第八十二話 魔竜王ヴリトラと悪魔王アモン
「うわわわわわ! 魔族国軍の本隊だーー!」
「あ、あのでかいドラゴンはヴリトラだ! 魔王が攻めてきた!」
「ゼル将軍に報告しろ!」
西グライン砦の西側の城壁の上にいるグライン王国の兵士達が、モンスターの大軍とその後方にいる巨大な紫色のドラゴンを見て騒いでいる。
「何っ! 魔族国軍の本隊だと!」
砦内でその報告を聞いたゼル将軍とモアレ副団長が、慌てて城壁の上に駆け上がる。
「た、確かに報告にあった四万の魔族国軍の本隊のようです。おまけに魔王竜ヴリトラまで……」
「奴ら、何でここにいるんだ? まだ魔族国内にいるはずだろ」
魔族国内に潜入したグライン王国軍の偵察部隊は、魔族国軍の本隊はこの西グライン砦まで来るのに、二、三週間かかる場所にいて、グライン王国を目指して進軍中だと報告していた。
「伝令兵! ほかの国の奴らに、ここに来るように伝えてこい! それとメイル国の覇竜の牙には最優先で魔王の存在を伝えろ」
「はっ!」
複数の伝令兵が、西グライン砦内にいるほかの国の軍がいる場所に馬で走っていく。
「まさか奴らは瞬間移動してきたんでしょうか?」
「瞬間移動だと?」
モアレ副団長の言葉を聞いてゼル将軍は少し考える。
「いや、瞬間移動できるなら、あんな離れた場所ではなく、この砦内に直接来ればいいだろ」
「確かに……」
「それに瞬間移動できるなら、ここではなく王都に直接行くはずだ」
グライン王国軍の主力はこの西グライン砦に集まっているので、王都ニルヴァナは今は戦力的に手薄の状態だった。
「もしかして魔族国内にいたのはまぼろしで、本物は近くまで来ていたとか」
「その可能性はあるが、あれだけの戦力が行軍していたなら、途中でこちらのほかの偵察部隊が気づくはずだ」
「例えば、気配遮断みたいな隠ぺい系のスキルで、姿をかくして移動してきたのかもしれません」
「あれだけ大規模の軍の移動が隠ぺいできるなら、これからの戦争が変わるぞ!」
ゼル将軍とモアレ副団長は、あれこれと魔族国軍の動きを推察している。
場面は西グライン砦内の冬雅達とメイル国騎士団がいる中央部付近に変わる。
「西側で何か騒いでいるような……」
「兵士達が慌てて動いているようです」
望遠眼のスキルを持つサキとランスロットが、西側のグライン王国軍の様子を見ている。
「砦内のモンスターは倒したようだから、外に残党がいたのかもしれないな」
「それにしては慌ててるような」
ランスロットは、リーナにグライン王国軍が慌ただしく動いている様子を伝える。
「ならは残党以上……大規模な魔族国軍か、ほかの魔王が現れたのかもしれん」
「なっ、それは大変です! リーナさん、どうしましょう?」
シャルロッテは不安な様子でリーナにそう聞く。
「詳しい状況がわからんから、簡単には動けん。誰かが西の城壁に行って状況を確認して……」
「リーナ師匠! 誰か来ます!」
サキが、西側から馬に乗って走ってくるグライン王国の兵士に気づく。
「伝令だろうな。これで状況がわかる」
その後、ゼル将軍が指示した伝令兵がこの場に到着し、リーナの前で馬を降りて状況を報告する。
「四万に近いモンスターの大軍が出現し、こちらに向かって来ています! さらに魔竜王ヴリトラの姿も確認しました!」
「何っ! 四万だと!」
「しかも魔王も……」
この場にいる全員が不安な表情になる。一方、リーナは聞いていた状況と違うことに疑問を持つ。
「どういうことだ? 魔族国軍の本隊がくるまで、二、三週間かかると言っていたではないか?」
「はい。偵察部隊の報告ではそうでしたが、実際に目視できる距離まで、奴らが来てるのは間違いないです」
「むう……。それでゼル将軍は何と言っていた?」
「メイル国騎士団と覇竜の牙のみなさんは、西の城壁まで来て魔族国軍の迎撃に力を貸して欲しいとのことです」
「わかった。すぐに向かおう。全員、移動準備!」
メイル国騎士団は全員が馬に乗り、冬雅達やシャルロッテ達も馬に乗る。
「よし、西の城壁に向かうぞ!」
リーナの指揮でメイル国騎士団と伝令兵と冬雅達は、急いで西側の城壁へ向かって走っていく。
場面は西グライン砦から一キロ程度まで迫ってきた魔族国軍の本隊が進軍している街道に変わる。
「くっくっくっ。今頃、人間どもは大慌てだろうな」
ヴリトラの頭の上に乗っているアモンは、笑いながらそう話す。
「ふん。それで今回の策とは何なんだ?」
「俺らの国に入ってきた敵の偵察部隊を捕らえ、全員洗脳して偽情報を記憶させて戻らせたのだ。それによって我等の軍は、まだ魔族国の中央部にいると奴らは思っていたはずだ」
「ほう。離れた場所にいるはずの俺らがこの場に現れたことによって、人間どもは大軍と戦う対策ができず慌てていると」
アモンは、グライン王国軍の偵察部隊全員を捕らえて、三日間かけて洗脳して帰らせていた。さらにグライン王国軍からほかの偵察部隊が何度も魔族国に侵入してきたが、それらすべてを捕らえて洗脳していたので、完璧な偽情報を与えることに成功していたのである。
ちなみに魔族国と西グライン砦の間は領土の境があいまいで、そこにもグライン王国軍の偵察部隊がいたが、それらもすべてアモンによって捕らえられ、現在も洗脳中だった。
「そういうことだ。使い魔の情報によると、あの砦に三方の国から歩兵部隊の大軍が接近中だが、その到着までまだ時間がかかる。その兵力が集まる前に攻めることができるわけだ。わっはっはっはっ」
「ふん。相変わらず姑息だな。敵を全部一か所に集めて、一気にせん滅すればいいだろう」
「だからそれではつまらんと言っている。まあ俺の策にまかせておけ」
アモンは自分の策に絶対の自信があり、今回の勝利を確信していた。
場面は西グライン砦の城壁の上に戻る。そこにはすでにメイル国騎士団が到着していて、冬雅達は城壁の上から迫ってくる魔族国軍の様子を見ている。
「あれが四万のモンスター軍団。それであのでかいのがドラゴンの魔王……」
「リーナ師匠。私達、勝てるんですか?」
四万の魔族国軍の本隊を見たサキと凛子は不安になっている。
「厳しい戦いになるだろうな。数的にこちらの倍はいる。まあ、あちらはAランクからEランクまで色々だから、単純に数だけでは決まらないとは思うが」
「リーナ師匠。俺達が先制攻撃してもいいですか?」
魔族国軍を見てどう戦うか考えていた冬雅がリーナにそう聞く。
次回 黄龍 に続く




