22 長い夜
ルーシーの配慮で三人にお茶と簡単な食事が用意され、それを食べながらクレールはリックが遭遇した土砂崩れとリックの怪我の様子を話した。
シャーロットは父が生きていたことを感謝し、クレールに何度もお礼の言葉を繰り返す。
「クレールさん、本当にありがとうございました。その日は私の誕生日の翌日で、目が覚めたら父さんと母さんは親戚に会いに行くと言って家を出かけた後だったんです」
リックが目を瞬かせながらぽつりと繰り返した。
「親戚、ですか」
「そうよ。ねえ、お父さん、他人行儀な口調はやめて普通に話してよ。知らない人みたいで寂しいわ」
「あ、ああ。そうだね。まだ思い出せないことが山ほどあるものだから。それにしても俺がマーサと一緒に出かけたのなら、いったい彼女はどこに……」
「親戚がどこの誰か、思い出せない? その親戚がどこの誰なのか、私は教えてもらえなかったのよ。昔の記憶があるなら、お父さんはそれが誰か知っているんじゃないの?」
食事を終えてお茶を飲んでいたリックは、覚悟を決めたように静かにお茶のカップをテーブルに置いた。口調に気をつけているのか、ぎこちないしゃべり方だ。
「マーサのことは俺が責任を持って探す。親戚が誰なのか、おおよその見当はつく。だけどシャーロットは関わらない方がいい。それと、城の仕事は辞めるわけにはいかないだろうか」
「私? なんで私が仕事を辞めた方がいいの? なぜ親戚に関わらない方がいいの?」
リックは唇を噛んで言葉を出し渋った。
『他国とはいえ、母親にそっくりなその姿でお城にいるのは危険だ』と言えばシャーロットの出自を説明しなければならない。どこをどう説明すればいいのか、と口が達者ではないリックは考え続けた。
その姿に疑問を感じながらも(今はあまり問い詰めない方がいいのだろうか)とシャーロットは迷っていた。だが、シャーロットには言わねばならないことがあった。
「お父さん、お母さんは病気だったわ。お母さんが必死に隠していたから、私は気がつかないふりをしてたけど、かなり具合が悪そうだったの。だから、もしかしたらその親戚にお世話になってるかもしれないわ」
「そうだね。もし俺たちが会いに行くような親戚だとすれば思い当たる家がある。連絡してみるよ」
そこまで言ってもそれがどこの誰なのかを言おうとしない父にシャーロットは我慢の糸が切れた。
「お父さん、そうやって私に隠し事をしていたから、私は父さんたちを探すこともできなかったし、今だってお母さんの居場所がわからないんじゃない。どうして? どうして父さんは私に隠し事をするの?」
クレールが急いで間に入った。
「シャーロットさん、落ち着いてちょうだい。お父さんは潰れた馬車の中にあなたたちがいるんじゃないかと心配していたわ。たった一人で崖下に降りて大量の土砂を掘ったのよ。あなたに言えないことにはきっと理由があるんだと思うの」
ずっと唇を噛んで黙っていたリックが顔を上げた。
「いや、シャーロットが言う通りだ。本当のことをもっと早く伝えていれば、こんな厄介なことにはなっていなかった。クレール、申し訳ないが少しだけ俺たち二人にしてもらえるか?」
「ええ、もちろんよ。ゆっくり話し合って。私はお庭にいるわね」
クレールはそう言って部屋を出て行った。
「それで? 親戚ってどこの誰なの? 私、お母さんが心配だわ」
「俺たちが会おうとしていたのなら、シャーロットの祖父母かマーサの兄だと思う」
「祖父母って? 私は捨て子だったんじゃないの?」
リックはシャーロットがテーブルの上で自分に向かって伸ばした手をそっと両手で包んだ。そしてシャーロットが生まれた夜のことを話した。前王妃に何を頼まれ、なぜシャーロットを連れて逃げ出さなければならなかったかを。自分の記憶がその当時までしかないことも。
しかしその話はあまりに現実離れしていて、シャーロットは受け入れられなかった。
「それじゃあ私はバンタース王国の前国王の娘ってことになるじゃない」
「その通りです。シャーロット様。私たちはソフィア様からお預かりしてあなたを育てるために城を逃げ出したのです」
「お父さん、やっぱり記憶が混乱してるのね。また他人行儀なしゃべり方よ?」
リックはシャーロットの目を真っ直ぐ見て首を振る。
「あなたは間違いなくソフィア様のお子様です。ソフィア様にそっくりでいらっしゃいます。だからここにいては危険です。ソフィア様を知っている人にいつ気づかれるかわかりません」
「証拠は?」
怒ったようなシャーロットの口調に、リックの顔が悲しげになる。
「証拠は……ソフィア様の指輪ですが、それがどこにあるのか覚えていないのです」
「金貨と一緒に革袋に入れた覚えは?」
それを聞いてリックが目を大きく見開いた。
「革袋の場所を知ってるのですかっ」
「ええ、金貨なら革袋に入ったまま森の家に隠してあるわ。私は一度だけ『お金ってどのくらいあるんだろう』と思って袋を開けたの。金貨が入っているのを見てびっくりしちゃって、すぐに袋を閉じたけど。あるとしたらその袋の中じゃないかしら」
「そうです! 他に移動させていなければ、そこに指輪も入っているはずです」
「お父さん、今からうちに行きましょうよ。はっきりさせなきゃ、私、今夜は眠れそうにないわ」
シャーロットはルーシーの許可を取りに行き、
「父の記憶が戻るかもしれないから家に連れて行きたいのです」
と願い出た。
「いいわ。明日の夜には帰って来られるかしら?」
「はい。必ず」
こうしてシャーロットとリック、クレールの三人はクレールの荷馬車で森の中の家に向かった。行きの馬車でシャーロットはずっと御者席の父に話しかけていた。
森の中でどんな暮らしをしていたのか、父に剣や狩りを教わったこと、母と三人で月に一度市場に行っていたこと、母がどんな料理を作ってくれたか。
「誕生日の夜、お母さんは手編みの赤い靴下をくれて、お父さんは私に木剣をくれたのよ」
そこまで言ってシャーロットは泣き出した。
両手で顔を覆って泣くシャーロットの背中を、一緒に荷台に乗っているクレールが優しく撫でた。
「つらいわね。泣きたいだけ泣くといいわ。でも、お父さんも苦しんでいるから。許してあげてね」
「クレールさん、私、怒ってるんじゃないんです。家族の思い出がお父さんの心からみんな消えてしまったのかと思ったら、悲しくて。それに、私はお城の仕事を辞めたくないんです。仕事の楽しさをわかってきたところだし、お友達や知り合いができたところなのに」
「うん、うん」
「私、森の家で暮らしてる間は両親以外には友達どころか、本当に一人の知り合いもいなかったんです。お城で働くようになって、それが普通じゃないことだってわかりました。またあんな友達も知り合いもいない暮らしに戻るなんて。考えただけで苦しい」
御者席でリックはあふれる涙を手でグイ、と拭った。
「そんな育て方をしていたんですね。すみませんでした。きっと私とリーズ、いえ、マーサは、あなたを守るのに必死だったんです。許してください」
「お父さんを責めたいわけじゃないの。ただ、もうあの生活はつらいの」
そのあとは全員が無言のままに馬車は進み、やがて懐かしい家にたどり着いた。
シャーロットは手早くランプやろうそくに片っ端から火を点けた。明るくなった家を見回すリックとクレール。
シャーロットは敷物ごと長椅子を動かし、床板を手順通りに動かしてパカッと四角い床板を持ち上げた。そして床下の木箱を持ち上げ、その下にある壺も取り出した。
リックとクレールが見ている前で、壺から革袋を取り出し、中の金貨をテーブルにザザザ、と出した。
すると、白い布に包まれた小さな物がコロンと最後に転がり出た。クレールはたくさんの金貨に驚き、なんとなく白い包みの中もとんでもない品だろうと察しを付けた。
「私、席を外すわ」
「いえ、クレールさん、あなたもいてください。私はかまいません」
そう言うなりシャーロットは白い絹で包んである物を手に取った。リックはクレールがいるから止めようとしたが間に合わなかった。
ごく薄い絹のハンカチを開くと、中から大きなルビーがあしらわれた金の指輪が現れた。シャーロットとクレールが同時にヒュッと息を吸い込んだ。
「間違いない。それです。その指輪の内側を見てください」
リックに言われてシャーロットが指輪をランプに近づけてよく見ると、指輪の内側には細い文字が刻まれていた。
「ライアンからソフィアへって書いてあるわ」
「それがご両親のお名前です」
それを聞いて少し考え込んでいたクレールがハッとした顔になった。
「ちょっと待って。それ、バンタース王国の前国王陛下と王妃様のお名前じゃない? ご夫婦ともに亡くなられた上に、生まれたばかりの女の赤ちゃんが拐われた悲劇の国王夫妻よね? この国でも歌劇になっている有名な事件だもの、私だって知っている名前だわ」
(やっぱり隣国の平民にまで事件が知られているのか)とリックは上を向いて目を閉じる。
リックは眉間にしわを寄せていたが、シャーロットを見て
「危険は回避すべきだと思います。そんなにソフィア様にそっくりでは、他国といえどお城は危険です」
と断言した。
しばらくリックを見つめ返していたシャーロットの目にみるみる涙が盛り上がる。そしてフルフルと首を振って訴えた。
「何も悪いことをしてないのに人目を避けながらコソコソ生きていくなんて。私は顔を上げて胸を張って暮らしたい。友達と笑ってごはんを食べて、職場の人たちと一緒に働いて、普通に生きたい。顔も知らない両親が誰かなんて、私には関係ないことなのに。私を大切に育ててくれたのはお父さんとお母さんじゃないの!」
興奮して息を切らしながら言葉を放つシャーロットは、自分が泣いていることさえ気づいていない。
「私はお父さんとお母さんの子供です。猟師の娘で、躾の厳しいお母さんの娘です。私は捨て子だったことを恥ずかしいと思ったことが一度もなかったわ。それはね、お父さんとお母さんを尊敬していたし誇りに思ってたからよ。お父さんたちの娘であることが自慢だったわ。なのに、なのに、『頼まれたから預かって育てていた』なんて、そんな悲しいこと言わないでよ。お父さん、お願い。私、お父さんの娘でいたい」
涙をポロポロこぼしながらシャーロットが両手を拳にして訴えた。





書籍『シャーロット 上・下巻』