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異世界における転生者の必要性  作者: 前田香菜
異世界における魔法使いの必要性
8/11

 地方騎士団の本部と呼べる場所は、ヴェントの街の境界線上付近にある。アーレンシャールの土地には一番大きな町のヴェントと、次に大きな港町、そして3つの村がある。それぞれの町村に地方騎士団塔が存在し、それに寄り添うように魔法部隊の駐屯所があった。



 そしてやはり本部があるのはこの街ヴェントということだ。ただしこの町だけ、魔法部隊の駐屯所は離れた場所にある。境界線上にあるというのは変わらないが。



 がたごとと馬車に揺られながら騎士団塔への道を進む。セバスチャンと同乗しながら、胸の中に漠然とした不安が広がっていた。

 この馬車は騎士団からの迎えに寄越されたものだった。



「コーディリア様」

「大丈夫よ」



 お嬢様、とは呼ばず名で呼ぶ。今のあなたはストックウィル家の気楽な立場のお嬢様ではありませんよ、と。



 馬車がゆっくりと止まる。扉が開き、御者に手を取られて下りると、ごつごつとした体と鎧、無造作に肩まで伸びた赤毛と無精髭(ぶしょうひげ)の男性が、2人の騎士を連れて立っていた。



「ご足労痛み入ります。ストックウィル伯爵。私はアーレンシャール騎士団総隊長、レックス・ヒンクリーと申します」

「いえ、領内の事件ですもの。微力ですが協力は惜しみません」

「伯爵の寛大なお心に感謝いたします。では、こちらへどうぞ」



 騎士団塔はやはり、地方というだけあって王都に比べると小さい。中に入ると、石壁には剣、槍、弓などの武器が掛り、螺旋階段が中心にある。おそらく上は見張り台につながっているのだろう。そのための()なのだから。


 ぴしりと敬礼する騎士達の前を通り、案内された部屋にはいる。幸い、話をする部屋は1階にある。地下へ通じる階段もみ目に入ったが、その下は牢屋だ。



 案内された部屋に入り、コーディリアは内心苦笑してしまった。おそらくここは取調室なのだろう。粗野な部屋に、古びた机、壊れそうな椅子。けれどコーディリアが来るためか、机にはテーブルクロスがかけられ、1輪挿しの花があり、椅子には申し訳程度のクッションが置かれている。

 無骨だがそれなりにもてなそうという気はあるらしい。

 コーディリアはなにも言わず椅子に座り、隊長はそれに向き合うように座る。



「隊長自らお話をされるんですか?」

「ええ。もちろんです」

「私も同席させていただきます。はじめまして、地方騎士団副隊長のロジオン・エーベルトと申します。以後お見知りおきを」

「はじめまして。既にご存知のことと思いますが、コーディリア・メイデ・ストックウィルと申します」



 レックスの後ろに控えるロジオンは銀髪を短く刈り上げ、冷たい印象を与える無表情の男だった。肉食獣を連想させる隊長と違い、動きは洗練されている。

 コーディリアは彼が騎士でありながら、上流階級出身ではないか、少なくともその教育を受けていると判断する。自分がそうだからよくわかる。

 一方のレックスは荒々しい雰囲気ではあるが、それだけではなさそうだ。目の中に、知性の光があるような気がする。少なくとも、コーディリアと同じように相手を見極めようと、考えを巡らせている人だ。

 とはいえ、コーディリア自身は考えを巡らせたとはいえ答えに、相手の考えや気持ちの流れなどに辿りつけるとは思っていない。自分がそれほど賢い人間ではないと自覚しているし、あくまで考えないよりはマシだろうという程度の自衛だ。16の小娘に経験豊富な大人達のことが見抜けるはずがない。ただ最低限、自分の味方か敵かだけは判断できるようになろうと思っている。そこで頼りになるのは、女の勘だ。

 セバスチャンが褒めた人を見る目というのも、突き詰めれば女の勘なのだ。



「あなたが同席するのは構いませんが、私は従者を同席させてもよろしいのかしら?」



 刑事ドラマなどでは1人で事情聴取をされるイメージがあるが、ここではいいのだろうか。

 コーディリアが首を傾げると、レックスはまじめな顔を崩さなかった。だが、彼の心の内ではにやりと笑う。



「本来はご遠慮いただくところですが、今回は事件の様子をうかがうだけです。こちらも2人ですしな」

「お心遣い感謝します」



 騎士団としては相手は女で、今回はあくまでも事件当時の状況を聞くための場だ。本来であれば1対1の、しかも女性の騎士に事情聴取を任せるところだが、今回はそうはいかない。こちらは2人の男性騎士で、さらに密室にいるのは重圧だろうと執事の同席を黙認していたが、コーディリア自ら執事の退席を許容を含む発言をするとは、なかなか肝が据わっている。

 


 どうやら元領主よりもこの女領主のほうが話ができそうだ、とレックスは考えた。あくまで、彼女がレックスにとって敵でなければ、の話だが。



「さっそくですが、あの火事の現場にいつからいらっしゃったのかお伺いしても?」

「私が駆けつけたときには既に建物が火に包まれていました。といっても、窓から火が漏れている状況で、外まで火はまわっていませんでした」

「他の目撃者の話によると、火の中に飛び込まれたとか。なぜそんなことを?」

「火事の現場に来る前に、とある男性とお知り合いになったのです。その男性が燃える建物の中に入って行かれたので、止めなければと咄嗟に私も続いてしまったのです」



 本音を言ってしまえば、止めなければ、とかそんなことを考えている余裕はなかった。ただの衝動に任せての行動で、浅慮だったと今でも思う。けれど、事情を説明するために理由を明確に述べなければならないのなら、きっと止めなければと思って走ったのだろう。



「なるほど。その男性とのご関係は?」

「……あの日初めてお話した方です。とあるお店で騙されそうなところを、助けていただいて」



 ジルベルトとの関係をどう答えていいのか、一瞬迷った。どう説明すればいいのか。暴漢に襲われたところを助けてもらったといえばいいのだろうか。しかし、あの質屋の元店主を暴漢と言っていいのだろうか。店の奥に連れ込んで、なにをしようとしていたのか、それは今確かめようもないし、知りたくない。柔らかく言えば騙された、というとことだろうか。あの店は、元店主の店ではなかったのだから。

そもそも、質屋にいたことをあまり知られたくない。疑われているなら、正直に答えるけれど。ぎりぎりまでは避けたいという気持ちがある。

 けれど、こういう隠す態度は逆に疑われるのではないかと、手をぎゅっと握った。



「そうですか。では、建物に飛び込まれたあと、なにか怪しい人影をみたとか、なにか気になる点はありませんでしたか?」

「怪しい人影はみませんでした。私は男性を追いかけて2階へあがったんです。そういえば……」

「そういえば?」

「真ん中の部屋に、魔法陣?のようなものがありました。赤く光っていて、それに触れると光が消えて、火が弱まったんです」

「魔法陣と火が弱まった……」

「はい」



 ロジオンは記録をとりながら、眉根を寄せる。



「あなたが追いかけた男性は、どこにいたんですか?」

「たぶん彼の自室です。彼は部屋から大事な本を持ち出そうとしていました。……その魔法陣のある部屋には彼はいませんでした」

「そうですか」



 もし火事の原因があの魔法陣だとして、ジルベルトが疑われているならそれは違うとコーディリアは思う。あの部屋に彼は入っていない。

 あのとき、コーディリアは2階にあがるとすぐに魔法陣に気が付いた。そんな彼女の後ろからハンカチで煙を吸わないよう配慮したジルベルトが、魔法陣のある部屋にいられたわけがない。



「こいつは、あいつの到着を待たなかった俺のミスかな」

「そうですね。これは、私達の範囲外の仕事かもしれません」

「……?」



 ため息をつく隊長と副隊長の様子に、コーディリアは首を傾げた。そのとき、取り調べ室の部屋が開く。



「まったくそのとおりだね。約束か違うんだけど?」

「おっと。来ちまったか」



 中に入ってきたのは、長いローブを着た、赤茶の髪の少年だった。冷ややかな眼差しをレックスに送り、ついでコーディリアをみる。



「この女が今の領主、ねえ。頼りなさげだけど、大丈夫なの?」

「お久しぶりでございます、ナルシス様。ですが、我が主への侮辱は、許しませんよ」

「ふーん。あなたがそういうってことは、少なくとも前よりもマシってことかな」



 ナルシスは不遜な態度でどんっとレックスを席からどかし、自分が座った。レックスから抗議の声があがるが、彼が気にした様子はない。

 いろいろコーディリアに対して失礼な態度をとられている気がするが、それよりもやっぱり父はアーレンシャールのために働く人達からそういう評価をされているのかと改めてつきつけられ、苦笑が勝る。

 自分のへの侮辱は正直どうでもいい。それが伯爵家への名誉に関わらなければ否定する気もない。

 だからコーディリアは精一杯にこりと笑った。対人関係は苦手である。



「はじめまして。コーディリア・メイデ・ストックウィルと申します」

「ふーん。あのさ、あんたが犯人じゃないの?」



 ロジオンの記録を読んでいた少年が、無遠慮にとんでもない発言を放り込んできた。そのとき、ナイフがグサリと少年の目の前の机に刺さる。

 冷や汗をかいた少年が、そのナイフを放った男に視線を向けた。



「ちょっと。取調室は武器の携帯不可なんだけど?」

「これは武器ではございません。食器でございます。それに、あなたの場合は武器を所持せずとも相手を害することができるしょう。こんな不公平はないとは思いませんか?」

「なにそれ。僕に魔力を全部置いてきてから取り調べしろって言ってんの?」

「その通りでございます」

「そんなのできるわけないだろ!」



 セバスチャンの言うとおり、机に刺さっているのは食事のときに使うナイフだった。あのナイフはこんなに深く刺さるほど切れ味がよかっただろうか。

 いきり立つ少年に、セバスチャンは冷ややかな眼差しを送った。



「最初に申しました。我が主への侮辱は許さないと。今この場において一番身分の高いお方はコーディリア様でございます。いかにあなたが魔法の天才であろうと、王家に忠誠を誓っていようと、あなたは現在コーディリア様に仕える立場。それにも関わらず、この方に先に名乗らせておくとはどういうことでございましょう。本来はあなたから名乗るべきでございましょう?さらにその暴言。態度が過ぎますぞ」

「……あんた今まで領主についてなに言っても怒らなかったじゃないか」

「怒る価値のある領主であれば、私も怒ります」

「それと、王家になんか忠誠は誓ってない」

「さようでございますか」



 しれっと答えるセバスチャンに、少年の額に青筋が浮かぶ。



「このくそジジイ!」

「その生意気な鼻をへし折ってさしあげても構わないのですよ?」

「この僕とのケンカに、ジジイが勝てるとでも?」

「一度勝ってからその発言をしていただきたいですね」

「ふふふ」



 思わず笑ったコーディリアに、呆れた視線がむけられる。



「なに笑ってんのさ」

「いえ、うちの執事がこんなに楽しそうにしているところをはじめてみました」

「お嬢様、楽しんでいるわけではないのですよ」

「お嬢様呼びに戻ってるわ」

「……失礼いたしました」



 すんなりと下がるセバスチャンに、少年はちょっと驚いた顔をする。



「それで、ナルシス様と仰るのでしょうか。なぜ私が犯人なのです?」

「……はあ。魔法部隊副隊長、ナルシス・エンドガートと申します。先ほどの発言は大変失礼いたしました。本日は捜査のご協力、心より感謝いたします。本来ならば魔法部隊隊長、エネシス・レドガータが参るはずなのですが、手を離せぬ事情があり私が代理で参りました。ご容赦願います」

「なんだ。ちゃんとできるんじゃないか」



 ナルシスはすごい勢いでレックスを睨む。



「魔法部隊の方だったのですね」



 それならセバスチャンが武器がなくても害せると言った理由がわかる。魔法使いでも杖がなければ魔法が使えないものが多いが、中にはなにも持たずとも魔法を使える者もいるという。彼がそうなのだろう。



「先ほどの発言の理由の説明を願います」

「……。消火後の現場には、確かに魔法陣の跡らしき痕跡がありました。ただし、かなり擦り切れていて判別が難しかったのですが、あれは精霊を捕えておくための魔法陣であると調査結果が出ています」

「精霊ですか」



 それは、かなり困った事態だった。

 この国において精霊とは良き隣人といった扱いだ。とはいえ、精霊を見ることができる人間は少ない。一部の魔法使いのみ、みることができるという。

 魔法が便利だともてはやされる一方で、魔法の使用はかなり厳しく制限されている。当たり前の話だ。奇跡の力なのだから。

 だが、精霊に関しては謎が多く、制限するのは難しい。研究するにしても、みえる人間も少なくては厳しいものがある。だが、一度捕まえてしまえば、精霊というのはとんでもなく価値のあるものだった。

 おそらく使いようによっては魔法よりも価値のあるもの。

 コーディリアはあまりよく知らないし、精霊の利用法などは一部の魔法使いのみの口伝とされている、禁法だ。だが、精霊とのうまい付き合い方というのは民間にも根付いている部分がある。

 あるいは、精霊と契約を結んだ人間もいるという噂だ。無制限の魔力と、莫大なる奇跡の力。精霊を用いれば、半永久的に使える魔法道具(マジックアイテム)というものも作れるらしく、昔から精霊の密猟者は少数であるが絶えることはない。彼らは精霊狩りと呼ばれている。



 精霊を怒らせて沈んだ国は、歴史上にぽつぽつと存在する。ゆえに、精霊はとてもデリケートな問題だった。みえなくて、ほとんどの人が一生関わることのないよくわからない存在。だけど大切にしなければと、昔から伝えられている存在。

 神を信じるのと同じくらい自然に、一般に精霊は大切にされている。特に貴族の間では。その例外が、精霊狩りなのだけれど。

 悲しいかな富を生むとあって、貴族が精霊狩りに関わっていることもあるらしい。



 密猟者にとっては精霊は金のなる木だ。研究したい人間はごまんといるし、魔法に組み込めばそこから得られる利益は莫大。制限もないから利用はいくらでもできる。それこそ、精霊が苦しむ方法をとっても誰も止められないのだ。



 法はないが、そういった精霊の守り手は魔法使いである。コーディリアにはわからないが、魔法使いと精霊というのは深い繋がりがあるらしい。だから、精霊に関わる事件は魔法部隊が主に担当する。



「下宿にいたあの部屋に住んでいた人間が、精霊を捕まえ隠していたと思われます。そしてあの火事も精霊が原因だというのが我らの見解です。目撃者の証言では複数の個所から同時に、突如火が上がり燃えだしたと。そして、あなたが触れた魔法陣はおそらく、火の精霊が閉じ込められていた。あなたが触れたことで、魔法陣が破れ、精霊が逃げ出すことができた。だから火が弱まったのです」

「あそこに、精霊が?」



 コーディリアがみたのは赤く光る魔法陣だけだ。



「あなたは精霊がみえないようですからね。魔法陣自体は肉眼視できるのでそのようにみえたのかと。けれど、不思議に思うことが1つ。どうしてあなたがわざわざ魔法陣に触れたのか?」

「え?」

「我々はこう考えることもできるんですよ。あなたは精霊狩りに関わっている。危ない中わざわざ火の中に飛び込んだのは、精霊を捕まえているというまさにその証拠を消すため」

「……」

「あなたは、借金がありましたね?とてもお金が必要だったはずだ。さらに当主は不在。あなたは途方に暮れた。もしそんなとき、精霊狩りから話を持ちかけられたら?」

「……」

「あなたが直接関わらなくてもいいんですよ。間接的に関わることだってできる、いろいろ便宜を図ったりね」



 コーディリアは少し考えた。半分はこんな簡単な話を、本当に疑問に思って自分に聞いているのだろうか、と。それとも試されているのだろうか。

 どちらであろうと、コーディリアが答える内容に変わりはない。



「……いろいろ反論したいことはございますけど。1つ言えるのは調査不足では?」

「なるほど。それはなぜ?」

「私がどこから借金を返済するためのお金をもって来たか、これらは全て正式な手続きのもとに行っております。そちらを調べていただければ、不審な収入から得たものではないと証明されるでしょう」

「……」

「もし精霊狩りとの関わりがもっと昔からあるのではとお考えなら、それら全てはセバスチャンが管理していた時代です。あなたがたは、我が執事に対してはかなり信頼をおいているのでは?」



 その言葉に、彼らは少し驚く。

 セバスチャンの管理。つまり、不審な収入はありえない。



「あとは父が精霊狩りに関わっていた場合、それは私の預かり知らぬこと。私が犯人とは言えず、ストックウィル家としましても、今は関係ない人間のお話です。父が現れ、父が関わったという証拠が出たら改めて対応させていただきます。

それと、私が魔法陣に触れたことは迂闊であったと、反省しております。ですが、あの下宿にいた人物全てと、あの日まで私は全く関わりございませんでした。あの部屋に住んでいた人間が精霊狩りだとお疑いなのなら、私は一切関係ございません。皆様がご存知の通り、私はほとんど屋敷を出たことがなく、友人知人は数えるほどもおりません。交友関係を調べてもおそらく一瞬で終わるほどでしょう。そんな人間が外部の精霊狩りと接触できたとは、私は思いません。使用人達もセバスチャン以外は全て解雇しておりますので、そこからの接触もほぼないと思われるとよろしいかと」



















 屋敷に戻れたのは、夕方だった。

 コーディリアはほっと息をつきながらも、肩の重い案件に気が重い。

 精霊が関わるとなれば、騎士団と魔法部隊に捜査を任せきりというわけにはいかない。捜査の邪魔にならないよう、けれどそれなりに首を突っ込まなければならないのだ。精霊の一件は表沙汰にあまりできないのに、王家にも関わることだから。



「領主の仕事を初めて早々に、こんな重い一件にあたるなんて」

「お疲れ様でございます」

「ありがとう、セバスチャン」



 セバスチャンから紅茶を受け取り、その温かさにほっと息をつく。

 騎士団の人達は、たぶんコーディリアにとって今のところ敵でも味方でもない。ずっとこちらの様子を窺っている雰囲気だった。最初はgive&takeの関係だろうと思う。魔法部隊は敵寄り。でもまだ副隊長しかみていないから、決めつけるのは早計かもしれない。



「ただいまー!」

「あ、みなさんお帰りなさい!」



 元気よく帰ってきたのはエリクだった。その後ろに、びくびくとしたロイクとジルベルト、そしてバーナードまで立っている。



「みなさんご一緒だったのですか?」

「いえ、ちょうど屋敷に続く道でばったり会ったんです」

「そうですか」



 コーディリアの質問に答えたジルベルトが、困った顔をした。



「それで、少しご相談が」

「なんでしょうか?」

「実は……」



 ジルベルトに連れられて外に出ると、なぜかそこには立派な牛が立っていた。



「……牛?」

「はい、牛です」

「うむ。牛だな」



 バーナードは牛にもしゃもしゃと髭を食べられてる。大丈夫なのだろうか。

 説明したのはエリクだった。



「実は、美術学校は美術を専門にしているだけあって、モデルにたくさんの動物を飼っているんですが……」



 エリクの説明によると、リュミエール美術学校で飼っている牛だったのだが、なにをしても暴れる狂暴な牛だったのだという。今日もいつものように暴れて、売ろうにも暴れすぎて誰も買い取らないと、学校側も困っていたらしい。

 睡眠薬を打ち込んでも暴れ続ける、とんでもない牛だという。

 それが、どこから忍び込んできたのか、バーナードが暴れる牛の前を通ったらしい。エリクを含めその場にいた人間はバーナードが怪我をするのではとひやひやしたのだが、なぜがバーナードの髭をもしゃもしゃ食べ、落ち着く牛の姿。



 その結果、この牛をもらってくれと、学校側からバーナードに要請があったのだという。

 バーナードはそれに1つ返事で受け入れたのだが、一体どこで飼うかというのが問題。

 コーディリアの了承なしに受け入れたバーナードに、全員が苦い顔をしていた。先生以外。



「この子、乳牛ですよね」

「うむ。そうだ。コーディリア嬢なら喜んでくれるかと思って、もらってきた」



 他の面々がそんなわけないだろう、という顔をしたとき、コーディリアが笑って頷く。



「はい。これで、牛乳を買いに行かなくて済みますね」

「「「え」」」

「無駄に敷地はありますし、もちろん牛の一頭くらいは構いません。でも、私ではお世話しきれないので、お世話は先生もお手伝いいただきたいのですが」

「もちろんだ。彼らも手伝ってくれる」

「「え?!」」



 勝手に世話を手伝うことにされたエリクとロイクは目を白黒させる。



「え、いいのですか?」

「私は構いませんよ。他の2人はどうかわかりませんが」



 ジルベルトが穏やかに頷くと、他2人もこっくりとうなずく。



「まあ、みんなでやるならいっか」

「は、はい」

「ありがとうございます!」

「お礼を言うのはこっちのほう……というより先生のほうだと思うんですけどね」



 モ~。



 牛が嬉しそうに鳴く。



「あれー。なんで火事のあった下宿に住んでた3人と、こんなに仲良さそうなのかな?」



 コーディリアが振り返ると、そこにはナルシスが立っていた。にやにやと笑みを浮かべて。



 コーディリアは、自分が少し疑われていたことと、下宿にいた人間が犯人である、もしくは関わりがあると、彼らが考えていることを思い出す。



「説明、してもらえる?ストックウィル女伯爵様?」













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