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オロカナルイキモノタチ  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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9/33

カイギ

 夕方になり、浩市は店を閉める。重い足取りで、自宅に帰った。

 理恵子は自宅にいたが、誠司はどこかに行っているらしい。聞けば、昼過ぎからフラッと出ていってしまったのだという。

 浩市は、思わず舌打ちした。 


「あの野郎、どこをほっつき歩いているんだ」


「知らないよ。あたしとしては、むしろ家にいない方が助かるけどね。誠司くんバカだから、何しでかすかわからないし」


 吐き捨てるような口調で、理恵子は答える。彼女は、以前から誠司のことを嫌っていた。

 浩市は顔をしかめ、頭を下げる。


「すまねえな。だけど、もうじき終わるよ。あいつには、出ていってもらうことにした」


「本当?」


「ああ。その前に、やることはきっちりやってもらうけどな」




 誠司が帰ってきたのは、それから三十分ほど経った頃だった。全身からタバコの匂いをぷんぷんさせながら、家に入ってくる。

 そんな誠司を、浩市は睨みつけた。


「誠司、大事な話がある。とりあえず、ちょっと来い」


「えっ? あっ、ああ」


 怯えた表情の誠司を、居間にて座らせた。次いで、浩市も彼の前に座る。 


「お前、親父の死体を始末しろ」


 切り出した途端、誠司が顔を上げる。


「始末? 埋めるのか?」


「違う。埋めたら、獣に掘り起こされる可能性がある。穴を掘るのも、手間がかかるだろ。バラバラに切り刻んで、湖に捨てるんだ。それしかねえ」


「き、切り刻む?」


 聞き返す誠司の表情は歪んでいた。浩市の方は、静かな口調で答える。


「そうだ。肉を削ぎ落として、細かく切る。骨はハンマーで砕き、粉末状にする。その後で、湖に捨てるんだ」


「俺がやるのか?」


 またしても聞いてきた。こいつは、どこまで無責任なのだろう。


「他に誰がいるんだ。お前しかいないだろう」


「そんなの、無理だよ……」


「無理でも、やらなきゃならないんだよ。このまんまには、しておけないからな」


「俺には出来ねえよ。んなこと出来ねえ」


 絞り出すような声で言いながら、誠司はかぶりを振る。

 見ていた浩市は、拳を握りしめた。その場で弟を殴り倒したい衝動に駆られたが、何とか堪え口を開く。


「なあ誠司、親父を殺したのは誰だ?」


「こ、殺したんじゃない。あれは事故だよ」


「事故だろうと何だろうと、死なせたことに変わりはないんだよ」


 そう、事故かどうかなど、この際どうでもいい。重要なのは、この男の手が父の健人を死なせたということ。

 そして、自分と理恵子がそのために大変な迷惑を被っていることだ。


「その後のやり取りだって忘れてねえぞ。俺は、警察に行こうと言ったんだよ。そしたら、お前は俺と理恵子さんの前で泣きながら土下座したよな。頼むから、警察には言わないでくれと。ショウケイ(少年刑務所のスラング)には、もう行きたくないとも言った。俺は、はっきり覚えてる」


 語っている浩市の脳裏には、あの日の記憶が鮮明に蘇る。


 ・・・


 警察に自首しろ、と浩市は言った。こうなった以上、それ以外に手段はない。

 しかし、誠司は頑なに拒絶した。絶対に嫌だ、刑務所には戻りたくないと言い張る。


「兄貴にはわかんねえよ! 少年刑務所はな、地獄なんだ! 俺は、何度自殺しようと思ったかわからねえ!」


 そして、誠司は語り出した。少年刑務所での過酷な生活、いじめ、嫌がらせ、リンチ、喧嘩などなど……それらは、確かに壮絶なものだった。普通の人間であれば、その境遇に同情していたはずだ。

 しかし、浩市は同情できなかった。誠司には、これまで何度も煮え湯を飲まされてきたのだ。何かやらかす度に、泣きながら謝る。その姿に、実母の千夏までもがほだされた挙げ句、一緒になって泣きながら謝る。その姿に、何も言えず許してしまう……そんなことを何度繰り返してきただろう。

 母が亡くなり、その上に刑務所へ行った。これで誠司も、少しは反省しただろう……と思いきや、さらにとんでもないことをやらかしてくれたのだ。よりによって、父殺しという大罪である。

 もう、こいつには付き合いきれない。


「ダメだ。ほら、警察に行くぞ。俺も一緒に行ってやる」


 言いながら、誠司の髪の毛を掴んだ。強引に引きずって行こうとする。だが、誠司はなおも抵抗する。


「嫌だぁ! お願いだよ! 見逃してくれ!」


 泣き叫び、手足をバタバタ振り回す。とはいえ、誠司は華奢な体つきである。身長は浩市と同じくらいだが、体重は六十キロもない。腕力もなく、浩市の敵ではなかった。

 にもかかわらず、浩市の動きは止まる。無様な姿で泣き叫ぶ誠司を、虚ろな目で見下ろした。

 母が死に、そして父も死んでしまった。残された家族は、こいつしかいないのだ。


 ・・・


「だから、俺はお前を警察に突き出さなかった。親父の死体を運んで、店の冷凍庫に入れたんだよ。俺はな、毎日店で親父の死体と一緒にいるんだぞ」


 低い声で詰めていく浩市に対し、誠司はようやく顔を上げた。


「ごめんよ……」


 か細い声の謝罪。しかし、これは謝って済む問題ではないのだ。

 最後まで、やり遂げなくてはならない。


「いつまでも、このままにしてはおけねえんだ。いつか、親父がいないことがバレる。そうなったら、駐在の中里が刑事たちを連れてくるんだ。家と店にガサ入れもするだろうよ。そうなったら、あの死体はすぐに見つかる。お前も俺も理恵子さんも、刑務所に行くんだよ」


「だ、大丈夫だよ。兄貴と理恵子さんは初犯だから、執行猶予が付く。刑務所には行かないから……」


 愛想笑いを浮かべつつ、誠司は言葉を返した。確かに、その通りなのだろう。弟は、そういう方面に関しては兄より詳しい。

 だが、問題の本質はまるで違う。執行猶予か懲役かなど、そんなものは取るに足らないことだ。

 この男は、何もわかっていない──

 

「そんな話をしてるんじゃねえんだよ!」


 憤怒の形相で怒鳴りつけた。途端に、誠司はビクリとなる。

 怯えた表情の弟に、兄は怒りをこらえ語っていく。


「いいか、お前のしでかしたことのために、俺と理恵子さんまで犯罪者になっちまったんだ。こうなった以上、隠し通すしかない。隠し通すには、死体を消し去る必要があるんだよ。死体を始末した後で、駐在の中里に届けを出す。父さんは行方不明になりました、ってな。それしかないんだ」


「わかったよ、兄貴」


 わかったよ、兄貴……このセリフを、弟の口から何度も聞いた気がする。しかし、この男は根本的な部分は何もわかっていなかった。わかっていれば、こんな状況に陥っていない。

 浩市はこみ上げる気持ちを押さえ、どうにか冷静に喋り続ける。


「で、ほとぼりが冷めたら、この店はたたむ」


「えっ? 店たたむのか?」


「そうだよ。こんな客の来ない店、続けても仕方ないだろ。大赤字なんだよ。今まで続けていられただけでも奇跡みたいなもんだ」


「ちょっと待ってくれよ。じゃあ、俺はどうすればいいんだ?」


 困り果てた表情で聞いてくる誠司だったが、浩市は冷たく言い放つ。


「自分で何とかしろ。そこまで面倒見切れねえよ」


「兄貴は、俺を見捨てるのかよ?」


「ふざけるなよ。俺が、何度お前のケツを拭いたかわかってるのか?」


 ドスの利いた声で凄むと、誠司は目を逸らせた。

 昔からそうだった。弟のために、いろいろなことを我慢してきた。その上、誠司が何かやらかす度に、父と母と浩市が迷惑を被ってきたのだ。

 挙げ句に、弟は強盗という罪を犯し逮捕される。その顛末は、テレビのワイドショーやネットニュースなどで大きく報道されてしまったのだ。さすがに実名報道はされなかったものの、村の住人はみな知っていたはずだ。

 店に客が来ないのも、その辺りが理由なのだろう。全てとは言わないが、一因になっているのは確かだ。

 北尾村の住民は、非常に狭い人間関係で生活している。都会とは違うのだ。ニュース番組にて取り上げられるような事件を起こした場合、たちどころに村人たち全員の知るところになる。

 ただでさえ、村人たちは(ふる)い保守的な考えの者が多い。しかも、強盗ともなると若者のやんちゃでは済まない罪だ。また、全国区のニュース番組で報道されてしまったことにより、村の名前を汚した……などと思っている者もいるだろう。

 結果、安藤家は村八分に近い状態なのだ。自治会の集まりに呼ばれたこともないし、村人が接触してくることもない。


「お前が、あっちこっちで何かやらかす度に、俺たちは謝りに言ってたんだ。そこんところを、わかって言ってるのか?」


 低い声で、さらに詰めていく。誠司は、今にも泣き出しそうだ。

 理恵子はというと、黙ったまま成り行きを見守っている。口出しする気はないらしい。

 言いたいことは、まだまだあった。しかし、浩市の中で何かがストップをかける。ここまでにしておけ、とそれは言っていた。

 溜息を吐き、誠司の肩を叩く。


「店たたむのは、今すぐじゃねえ。あと半年くらいは続けるつもりだ。少なくとも、お前の仮釈放の期間だけはやってやる。その間に、何とかするんだな」






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