ジジョウ
「おいおい、そりゃ本当か?」
話を聞いた田山は、唖然とした様子で言った。
その反応も当然だろう。何せ目撃者である浩市ですら、現実とは思えなかった。
しかし、目の前で起きたことは間違いなく現実だった。彼らの乗ってきた車は、今は店の駐車場に停まっている。キーをつけっぱなしで降りて来たのが幸いした。でなければ、動かすことが出来ず放置しておくしかなった。
渡部らが怪物によって皆殺しにされた後、浩市と理恵子はその後始末に追われた。
まずは、彼らの残した物の始末だ。全て湖に放り込んだ。次いで車を店の駐車場に止めると、中に入っていく。収納スペースから、田山を出した。
その上で、今しがた起きた出来事を説明したのである。
「本当ですよ。でなきゃ、俺たちは渡部に殺されてたかもしれないです」
答える浩市の前で、田山の表情が崩れた。口からも、おかしな音が漏れる。浩市と理恵子は、思わず顔を見合わせた。
やがて、口から漏れていた音の正体が判明する。笑い声だった──
「クックック……」
そう、田山は笑っていたのだ。今ではメガネを外しており、その目からは涙が流れている。もちろん、悲しみゆえの涙ではない。
しまいに田山は、笑いながら浩市の肩をバンバン叩き出したのだ。
「いやあ、助かったよ。お前らのお陰だ。それにしてもツイてるな。あの化け物が、ヤクザ四人を殺ってくれたか。あれは、本当にいい奴だな」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ。実は昨日、駐在の中里も怪物に殺られたんです」
そう前置きすると、浩市は昨日の出来事を話し初めた。駐在とのやり取りも、包み隠すことなく語った。
やがて話が終わると、田山は険しい表情で口を開く。
「マジかよ。あの駐在、とんでもねえ奴だな。となると、俺たちのことも見張ってたのか」
「そのようですね。あなたが店に通っていることも知っていました」
「で、駐在はお前を脅迫した。ところが、あの怪物に食われちまったんだな」
田山の言葉に、浩市は頷いた。当時の記憶が、脳裏に蘇る。
あの時、中里の右手は腰の拳銃に触れていた。言うことに逆らうなら、こいつを抜く……という意思表示だったのほ間違いない。
そこに突然、怪物が現れた。最初は、何をするでもなく両者のことをじっと見ているだけだった。
ところが、中里は怪物に発砲してしまった。結果、あの男は怪物に撲殺される。今は、怪物の腹の中にいるのだろう。
もし、中里が怪物を撃たなかったら……どうなっていたのだろう。
中里が助かっていたら、浩市は今頃どうなっていたのだろう。
そんなことを思う浩市に向かい、田山は語り続ける。
「いやあ、ツイてるなあ。流れは、完全に俺に来てるぞ。けどな、駐在が行方不明となりゃ、何があったのかと県警の連中も怪しむだろう。そうなると、刑事が出張って来るだろうな。捜査が始まるのも時間の問題だ」
「いつ頃に始まりますかね?」
「一週間以内には、捜査員が来るだろう。ただ、死体がなきゃ行方不明でしかないからな。大した騒ぎにはならないかもしれねえな」
軽い口調で田山は言った。だが、直後に顔つきが変わる。
「いや、ちょっと待てよ。駐在の拳銃はどうなった?」
「死体と一緒に、湖の底へ沈んだと思います」
聞いた途端、田山は顔をしかめた。
「そりゃマズいな。田舎の巡査が、拳銃を持ったまま行方不明となりゃ大問題だ。拳銃が悪用されたら、上の人間のクビが飛ぶことになるからな。警察は、泡食って調べ出すぞ」
「どうなりますかね?」
「ここらへん一帯に、刑事だの鑑識だのがやってきて大規模な捜査が始まる。そうなったら、俺は終わりだ。その前に、ずらかるしかねえ」
田山の話を聞き、浩市は大きな溜息を吐く。予想していたとはいえ、こんな大事になってしまうとは……。
そんな浩市を見て、田山は真剣な顔つきになった。
「こうなった以上、お前らにも事情を説明する。駐在の睨んでいた通り、俺は士想会の金を奪ったんだよ。士想会の裏カジノは、十年近く前から同じ手順で売上金を運んでいた。一週間分の売上金を、まとめて本家の事務所へと運ぶんだよ。俺は一年前から、そいつを奪うため計画を練っていた」
田山は、淡々とした口調で語っている。だが、語られている内容は恐ろしいものだ。浩市は、固唾を飲んで聞き入っていた。
「半年前、俺は計画を実行した。奪った売上金は、約五億円だ。俺は、そいつを持ってすぐにフィリピンへ高飛びするはずだった。ところか、予定が狂っちまったんだよ」
「何があったんですか?」
思わず尋ねていた浩市に、田山は苦笑しつつ答える。
「向こうに住んでた奴が、現地の警察にパクられた挙げ句に強制送還だよ。そいつに、住む場所やら何やらを世話してもらう予定だったんだがな、これじゃどうしようもねえよ。しばらく、ここで身を隠すしかなかった」
なるほど、そういう経緯があったのか。浩市はそんなことを思いつつ、話に耳を傾ける。
「北尾村は安全だった。だがな、いつかは士想会の連中に嗅ぎつけられる。日本にいる限り、安心は出来ねえんだ。だから、俺は他の連中とも連絡を取っていた。フィリピンに身を隠してる悪党ってのは、結構いるんだよ」
ようやく謎が解けてきた。
田山がわざわざ光司亭まで食べに来たのは、自炊が面倒だったというだけではない。他に客がなく、国道も見張れる店……だからこそ、田山は食べに来ていたのだ。
しかも、浩市は余計なことを聞いて来たりしない人間だ。無口で無愛想、しかも村人との交流もない。逃亡者である田山にとって、うってつけの場所だった。
「で、ようやく別の人間と連絡が取れた。そいつはフィリピンで逮捕され拘置所にいるんだが、あと十日で裁判は終わるらしい。執行猶予で済みそうだと言ってた。そうなれば、後はそいつに任せりゃいい。俺は、明日か明後日にはフィリピンに発つつもりだった。そんな時に、いきなり奴らが来やがったんだよ」
奴らというのは、渡部たちのことだろう。確かに、あんな連中が現れるとは想定外だった。
そして田山の話も、想定外の方向へと進んでいく。
「奴らから逃げる時に、右足を痛めちまったんだ。こうなると、ひとりでここを出るのも難しい。だから、お前らの協力が必要なんだ。頼む、手を貸してくれ」
「えっと、何をするんですか?」
「俺ひとりじゃ、金を運べないんだ。分け前は、きちんと払う。二億払うよ」
田山の顔は真剣そのものだ。予想もしていなかった話に戸惑いながろも、浩市ほ答える。
「わかりました」
話が終わると、田山は足を引きずりながら帰っていった。
その後ろ姿を見つつ、理恵子がボソッと呟く。
「また、とんでもないことになっちゃったね」
そう、彼女も話の場にいた。いっさい口を挟まず、田山の言うことを聞いていたのである。
「仕方ない。こうなった以上、俺たちも逃げるしかないよ」
「そうだね」
言った後、理恵子は湖の方を見る。
「あいつは、大丈夫なのかな」
「あいつ?」
「あの怪物だよ。ここに住んでたら、いつか襲われるだろうね」
その言葉に、浩市も湖に視線を向ける。怪物と会った日々のことを思い出していた。
少しの間を置き、口を開く。
「俺は……あいつは、大丈夫だと思う。少なくとも、俺たちに手は出さないんじゃないかな」
「何で?」
「中里にしろヤクザどもにしろ、あいつを拳銃で撃った。だから、怒って殺したんだろう。持ち帰った死体は食べているのは間違いないよ。でも、俺たちに危害は加えない気がするんだ」
言った途端、理恵子はハァと溜息を吐いた。
「浩市はさ、身内に甘いよね。誠司くんのこともそう。それが、浩市のいいところでもあるんだけどさ」
「それ、褒めてんのか? バカにされてんのか?」
「両方だよ。けどね、ひとつだけ覚えておいて。あの田山は信用できないよ」
・・・
怪物は、湖の底へ潜っていく。強靭な腕で、四つの死体をひとまとめにして運んでいると。
またしても、あの奇妙な攻撃を受けた。怪物の強い体には、大したダメージはない。それでも、チクリという痛みを感じた。不愉快きわまりない。
これまで、様々なものを見てきた。あの人間という生き物の動向も、それとなく見てきた。だが、今日はっきりとわかったことがある。あれは、ただただ不快な存在でしかない。
また騒がしくするようなら、今日のように皆殺しにしてやろう。
だが、そこで思い出した。
「ありがとう」
あいつは、そう言った。その言葉を聞いた瞬間、過去に触れ合った記憶が蘇ったのだ。
あいつは、他の人間とは違う。初めて会った時、いろんなことを教えてくれた。小さくて美味しいものもくれた。一緒にいると、本当に楽しかった。
あいつだけは、殺したくない……先ほど仕留めた人間をバリバリと噛み砕きつつ、怪物はかつての出来事に思いを馳せていた。
気がつくと、短時間で四人の人間を全て食べ終えていた。
またしても、怪物に変化が生じていた。
少し前までは、人間ひとり食べるだけで満腹になっていたはずだった。しかし、今は四人をあっさりと平らげる。
それに伴い、体も大きくなっていく。性格も、さらに凶暴になっていた。もはや、人間など恐れてはいない。人間を殺すことにも、ためらいはない。うるさいハエを叩き潰すのと同じ感覚だ。




