出所を探られるだろうし、危険な目に遭う確率も上がる。
そんなことをしなくても、これだけのお宝が出るようになったのなら、この街は必ず巨大な迷宮都市に成長する。
ワクワクしていた。
グレオさんがいうように、間違いなくどえらいことになる。
その真ん中に僕たちがいることを想像すると、商人として胸が熱くなるのを感じる。
ダンジョンが宝を放出しはじめたことを知り、先手を打って動けるのは僕たちだけなのだから。
読んでくれてありがとうございます。ここまでが第2章になります!
本作ですがありがたいことに書籍化が決定いたしました! レーベルやイラストレーター様などの続報は、近況ノートのほうや、Twitterなどでしていきますので、お楽しみに。
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書き溜め分はここまでとなりますので、次回更新までもうしばらくお待ち下さい。
あと、すでに書き溜めが終わっている作品があるので、書き溜めている間はそちらを連載しますので、ぜひ読んで下さい。




