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シャーロット〜とある侍女の城仕え物語〜 【書籍化・コミカライズ】  作者: 守雨


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25 王子とピチット

 オレリアン王子の『見学』の日が近づいてきた。

 森の動物を見たいのなら春の方がいいだろうという国王の判断で、森に出かけるのは三月の上旬と決まっていた。見学の前日、国王はシモンを呼んでシャーロットの秘密には触れずに話を振った。


「シモン。まだ侍女と剣の鍛錬をしているのか?」

「はい。朝の短い時間だけですが」

「そうか。その侍女の腕前はどうなんだい?」

「入りたての兵士などよりはよほど腕は立ちます。白鷹隊の連中と比べてもそれほど引けは取りません。ただ、彼女は実戦の経験は無いでしょうから一概に剣の腕だけでは比べられませんが」

「そうか。そんなに腕が立つか」

「陛下、彼女のことで何か?」

 そう言うシモンの顔が硬い。下手なことを言えば頑なになるな、と判断して王は笑顔を作った。

「いや、なんでもない」

「そうですか」


 国王がシモンに何も伝えられないまま、オレリアン王子の森の家への訪問の日になった。シャーロットは事前に父に手紙を書いて知らせておいたが、なんとも落ち着かない気持ちで自分の家に向かった。ルーシーからは「相談した方からはまだ返事を頂いていない」としか言われていないのも落ち着かない原因だ。

 

 オレリアン王子の護衛は総勢三十名。

 王子の乗る馬車の前後左右に白鷹隊と一般の兵士が警護についている。御者席には道案内のシャーロットと立候補したシモンが座っていた。


 粛々と隊列は進む。

 途中、シャーロットはシモンに

「一年間も行方不明だった父と再会できたんですよ」

と父についていろいろな事を嬉しそうに報告した。

 それまで個人的な会話をほとんどしてこなかったシモンは

「それは良かった」「君の父上は大変だったんだね」「今はどうしてるの?」

などと会話の種ができた事を喜んでいた。

 しかし「父の記憶がごっそり抜け落ちていて、これから戻るかどうかもわからない」と聞いて驚き、慰めたり励ましたりしていた。


 一行は朝の十時には森の中の小さな家に到着した。

 家の前の開けた場所で兵士たちは馬から降り、馬たちは嬉しそうに辺りの草を食べ始めた。沢の匂いを嗅ぎつけて水を飲みに行く馬もいる。

 王子はわくわくした様子で馬車から飛び降りた。

 家の前で待っていた父のリックが急いで近寄り、オレリアン王子に膝をついて頭を下げた。


「殿下、私の父です」

「やあ、シャーロットのお父さん? 今日はよろしくね」

「お待ちしておりました殿下。ご訪問、光栄でございます」

「殿下、あれが我が家です。小さな家ですが居心地はいいんですよ」

「おとぎ話の家みたいだね! ねえ、ピチットは来る?」

「ピチットは森のどこかで餌を探していると思いますが、そのうち来ると思いますよ」

「早く会いたいよ」

「では呼んでみましょうか。少々お待ちください」


 家の前の草むらに三十名の兵士と三十頭の馬がいる。ピチットが彼らを怖がって来ないかもしれないと判断したシャーロットは、家の中から父の手作りの笛を持って来た。


 笛は、大人の親指ほどの大きさ。

 樹皮が付いたままの木の枝の中心部をくり抜いてあり、側面に穴が二個所開けられている。シャーロットは笛を咥えて指を動かしながら、ピチットの鳴き声を真似て音を出した。


「ツーツーピーツーピー、ツーツーピーツーピー」

 同じ調子で四、五回鳴らして待った。すると遠くで同じ調子で鳴き返す声がした。

 シャーロットはそれを聞いて王子に微笑みかけ、「来たみたいですよ」と話しかけてからもう一度笛を鳴らす。

「ツーツーピーツーピー」

すると今度はすぐ近くで同じ鳴き声がした。

『ツーツーピーツーピー』


 鳴き返す声を聞いて、兵士たちも「おっ」という顔になった。皆、小鳥を驚かさないように静かにしてくれた。


「ピチット! おいで!」

 声を掛けながら木立にシャーロットが近寄ると小鳥が少しずつ枝を飛び移りながらシャーロットに近寄ってくる。

 シャーロットが腕を伸ばすと、ピチットは羽ばたいてその腕に飛び移り、肩に止まった。

 興奮で顔を赤くしたままジッとしている王子の方へシャーロットがゆっくり近寄る。オレリアンはその小鳥を見て(シャーロットの刺繍とそっくりだ!)と感動している。


「ピチット、あなたに王子様が会いに来てくださったわよ」

『チチチッ』

「殿下、ゆっくり腕を伸ばしてください」


 コクコクとうなずいてオレリアンが腕を伸ばすと、何度か首をかしげたピチットがシャーロットの肩から腕に移動し、ついに王子の腕へと飛び移った。

 石像のように固まっている王子の腕を伝って、ピチットが肩に止まる。そこでピョイピョイと何度も嬉しそうに飛び跳ね、最後に王子の耳元で『チチチッ、ツーツーピーツーピー』と歌った。王子は目をこれ以上ないくらい見開いて、声は出さずに口を『わあ!』という形に開けた。


 やがてピチットはまた枝へと飛び移り、シャーロットと王子が歩くと寄り添うように枝を移動した。


「見たか?」

「見た。森の女神みたいだった」

「俺、あのがあんな風に笑うとこ、初めて見たけど」

「神々しいような笑顔だった」

「それだ。まさに神々しかった」


 シモンはそれを背中で聞きながらなんとも落ち着かない気分になった。自分も胸を貫かれたようにドキッとしていた。あの笑顔を他の男に見られたくない、と初めて感じた独占欲に戸惑ってもいた。


「殿下、森の中を歩きますか?」

「クルミ、まだあるかな」

「どうでしょう。リスがあらかた食べたか隠してしまったと思いますが、探しながら歩きましょうか」

「うん!」

「では、急いで着替えてまいります。少しだけお待ちください」


 そう言ってシャーロットは家に入り、手早く狩猟用の服に着替えた。長く豊かな髪をひとつに縛り、背中に矢筒、左手に弓、大型ナイフを収めてあるさやを右の腿にくくり付けて出てきた。

 それを見た兵士たちの間に無言の動揺が広がる。誰も口には出さないが、すらりとしたシャーロットの凛々しい狩猟服姿に見とれていた。


 オレリアン王子は深い森の様子に興奮しっぱなしだ。

 城壁の中の手入れされ尽くされた緑とは全く違う森の緑の豊かさに、何を見てもわくわくしている。シャーロットに案内されて、二人は森に入った。二人のすぐ後ろにはシモンが付いた。


「殿下、あそこにリスが」

「どこっ?」

「しー。私の指の先を見てください」


 言われたとおりにオレリアンがシャーロットの指先の延長線上を探すと、リスが枝の上でクルミを両腕で抱えて齧っている。


「わ、いた!」

「リスはクルミを木の枝に隠したり地面に浅く穴を掘って土や落ち葉を被せたりして、食べ物がない時期に食べているんです」

「埋めるっていうのは本で読んだけど、木の枝って? どうやるの?」

「私が見たのは、枝分かれしている部分にギュッと挟んで落ちないようにしてました」

「へええ。可愛いなぁ」


 護衛たちはオレリアンの見学の邪魔にならないように距離を置いて付いてきていた。兵士たちが前に立つと動物が逃げてしまうので両側と後方を守っている。


 しばらく歩くと沼に出た。

 沼の真ん中辺りにはたくさんの鴨が羽を休めていた。

 岸の近くでせっせと餌を食べていた数羽の鴨が、人の気配に驚いて飛び立った。


 シャーロットが素早く弓を構え、流れるような動作で背中の矢筒から立て続けに二本の矢を引き抜いて放った。ヒュンッヒュンッ! と音を立てて飛んだ矢は、沼の中心に向かおうとした二羽に命中し、鴨は岸辺近くの水面に落ちた。


「おおおお」

 兵士たちの野太く低い声が辺りに響く。


 シャーロットはブーツが濡れるのも気にせずザバザバと水の中に入って二羽の鴨を回収して戻った。

 二羽の鴨の首を持ってぶら下げて岸に戻り「今夜の父の夕食です」と笑うシャーロットにオレリアンはあんぐりと口を開けていた。


「殿下、どうかなさいましたか?」

「シャーロットはピチットの友達なのに、鴨を食べるのか?」

「食べますよ。私が森の家で食べているものは鴨も鹿もウサギも、全部生きてる物ばかりです」

「そうかぁ」

「命を貰って食べる以上、私は食べ物を無駄にしませんし、好き嫌いもしません。感謝して全部食べます。皮も羽根も骨も内臓も捨てずに何かしらで使います」


 後ろで会話を聞いているシモンは、先ほどの弓を射るときのシャーロットの姿に感動していた。

 鴨を狙う時の迷いの無さ、流れるような動作の美しさ、鴨の動きを予測した狙いの正確さは予想の遥か上を行っていた。


(彼女は実戦でも間違いなく強いな)と舌を巻いていた。


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コミック『シャーロット』
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