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オロカナルイキモノタチ  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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32/33

ニクシミ

 突然、銃声が響き渡る──


 浩市は、腕を振り上げた体勢で硬直していた。目の前には、血まみれの田山の顔がある。もう、ピクリとも動かない。おそらく死んでいるのだろう。


 では、今の銃声は?


 その時、胸に痛みを感じた。見ると、服に赤い染みが付いている。

 田山の返り血かと思ったが、染みはみるみるうちに大きくなっていく。同時に激しい痛みを覚え、浩市はその場でひっくり返った。


 誰かが、俺を拳銃で撃った──


 その誰かとは、考えるまでもなかった。浩市は、どうにか上体を起こそうとする。

 その瞬間、またしても発砲音。浩市は胸に衝撃を感じ、またしても仰向けに倒れた。

 直後、またしても激痛に襲われる。浩市はうめき声を上げながら、胸をかきむしる

 その時、声が聞こえてきた。


「あんた、気付いてないかも知れないけど、人を殴る時の顔はオヤジさんそっくりだったよ。本当に、嫌な顔だった。あんたは将来、間違いなくDV男になる。たぶん、遺伝なんだろうね」


 理恵子の声だ。彼女が、拳銃を拾い浩市を撃ったのだ──


「でもね、本当はそんなことどうでもいいんだよ。今までツイてない人生だったけどさ、これで何とか帳尻を合わせられる。五億あれば、新しい人生を歩める。その人生に、あんたは邪魔なんだよ」


 冷めた声で語る理恵子。浩市は口を半開きにし、虚ろな目で話を聞いている。

 最愛の女性に裏切られた……その事実がもたらした絶望感は、銃で撃たれた痛みすら忘れさせるものだった。


「ま、あんたに助けられたのは事実だしね。だから、これ以上苦しめないよう楽にしてあげるよ」


 その言葉の直後、足音が聞こえてきた。仰向けに倒れている浩市の顔を、理恵子は冷酷な表情で見下ろす。

 彼女はしゃがみ込むと、銃口を額に当てた。浩市は残る力を振り絞り、どうにか声を出す。


「助けてくれ……死にたくない……」


 その時、カチッという音が聞こえた。

 理恵子が拳銃のトリガーを引いたのだ。しかし、弾丸は出なかった。


「弾丸切れか。ごめんね。死ぬまで凄く苦しいだろうけど、これも運命だから」


 そう言うと、理恵子は踵を返し立ち去ろうとした。浩市は、必死で腕を動かし理恵子の足首を掴む。このまま死ぬのは嫌だ。死にたくない。


「お願いだから……病院に……」


 言った直後、浩市は咳き込む。口から出てきたのほ血だった。

 理恵子は、面倒くさそうに振り返る。


「悪いけど、病院に行っても助からないよ。弾丸は内臓を傷つけてる。それに、拳銃で撃たれたあんたを病院に連れてったら、確実に通報されるよ」


「嫌だ……死にたくない……」


 なおも訴える。その姿は、哀れであると同時に惨めなものだった。だが、死を目前にした浩市には、恥も外聞もなかった。

 そんな浩市を見て、理恵子の表情が変わる。


「いい加減に腹くくりな! 人は誰でも、いつかは死ぬんだよ!」


 怒鳴った直後、理恵子は足首を掴む手を振り払った。

 さらに、胸を踏みつける── 


 浩市は絶叫した。理恵子は、銃創の部分を踏みつけたのだ。その痛みにより、逆に意識がはっきりしたくらいだ。

 そんな浩市のことなど見ようともせず、理恵子は車に向かい歩いていった。ドアを開け、田山が持っていたスーツケースを開ける。

 札束が、ぎっしりと詰まっていた。理恵子の顔も自然とほころぶ。

 とうとう手に入れた。自分だけのものとなった五億円を見ながら、理恵子は次にどう動くか考えた。このスーツケースは重すぎ、ひとりで持ち運ぶには困難だ。

 浩市が生きていれば、運ばせることも出来た。だが、あいつとは組めない。根本が小心者で、厳つい顔の割に気の弱いところがあった。

 しかも、DVの血を受け継いでいる可能性もある。


「浩市、運が悪かったと思って諦めてね」


 呟いた時だった。突然、轟音と共に車のドアが開く。いや、正確には外されていたのだ。ドアは、完全になくなっている。

 もっとも、理恵子には何が起きたのかなどわからない。音に驚き、慌てて振り向く。

 途端に愕然となった。いないはずのものが、そこにいる。しかも、自分に手を伸ばして来たのだ。

 ()()の手に掴まれるまでの僅かな時間、理恵子は絶望のあまり何も出来なかった。


 嘘でしょ?

 ここまで来て、これ?


 ・・・


 あいつの匂いに惹かれ、ここに来てしまった。




 怪物は、森の中を凄まじいスピードで進んていく。

 先ほど、あいつの匂いを感知した。しかし、普段の匂いとは違う。何かが変だ。怪物は不安に駆られ、匂いの源へと突き進んでいく。

 銃で武装した数十人の警官隊が、慎重にその後を追っていく。猟銃を持ったハンターも数人、警官隊と同行していた。彼らは、このあたりの地形を知り尽くしている。狩りにも慣れていた。市から緊急の要請を受け、同行しているのだ。

 さらに、上空にはヘリコプターも飛んでいる。パタパタという音を立て、周囲を旋回していた。その音は、怪物にとって耳障りなものだった。あいつだけは放っておけない。

 突然、怪物はしゃがみ込んだ。直後、凄まじい勢いで跳躍する。

 大木に飛び移った……かと思いきや、太い幹を蹴る。さらに弾みをつけ、上空に飛び上がったのだ。

 素早く手を伸ばす。ヘリコプターの下部に付いているランディングスキッドを、強い両手で掴むことに成功した。あのソリのようになっている部分だ。鉄棒を両手で掴み、ぶら下がっている形になった。

 ここから、這い上がって本体を潰す。怪物は、強い腕力で己の体を引き上げた。

 と、ヘリコプターの動きに異変が生じる。怪物の巨体が急に飛びついてきたことにより、バランスを崩していた。さらに怪物の動きが加わり、もはや飛行は不可能になっていたのだ。

 ヘリコプターは大きく揺れ、ぐるぐると回転を始める。もう、操縦は困難な状態だ。乗っている者たちはパニックを起こし、ぎゃあぎゃあ騒いでいる。

 怪物もまた、異変を感じ取った。すぐさま手を離し、両足でヘリコプターを蹴って大木へと飛び移る。直後、器用な動きで地上へと降り立った。

 その動きにより、ヘリコプターは完全に制御不能な状態になる。凄まじい勢いで、地上へと落下していった──


 数秒後、ヘリコプターは地面に激突した。異様な音とともに、金属の固まりが有り得ない形に歪んでいく。乗っていた人間たちは、ひとりも生きていなかった。

 しかし、怪物はそんなものなど見ようともしない。とても嫌な気分だ。人間たちに攻撃された時など、比較にならないくらいの不快感を覚えている。

 この不快感の元を取り除かねば……怪物は、一気に速度を上げる。地球上の生物では不可能な速さで、森を進んでいった。

 このスピードに、人間が追いつけるはずもない。追っ手たちは、完全に怪物の行方を見失ってしまった。




 やがて怪物は、匂いの元となる場所に辿り着いた。だが、目の前に理解不能な光景が繰り広げられている。

 あいつが倒れている。その匂いは、どんどん変わっていた。死体のそれに近づいている。

 小柄で髪の長い人間が、あいつを踏みつけた。途端に、あいつは絶叫する。

 あいつは痛がっている。そして、あいつに痛みを与えたのは、見覚えのある小柄な人間──


 怪物は基本的に、自分の身を守るため、食べるために人間を殺していた。そして先ほどは、不快な思いをさせられたがゆえに人間を殺した。

 しかし、今はそのどれとも違う思いを感じている。これまでとは異なる感情を大きく揺さぶられ、怪物の全身を殺意がみなぎっていった。


 憎い人間は、車の中に入っていく。これまでの経験から、怪物は人間が動く際には車というものを用いることを知っていた。皮膚は硬いが、今の怪物なら簡単に壊せる。

 怪物は、車に近づいた。だが人間は、怪物に気付いていない。何かを熱心に見ている。微かにではあるが、不快な匂いが漂ってきた。どこか腐敗臭に似ている嫌な匂いだ。

 匂いを嗅いだ瞬間、体が動いていた。怪物は、ドアに手をかけた。一気に引きはかす。

 手を伸ばし、中にいた人間の腕を掴み、車から引きずり出した。

 同時に、車を蹴飛ばす。車は、凄まじい轟音と共に飛んでいった。まるでサッカーボールのようだ。やがて大木に衝突し、地鳴りのような音が響き渡る。

 人間の方は、ポカンと口を開けている。しかも、相変わらず嫌な匂いを発していた。あいつからは、感じられなかった匂いだ。

 怪物自身はわからなかったが、彼は人間の腐った心の匂いを感知できるようになっていたのだ──


 なぜか、この人間を見ると不快な気分が増していった。この匂いにも我慢ならない。

 怪物は、人間の体を地面に叩きつけた。グチャリという音と共に、人間の体は潰れてしまった。

 だが、怪物は攻撃をやめない。まだ、腐った匂いを発しているのだ。さらに、怪物の憎しみも収まっていない。なおも持ち上げ、地面に叩きつける。

 何度も、何度も──


 その時、声が聞こえてきた。懐かしい声だが、今にも死に逝こうとしている。

 怪物は、すぐに動きを止めた。







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