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オロカナルイキモノタチ  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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サツリク(1)

 朝の五時、光司湖の周囲には大勢の人間が集まっていた。マスコミ関係者や、付近に住む動画制作者たちである。

 それも当然だろう。とんでもない事故が、この近くで起きたのだ。大型トラックが横転し、原型をとどめないほど大破してしまったのだ。

 かつてトラックだったものは、今も道路に放置されている。もはや、ほとんど原型を留めていない。めちゃくちゃに壊され、あちこちの鉄板が引き剥がされている有様だ。残骸の一部は、周囲にに放り出されていた。

 しかも、事故の真相は……未知の生物が原因なのだという。

 深夜一時過ぎ、走っていたトラックがいきなり襲撃を受けた。巨大な怪物が襲いかかり、トラックを倒した挙げ句、めちゃくちゃに破壊したのだという。

 トラックを破壊し積んであった菓子をむさぼり食った後、怪物は湖の中に飛び込んで行った。ドライバーは、一部始終をスマホで録画していたのだ。




 そんな事件から四時間ほどしか経っていないにもかかわらず、光司湖の周りには既に人々が集まっていた。

 実のところ、数日前から噂は流れていたのである。周辺の道路を通るドライバーたちから「あの湖には何かいる」「おかしなものを見た」などという目撃談が飛び交っていた。

 もっとも、マスコミは初めのうちは相手にしていなかった。業界にいると、バカな噂は掃いて捨てるほど聞かされる。そんなものにいちいち反応していては、マスコミは務まらないのだ。

 光司湖に潜む怪物の噂も、ほとんどのマスコミ関係者が耳にしていた。しかし、単なる与太話という判断で終わっていたのだ。そもそも、北尾村は滞在に不便な場所である。そんなところに、わざわざ時間と金を遣い取材に行きたくはない。

 ところが、こんな大事件が起きてしまった。しかも、その動画がネットにて流れている。こうなった以上、無視することは出来ない。

 マスコミ各社は、光司湖に取材班を向かわせた。


 そして今、光司湖の周辺には多くの人間が集まっている。ほとんどがプロの取材班だが、中には動画制作者も混じっている。彼らはカメラやスマホを構え、じっと湖を見張っていた。

 当然ながら、湖周辺は恐ろしい騒ぎになっていた。県警から警察官が派遣され、人員整理をしている有様だ。スマホで会話したり、番組のリハーサルをしている者もいる。かと思うと、場所の取り合いで揉めている者までいた。湖には、いつの間にかゴミが浮いている。

 静かな湖は、イベント会場のごとき騒がしい場所となっていた。大勢の人が好き勝手に闊歩し、ああだこうだと大きな声で言い合っている。




 そんな時、いきなり怪物が姿を現した──


 突然、水面に奇妙な影が見えた。湖にカメラを向けていたマスコミたちは、一斉に騒ぎ立てる。直後には、パシャパシャというカメラの音が鳴り響いた。さらに、フラッシュの光。人間たちの作り出したものによる音と光が、湖の周囲を完全にかき乱している。

 そんな中、水中から何かが飛び上がった。水しぶきを撒き散らしながら、高く舞い上がる。

 直後、怪物は地上に降り立った。着地点にいた人間は、当然ながら耐えられるはずもない。グチャリと潰れる。

 この時点で、危険を察し逃げ出していた者もいた。しかし、大半の者はその場にとどまっていた。あまりにも急な事態に、何が起きたか把握できていなかったのだ。


 怪物の方は、ジロリと人間たちを見回す。こんなに大勢いるとは思わなかった。いったい、どこから湧いて出たのか。

 いや、どこから来たかなど、どうでもいいことだ。自分は湖で静かに暮らしていた。それなのに、こいつらは邪魔をしに来た。わけのわからない音や光で、平穏な生活を妨害してきたのだ。

 たかが餌の分際で──


 次の瞬間、怪物は襲いかかった。両腕を振るい、手近な人間どもを片っ端から撲殺していく。

 一瞬にして、祭りの場は惨劇の舞台へと姿を変えた。ひしめき合っていた人間たちは、次々と叩き潰されていく。当然、原型など留めてはいない。怪物の圧倒的な腕力で、骨も肉も関係なく潰されていった。

 そこにいた群衆が事態を把握するまでには、数秒の時間がかかった。平和ボケした者たちには、本当の危険が何なのか、それすらわかっていない。

 だが、彼らは周りに死体が折り重なる光景を見て、やっと自身に危機が迫っているこどを理解した。このままでは、自分も殺される──


 次の瞬間、ようやく人々が動き出した。思い思いの方向に、バタバタと走り出す。蜘蛛の子を散らす、とはこのことだろう。百人近いマスコミ関係者が、金切り声を上げながら逃げ出したのだ。

 残念ながら、怪物に人間たちを逃す気はなかった。逃げ惑う者たちにあっさり追いつき、叩き潰し捻り殺した。幼い子供が虫を殺すよりも簡単に、怪物は人間たちの命を奪っていく。




 その場にいた警官たちはといえば、完全にパニックを起こしていた。

 もともと彼ら全員、怪物騒ぎには半信半疑である。どうせ、アホな連中が話題作りのために大きな外来魚か何かを放したのだろう、くらいにしか思っていなかった。

 県警の上層部も、同じことを思っていた。ただし、彼らには別の思惑もある。

 現在、北尾村の駐在員である中里が行方不明になっている。しかも、拳銃を持ったままだ。

 ひとりの警察官が、拳銃を所持したまま行方をくらましてしまった……こんなことが(おおやけ)になれば、上の人間が責任を問われる羽目になるのだ。

 中里の件は、極秘裏に処理せねばならない……そんな時に起きたのが、この怪物騒ぎである。駐在員がいないことをごまかすため、人員をそちらに割かざるを得なかった。どうせ、頭のおかしい連中が注目を集めるため、着ぐるみか何かでフェイク動画を作ったのだろう……くらいにしか、思っていなかった。

 ところが、現れたのは本物の未知の生物である。体は人間よりも遥かに大きく、人間のように二本足で歩く。甲殻類のような皮膚を持ち、昆虫に似た異様な顔で人間たちを見下ろす。

 その強靭な両腕は、人間をいとも簡単に叩き潰していく。プレス機にかけられる空き缶のように、人体は血と体液とを吹き出しながら潰れていく──


 こんな恐ろしい事態を前にして、警官たちに出来ることなどなかった。

 彼らは、人間の犯罪者を取り押さえる訓練は受けている。だが、こんな奇怪な生物に対抗する手段など教わってはいない。ましてや、彼らとて人間である。自分の命は惜しい。

 警官たちもまた、その場から逃げ出していた。殺戮を繰り返す怪物に背を向け、パトカーに乗り逃走したのである。

 ただし、逃げ出した者ばかりではなかった。中には、強い責任感と正義感を持つ警官もいたのである。

 その警官は、逃げ惑う人々とは違っていた。足を震わせながらも、その場に踏みとどまる。腰の拳銃を抜き、狙いをつける。

 怪物は、すぐ近くに来ていた。今も目の前で、人間の首を捩じ切ったところだ。

 これ以上の殺戮は許さない……警官は、拳銃のトリガーを引く。銃弾は、怪物の体に命中した。

 しかし、怪物は全く動じていない。効き目がないのか。

 警官は恐怖に震えながらも、さらにトリガーを引く。銃声が轟き、弾丸が怪物の巨体に炸裂した。しかし、怪物は微動だにせず立っている。

 やがて、怪物は警官めがけ腕を振り上げた。警官の方は、まだ拳銃のトリガーを引き続けている。だが、既に弾倉は空になっていた。カチカチ音を立てるばかりだ。

 次の瞬間、警官はグシャリと叩き潰された。その強い責任感と正義感ゆえ、彼は命を落とす羽目になった。

 もっとも、警官のしたことにも僅かながら意味はあった。撃たれていた間、怪物の動きは止まっていたのである。その間に、多くの人間が逃げ出していたのだ。

 逃げた者たちは、すぐさま警察に連絡する。


「化け物が出たぞ!」


「何人も殺されたんだ!」


「あの怪物を、早く撃ち殺せ!」







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