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オロカナルイキモノタチ  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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13/33

コクハク

 その日の始まりは、いつもと変わらないものだった。

 店を開けると、来ることのない客を待つ。昼過ぎに田山が現れ、普段と寸分変わらぬやり取りをした。その後は駐在の中里が顔を見せた以外、ひとりの客もないまま時間が過ぎていく。

 今日も、問題なく過ごせそうだな……などと思っていた時だった。突然、店の勝手口が勢いよく開く。誰が来たのかと思えば理恵子だ。のほほんとした態度の浩市に近づき、そっと囁く。


「あのさ……誠司くんのことだけど、ちょっとおかしいよ」


 聞いた浩市は、思わず笑ってしまった。誠司がおかしいのは、今に始まったことではない。


「いや、あいつは生まれた時から今まで、まともだった時がないからさ……で、何がおかしいの?」


「部屋にこもったきり、ずっと出てこないんだよ」


 ふざけた態度の浩市とは対照的に、理恵子の方は真剣そのものだ。

 しかし、浩市には理解できなかった。部屋にこもるくらいなら大したことはない。むしろ、あちこち出歩かれる方が困る。わざわざ、店に乗り込んでまで伝える情報とは思えない。


「どうせ、部屋ん中で何かやってるだけなんじゃないのかな?」


「何か、って何?」


 聞き返す理恵子は、明らかに苛立っていた。言葉にも棘がある。

 浩市はというと、さらに戸惑い困惑し、どうしたものかと思っていた。正直、彼女が何を言わんとしているのかわからない。部屋にこもるくらい、ほっといても何の影響もないだろう。

 ひょっとしたら、家で揉め事でもあったのだろうか。そんなことを思いつつ口を開く。


「いや、それはわからないよ。ただ、何やってようが俺には関係ない。死体さえ始末してくれりゃ、あいつの行動には何も言わないよ」


 浩市がそう言うと、理恵子は下を向いた。

 機嫌を損ねてしまったのか。ならば、その怒りの原因について話を聞こう……などと思った時だった。

 突然、理恵子が顔を上げる。何かを決意した表情で口を開いた。


「落ち着いて聞いて。誠司くんは、シャブやってるんじゃないかって気がするんだよ」


「は? シャブ?」


 唖然となる浩市。全く予想外の単語が飛んできたのだ。

 シャブ、すなわち覚醒剤を指すスラング……ということくらいは知っている。しかし、誠司がそんなものをやっていた、という話は聞いたことがない。


「そう、シャブ。誠司くん、そっちで逮捕されたこととかないの?」


 尋ねてきた理恵子の態度は、ごく自然なものだった。明日の天気は? と聞いているような口調である。浩市は、戸惑いつつも答える。


「ないよ。だいたいな、誠司は俺と同じで酒も飲めない男だぜ。シャブなんかやったら、倒れるんじゃないかな」


 そう、浩市も誠司も酒が飲めない。アルコール度数の強い酒でも飲もうものなら、ひっくり返ってしまうだろう。そんな人間が覚醒剤など打ったら、死んでしまうのではないか。

 しかし、理恵子の答えは非情だった。


「それ、全く関係ないよ。酒に弱くても、シャブやる奴はいるから」 


 あっさりと返され、思わず顔をしかめる浩市だった。が、そこでひとつの疑問が浮かぶ。


「なんで、そんなに詳しいんだ?」


 途端に、理恵子の表情が険しくなった。

 いきなりの変化に、浩市は何も言わず成り行きを見守る。もし彼女が答えないなら、とりあえずは話題を変えるつもりだった。言いたくないことなら、無理に聞かなくてもいい。

 しかし、少しの間を置き理恵子は答える。


「昔、シャブ中と付き合ってたんだよ。とにかくヤバかった。ヨレると、わけわかんなくなるんだよ」


 またしても、予想外の話を聞かされた。

 理恵子は、浩市など想像もつかない壮絶な体験をしているらしい。圧倒されつつも、もうひとつ聞いてみた。


「あの……理恵子さんは、やってたの?」


 聞いた途端、理恵子は露骨に不快そうな表情になった。


「やんないよ。一度シャブ打たれそうになったことはあるけど、何とか誤魔化して逃げたよ。あん時やってたら、あたしの人生終わってたかもしれない」


 憎々しげな態度で語る。その表情を見るに、シャブ中への怒りは未だ消えていないらしい。

 それにしても、理恵子にこんな一面があるとは思わなかった。父の健人に殴られ、抵抗もせず泣いていた姿が嘘のようだ。いや、こっちが理恵子の本当の顔なのかもしれない。

 そんなことを考えている浩市に向かい、理恵子は語り続ける。 


「そのシャブ中だけどさ、今の誠司くんと全く同じことしてたんだよ。いきなり部屋に入ったと思ったら、丸二日くらい出てこない。そんなことが、しょっちゅうあったんだよ」


「わかった。じゃあ、帰ったらそれとなく聞いてみるよ」





 店を閉めると、浩市は真っ直ぐ家に帰った。

 帰宅と同時に、誠司の部屋に向かう。ドアを軽くノックした。


「ちょっといいか?」


「う、うん、いいよ」


 上ずった声が返ってくる。浩市はドアを開けると、ずかずか部屋に入っていった。

 誠司は、部屋の隅に座っていた。入ってきた浩市を怯えた目で見るが、それは一瞬だった。すぐに目を逸らす。

 そんな誠司の真正面に立ち、口を開いた。


「お前、大丈夫か?」


「えっ? 何が?」


 無表情で聞き返してきた。相変わらず、浩市とは目を合わせようとしない。これは、どう見ても大丈夫ではなかった。

 浩市自身は、覚醒剤をやったことはない。周りにも、そんな人間はいなかった。そんな浩市ですら、今の誠司がおかしいことはわかる。

 しかし、ここで「お前、シャブやってんのか!?」などと聞いたところで、素直に白状するとは思えなかった。

 仕方ない。今日のところは、それとなく釘を刺すだけに留めよう。浩市はしゃがみ込むと、誠司に顔を近づけていった。


「いいか、よく聞け。お前が何をやろうが、俺の知ったことじゃない。だがな、人生ってヤツは撒いたものを刈り取るように出来てる。お前のしたことは、全てお前の身に返ってくるんだよ。お前も、もう二十歳を過ぎている。行動に対し、いちいち口を挟むつもりはない。最終的に、泣くのはお前自身だからな」


 ゆっくりとした口調で語る。にもかかわらず、誠司はこちらを見ようともしない。

 殴りたい、そんな衝動に襲われる。だが、その気持ちをどうにか抑えて話を続ける。


「だがな、やることはきっちりやってくれ」


「や、やること?」


 ここで、やっと誠司はこちらを向いた。こちらの言っていることが、通じていないらしい。

 浩市は、誠司の襟首を掴む。彼の顔を引き寄せた。 


「その頭に叩き込んどけ。お前には、大至急やらなきゃならねえことがふたつあるんだよ。ひとつは、オヤジの死体の始末。もうひとつは、高田をウチに近づけさせないことだ」


「高田? ああ、あいつか」


 震える声で、誠司は答えた。


「あいつか、じゃねえんだよ。その高田に、ウチにも店にも来ないよう言っとけ。それも、今日中にだ。あんなバカにうろうろされたら、何も出来なくなるだろうが」


「う、うん。わかった」


「そっちを済ませたら、次は死体の始末だ。こっちは、多少の時間がかかってもいい。一週間や二週間くらいなら待ってやる」


 優しい口調で語っていた浩市だったが、次の瞬間に表情が変わる。


「けどな、あんまり時間をかけてると何が起きるかわからねえぞ。警察の家宅捜索を受けてから、後悔しても遅いんだ」


「あ、ああ」


「とにかく、高田の件だけは今日中に終わらせろ」


 そう言うと、浩市は部屋を出た。すぐに理恵子に目配せして、外へ出ていく。彼女も、浩市の後に続いた。

 十メートルほど歩いたところで、浩市は立ち止まり理恵子の方を向いた。


「どうだった?」


 聞いてきた彼女に、浩市は苦笑しつつ答える。


「あれは、確かにヤバいな。でも、ほっといても大丈夫だよ。あいつは、大した悪さは出来ない男だから」


 途端に、理恵子の表情が険しくなった。浩市を睨むような目で見つめ、口を開く。


「前から思ってたんどけどさ、浩市は誠司くんに甘すぎるよ」


「えっ、そんなことないよ」


「あたしだったら、とうの昔に切り捨ててる。誠司くんは、確かに極悪人じゃないかもしれないよ。でもね、こういう非常時にシャブやる神経は理解できない。彼は、面倒くさいことはほっとこうって(はら)なんだよ。そうすれば、頼れる兄貴がなんとかしてくれる……ってね」


 彼女の言葉は、鋭い刃物のように浩市の心に突き刺さった。誠司は、確かにそういう人間だ。今まで誠司と暮らしてきて、嫌というほどわかっていた。

 同時に、そんな厄介者と知りながらも、切り捨てられない自分の愚かさもわかっている。

 だからこそ、怒りが湧き上がる──


「あんたにはわからねえよ。俺とあいつは兄弟だ」


 思わず、強い口調になっていた。

 すると、またしても理恵子の表情が変わる。寂しそうな目で、浩市を見つめた。しかし、すぐに目を逸らす。


「そう、聞く耳持たずって感じだね。じゃあ、もう何も言わない。けどね、ひとつだけ覚えておいて。ああいう人間ってのは、いつか決定的なことをやらかすよ。みんなをまとめて地獄に突き落とすようなことをね」


 横を向いたまま、冷たく言い放つ。その顔には、見覚えがあった。かつて、父から理不尽な暴力を受けていた時、理恵子はこんな顔で耐えていたのだ。

 浩市の中で湧き上がってきた怒りの矛先は、己へと向けられた。


「ごめん。俺がバカだったよ。理恵子さんには、迷惑かけっぱなしだったね。そのことを、ちっとも考えてなかった」


 言いながら、浩市は頭を下げる。考えてみれば、理恵子は誠司と家でふたりきりという状況なのだ。

 彼女から見れば、誠司は赤の他人である。しかも、家族で一番の厄介者だ。その厄介者の世話を、ずっと押し付けられていた。

 誠司のことだけではない。父・健人に対しても同じだ。理恵子がこの家に来た当初、父とどんな生活をしていたかは知らない。だが、父が病で倒れてからは、ひとりでずっと世話をしてきた。何を言われようが、黙って耐えていたのだ。

 この家に来てから、理恵子はずっと厄介者の相手ばかりさせられている。しかも、誰も彼女に感謝していない。


「明日から、しばらく店に来てなよ。やることはないけどさ、とりあえず誠司と一緒にいるよりはいいでしょ」


 そこで、ようやく理恵子はこちらを向いた。


「誠司くんを、ひとりにしていいの?」


「大丈夫だよ。家には現金もないしね。あんな奴、ほっといていいから。もし何かあったら、俺と誠司がパクられてくるからさ」


 そう言って、浩市は笑った。一応は冗談のつもりだったが、理恵子はにこりともしない。

 浩市は目を逸らし、真面目な顔で話を続ける。


「理恵子さんの言う通りだ。親父と同じで、誠司も一生変わらないだろう。だから、あいつのことはほっといていいよ」


「わかったよ。ところでさ……」


 そこで、彼女は言葉を止める。すっと近づき、浩市の胸を指でつついた。


「ウチの厄介事ってさ、他にもあるんじゃないの? まだ、あたしの知らないことがさ」


 ギクリとなった。またしても、痛いところを突かれたのだ。どうやら、全て見抜かれていたらしい。


「何かあるなら、今のうちに言っておいてもらいたいんだよ。後で急に言われても困るしね。まさか、ここまで来てあんたは信用できない……とか言わないよね?」


 なおも聞いてくる理恵子に、浩市は圧倒され何も言えないでいた。正直、彼女を巻き込みたくはない。

 だが、それは無理だった。理恵子もまた、既に片足を突っ込んでしまっている。


「一応、あたしは浩市より少し長く生きてる。その間、いろんな人間を見てきたし接してきた。その経験が、少しは役立つかもしれないよ。ひとりで悩むよりはマシになるんじゃない?」


 確かに、彼女の言う通りだ。自分ひとりで抱え込むには、あまりにも大きすぎる。

 浩市ほ、ここ数日の間に起きたことを、順を追って語り出した。







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