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異世界における転生者の必要性  作者: 前田香菜
異世界における魔法使いの必要性
11/11


「では、私を嫌いになったわけではないのですか?」

「好いてはいない。でも、嫌ってもいないよ。少なくとも」

「それは……よかった」



 関わりのない人間にどう思われようが構わない。そんな強い気持ちもあるけれど、それでも嫌われてるとなれば悲しくなるし、そうではないにこしたことはない。



「そんなことより、まだ病み上がりですしお休みください。お仕事が急ぎでなければ……」

魔法部隊(うち)は年中人不足だからね。急ぎじゃなくても仕事しないと回らないのさ」

「でも……」

「さ、誤解は解けたんだから早く出てってくれない?気が散るんだけど」



 コーディリアの眉はへの字だ。そんな彼女におかまいなくナルシスはメガネをかけて書類を手に取る。



「……やっぱりダメです!」

「はっ?」


「その通りだ!」



 コーディリアが書類を取り上げ、ナルシスが唖然としたときにバタンッと扉が開く。



「話は聞かせてもらった!」

「な!なんで……。聞いたってどこから?!というか勝手に入らないでくれる!」

「『そんなことより、まだ病み上がりですしお休みください』からかな!」

「なんだ、そこからなら別に……ってそうじゃない!そもそもなんで勝手に入ってきてるのさ!」

「お見舞いに来たんだよ。ね、ジル君、先生!」

「うむ。ちゃんと見舞いの品をもって来た。ほらロイク青年、机をそこに置きたまえ」

「ええええええええと、いいんですか?ほんとにこれ置いて!」

「うむ。軽い快気祝いの前祝いといこうではないか。なあジルベルト青年」

「あはは」



 乗り込んできたのはエリクとバーナード、そして簡易机を持たされているロイクだった。その後ろからジルベルトが苦笑しながら入ってくる。



「見舞いに来たんじゃないのかよ!てかなんだよ快気祝いの前祝いって。意味わからないんだけど!」

「た、たたた確かに、快気祝いの前ってそれはまだ快気してないわけで……そもそも病気になっていた本人からするのが快気祝いのはずですね……」

「そのとおりだよ!そのとおりなんだけど、大事なこと言ってんだからもっと大きな声で言ってよ!」



 ロイクのぼそぼそとした声は宴会の準備を進めるバーナードとエリクの耳には届いていない。

 彼らはさっさと床に座って酒を開ける。この世界の成人は17歳であるから、コーディリア以外の人間は飲酒に関しては問題ない。



「……まだ病み上がりなのに、大丈夫でしょうか?」

「まあ落ち着いて休めないとは思いますが、でもこれで彼は仕事もできません。皆さんもそれを意図してやっていることでしょうし、大丈夫でしょう。あなたさえよければ」

「……そうですね。にぎやかなのは、私も嬉しいですし」



 そっとコーディリアのそばに寄ったジルベルトと共に、にぎやかなナルシスの部屋を見守った。






















 ストックウィル家の庭では桜が狂い咲いているが、季節は夏。最近では外にいると汗が出るほど気温が上がり始めていた。

 机の上に軽く積まれた書類をコーディリアが確認していると、熱を逃がすためにセバスチャンが窓を開けた。ぬるい風が手に持った紙と、結い上げた髪を揺らす。



「この街の学校はどこもいろんな企画や試みを積極的に考えていて、おもしろいのね」

「はい。学問を推奨すること、学べる環境を整えることがこれまでの運営方針でしたから」

「おじいさまは最終的にこのヴェントを学術都市にしたかったのね」



 アーレンシャールは広い土地ながら豊かな土地ではなく、農業の生産率は低めである。この土地に合う農作物は少なく、また港町があるため海産物も獲れないわけでないが、主だった産業にするほどの漁獲量もない小さな港だ。一見生産性のない貧しい土地に思われるかもしれないが、領主の館がある街ヴェントは活気づいている。それは、この街にある複数の学校によってもたらされた発展だった。



 アーレンシャールは国中にその名が知られるほどの学術に重きを置き、発展した場所である。学術都市と呼ばれる、学校や研究所を招き、様々な学問や研究が盛んに行われている都市や街は国内にいくつかあるが、それらに埋もれない知名度をアーレンシャールは持っていた。その理由は、少し特殊な学問を歓迎したからである。その代表とも呼べるのがソレイユ医術学校と、リュミエール美術学校だ。この二校がアーレンシャールで一、二を争う規模の学校であるが、医学も美術もそれほど一般的な学問ではない。それぞれ、ジルベルトとエリクが通い、ロイクが働いている場所だった。



 この世界において、学問といえば魔法である。よほどの田舎か貧しい家でなければ国民は皆魔法学校と呼ばれる場所に通い、読み書き計算歴史などの基礎学力と魔法を学ぶ。それは魔力を持つ者持たない者例外なくである。

 5年間の魔法学校を卒業した子供達はそのあと仕事につくか、専門学校に通うか、魔法大学に進むか選択肢があるが、基本的には就職することが多い。



 生産性のない美術や医学などの学問は社会的地位が低く、国からの援助も少ないため学校の数も魔法学校に比べると極端に少ない。しかし、反対に画家などを志す者は多くはないが少なくもない。また、魔法以外の学問に興味を持つ者や、医術を学んだ者達とソレイユ医術大学の草の根活動のおかげで医学に興味を持った人間達が国中からアーレンシャールに集まる。身近では学べないことを学びたいと思う学生の多くがここに集まるので、ちりも積もれば山となるというように現在アーレンシャールの人口は約6割が学生であった。



 アーレンシャールの経済はこれらの学校法人によって成り立っている。たとえばソレイユ医術学校は、この学問の不遇さゆえにあまり利益をあげるようなことはないと思われるかも知れないが、かつてジルベルトが語ったように医学を究めるために魔法の研究を盛んに行っている。その魔法に関する研究成果は社会が求めるものであり、利益を生む。



 また美術品は生活必需品ではないために蔑ろにされがちではあるが、貴族などの生活に余裕のある者はこういう嗜好品を好むことが多く需要があるため、商人達が定期的に訪れて美術学校の作品を大量に買いとっていた。それらの利益の何割かは学校のものであり、学校から税金がストックウィル家に支払われる。そのためアーレンシャールは経済的には余裕のある土地であった。



 というようなことを、コーディリアは当主代理となって生まれて初めて知った。ヴェントが学問の街ということは知っていたが、具体的にそれがどのように営まれ、発展しているのかは必要に迫られた今、セバスチャンに教えられてようやく理解したことだ。今までの不勉強が悔やまれる。



 資源もなく目立つ産業もなかったアーレンシャールの発展の基礎を築いたのはコーディリアの祖父だった。学問の街にすることは、この不毛に近い土地を発展させるために祖父が考え抜いた策だったのだろう。



 だからストックウィル家は先代|(あくまでコーディリアは当主代理のため、祖父は未だ先代と呼ぶ)から積極的に学生達の研究を援助してきた。積極的にというのは、たとえばくだらないと思われるような研究でも、思わぬ利益や効果を生むことがあるという考えから、援助金支給の許可判定がゆるいのだ。とはいえ、なにを研究しているのかは必ず把握しておかなければならないので領主が必ず目を通すわけだが、コーディリアの手にある書類はその申請書だった。




 研究の概要、どのような結果を求めているのか、何が必要なのか、予算はどのくらい必要かなどの項目を読んでいき、研究の許可、支援金の許可、支援金はいくらまで出せるのか、援助はどこまでできるのかを回答するのが領主の仕事の一つである。



 すなわち研究をする事自体は許可されても、支援金は許可されない場合もあり、その決定権は領主が持っていた。



「一応研究や企画自体は全て許可するけれど、支援金に関してはこの書面だけでは判断できないわ。ある程度はわかるけれど、それでも知識がなさすぎて、イメージがわかないの」

「それは当然のことでございますよ。しかし、今は領主の基本的な仕事だけで手一杯。下宿のこともございます。今はそちらにまわす余力はございません」

「そう……なのよね」



 自分の無能さが嘆かれる。無能とまではいかないかもしれないが、自分がもっと有能な人間であれば、もっと手の届くところは多いのに、とコーディリアはため息をついた。



 しかし、ないものを嘆いていても仕方ない。いくらポケットをひっくり返したって、最初から中身のないものはなんにも出てこないのだから。



「まずは、私はこのアーレンシャールを知らなくてはいけないと思うの。ここで生まれ育ったのに、なんにも知らないんだもの」

「さようでございますね」

「…………ねえセバスチャン。私、街を歩いてみたいわ」




 セバスチャンは主の突然の言葉にため息をついた。













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