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オロカナルイキモノタチ  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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サツリク(2)

 もはや緊急事態であった。

 光司湖から出現した怪物が、大勢の人間を殺した……通常ならば、そんな通報がきても県警は相手にしなかっただろう。

 しかし、これは酔っぱらいの戯言(たわごと)でも、愉快犯のデマでもなかった。交通整理のため派遣した警官たちからも、切羽詰まった声での応援要請がきているのだ。

 その上、怪物の殺戮映像までもが動画サイトに投稿されてしまう──


 何が起きているのかはわからない。が、これを放っておいたら何人のクビが飛ぶことか。腰の重い県警の上層部も、決断せざるを得なかった。

 本部長が命令を下し、特殊部隊が光司湖に派遣された。さらに、ヘリコプターも現地へと向かう。

 もっとも、特殊部隊の面々にしても半信半疑ではあった。果たして、自分たちが行くほどの事態なのだろうか……という疑問は、彼らの裡にあった。

 だが、到着した瞬間に疑問は消し飛んでいた。


 あまりにも凄惨な光景だった。

 光司湖のほとりに広がっていたものは、血と肉の絨毯であった。叩き潰された肉や骨片が、虫の死骸のごとく土にへばりついている。その上、髪の毛、眼球、歯といった顔面を構成するパーツまでもが無造作に転がっているのだ。

 顔だけではない。手足の一部や剥き出しの内臓と思しきものまでもが、あちこちに散らばっている。もはや、巨大なトレーラーが大勢の人間を無理やり轢いていったとしか思えない。慣れていない者ならば、見ただけで吐いてしまうだろう。

 訓練を積んだ特殊部隊の面々も、予想外の状況を目の当たりにし呆然となっていた。いったい何が起きたのだろう? 何者がこんなことをしたのか? 死者は何人だ? 上には、何と報告すべきか?

 まずは、現状を確認しなくてはならない。隊員たちは、安全を確認し車を降りた。自動小銃を構え、油断なく辺りを見回す。

 そんな彼らを、水中より見ているものがいた。怪物である。接近する車の音を聞き、まずは水中に身を隠したのだ。そこから、じっと敵の動向を窺っていた。

 しかし、隊員たちは気づいていない。そもそも彼らは、犯罪者やテロリストを制圧するための訓練を積んでいる。だが、こんな奇怪かつ凶暴な怪物との戦いは想定していない。

 そして怪物の方は、人間とどう戦えばいいかを知っていた。


 突然、湖から飛び出したものがいる。高く跳躍し、特殊部隊の前に降り立った。身長は、彼ら全員が見上げてしまうほど高い。甲殻類のような見た目だが、二本足で立っている。

 マスコミや警官たちと違い、隊員たちはすぐに理解した。目の前にいる生物が、この惨劇を生み出したのだ。

 と同時に、体が動く。怪物に銃口を向け、発砲した──


 警官たちの拳銃と違い、自動小銃の弾丸は速い。威力も段違いだ。人間の手足など、まともに弾丸が当たれば簡単にちぎれてしまう。

 そんな自動小銃による一斉射撃ですら、怪物を殺すことは出来なかった。確かに弾丸は当たっており、怪物を傷つけている。体液らしきものが、傷口から滴り落ちていた。

 それでも、怪物は怯まない。むしろ、その攻撃により怒りに火をつけただけだった。猛り狂った怪物は、両腕を振り回し襲いかかる。

 特殊部隊とて、しょせんは人間だ。車ですらひっくり返す腕力と、銃弾すら致命傷たり得ない強靭な肉体を前にしては、為す術などなかった。圧倒的な体格差は、武装の差すら凌駕してしまう。怪物は虫を潰すような勢いで、隊員たちを潰していく。

 一瞬にして、彼らは全滅させられた。だが、怪物とて無傷では済まない。自動小銃の一斉射撃により受けた傷は、決して小さなものではなかった。しかも、傷口からは大量の体液が流れ出している。

 怪物は、ガクッと膝をついた。とにかく、まずは傷を治さなくてはならない。

 そのためには、しなくてはならないことがある。周囲を見回し、手を伸ばした。

 地面に散らばっている肉片を掬い上げ、口に入れる。

 一瞬の間を置き、怪物は凄まじい勢いで人肉を食べ始めた。

 同時に、奇妙なことが起こる。自動小銃により負った傷が、みるみるうちに塞がっていったのだ。傷口から弾丸が押し出され、弾痕を新しい皮膚が覆っていく。流れ出ていた体液は止まり、怪物の体にも力がみなぎっていった。

 同時に、新たな感情が芽生えてきた。人間に対する殺意だ。静かに暮らしていた自分の居場所を散々に荒らし、挙げ句に攻撃まで仕掛けてきた。

 人間は、自分の敵なのだ。今後は、見つけ次第食い殺してやる。




 その時、またしても奇怪な音が聞こえてきた。今度は上からである。見上げれば、空に巨大な何かがいた。魚のように、空を悠々と移動している。

 あいつは何だろう。生き物のようには見えない。バタバタと耳障りな音を立て、周辺を飛び回っている。

 あれもまた、人間の子分なのか。あんなに高い位置にいては、手の出しようがない。

 まあ、いい。あんなものは放っておこう。怪物は、のしのし歩いていく。目指すは、湖のほとりにある巨大な建物だ。

 微かに、あいつの匂いがする。初めて出会った人間で、いろんなことを教えてくれた。


「ア、イ、ア、オ、ウ」


 なぜか、口から出ていた言葉。あいつから教わったものだ。

 もう、周りの生物は全て敵となってしまった。そんな状況だからこそ、あいつにもう一度会いたい。

 怪物は、壁を力まかせにぶち破る。のっしのっしと中に入っていった。

 室内からは、微かにあいつの匂いがする。だが、誰もいない。

 あいつは、どこにいったのだ──


 怪物は苛立ってきた。

 見知らぬ人間たちが、用もないのに自分の住処(すみか)に現れた。しかも、ひとりやふたりではない。小魚の群れのように、大量に押し寄せて来たのだ。挙げ句、大きな音や光で平穏な生活を邪魔してくれた。

 だから、皆殺しにしてやった。

 会いたくもない奴らは、向こうから次々とやって来た。なのに、会いたい奴はいなくなっている──


 怪物は怒りに任せ、周囲にあるものを薙ぎ倒していく。一瞬のうちに、室内に置かれていたものは木っ端微塵になっていった。

 それだけでは飽き足らず、怪物は破壊を繰り返す。目につくものは、片っ端からぶち壊した。一撃で壊せなかったものは、湖めがけぶん投げる。

 光司亭は、あっという間に廃墟と化した。かつての店主が、半身不随になりながらも存続にこだわった店。一国一城の主であることだけが、彼の唯一の誇りであった……だが、今では跡形もない。ガレキとゴミの城である。

 そんなことをしでかした怪物はというと、次の標的へと向かっていた。浩市らの暮らしていた家だ。ここからも、懐かしい匂いがしている。しかも、強くなっていた。


 あいつは、どこに行ったのだ?


 怪物は、大股で歩いていく。木造の壁をぶち破り、中へ入っていった。

 あいつの匂いは残っている。だが、ここには誰もいないらしい。

 では、どこに行ってしまったのか?

 ひょっとしたら、もうこの辺りにはいないのか?


 怪物は怒り狂った。この世界に存在する生き物の中で、あいつだけは特別だった。他の人間と違い、いきなり危害を加えできたりしない。それどころか、いろんなことを教えてくれた。あいつといると、いい気分になれた。

 生まれて初めて、自分以外の生物を好きになった。それなのに、あいつはいない。どこかに行ってしまった。 

 怪物は、とてつもなく嫌な気分になっていた。自動小銃で撃たれるよりも、遥かに嫌な気分だ。




 その時、不快な音が聞こえてきた。人間が動かしている乗り物の音だ。

 また、呼びもしないのに大勢の人間がやってきたらしい。不快な音を鳴らし騒ぎ立て、静かな生活を邪魔してくれた上に攻撃までしてきた連中が、またやって来たらしい。

 こうなったら、この辺りに住む人間どもを皆殺しにしてやる……怪物は、怒りのまま目につくものを叩き潰していった。


 怪物は、建物を完全に破壊してしまった。だが、この程度で終わらせるつもりはない。さらに進んでいき、森の中へと入っていった。

 上空のヘリコプターは、その姿を追う。さらに、県警からの応援が駆けつけてきた。制服警官のみならず、機動隊まで駆り出されている。その上、県知事は自衛隊に出動を要請している状態だ。

 事態は、もう戦争のレベルにまで近づいていた。

   








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