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異世界における転生者の必要性  作者: 前田香菜
異世界における魔法使いの必要性
10/11

「あなたに看病してもらいながら、追い出したのですか?」

「えと、あの……その……」

「私にはそうみえた。私が部屋に戻ろうとしたとき、新入り君(ナルシス)の部屋の前で座り込んでいた彼女をみたのだよ。まさにあの体勢であれば、乱暴に追い出されてバランスを崩したあとだと察せられる」

「……」



 ジルベルトの目がすっと細まり、バーナードは表情変わらず髭を撫でる。



「え、えと……。私の看病に不手際があったのかもしれませんし」

「お話を聞く限り、不手際はなかったと思いますが」



 ジルベルトが帰宅したあと、コーディリアはナルシスの様子を彼に報告した。彼の病状と様子。飲ませた薬の種類。そしてどうやら彼の気に障ることをしてしまったようなので、部屋に入ることを躊躇ってしまっている、ということを伝える。



「部屋を出てから、ナルシス様の様子をみていないのです。病で苦しんでいる方を放置してしまって、申し訳ありません。私が、請け負ったことなのに」

「あなたが気にすることではないと思いますよ。とにかく、私が様子をみてきます」

「よろしくお願いします」



 彼女の意思ではないとはいえ病人の世話を果たせなかったことに責任を感じ肩を落とすコーディリアに、ジルベルトは穏やかに笑った。



「診察したあとは、彼の様子をまたお伝えします。そうだ、薬を飲む前になにかお腹に入れた方がいいので、なにか消化にいいものを作っていただけませんか?」

「は、はい!」



 ぱっと顔を明るくした彼女は、身を翻して厨房に足早にむかった。



「ジルベルト様」

「はい」

「教育的指導も一緒に、よろしくお願いします」

「……わかりました」



 丁寧に頭を下げながら鍵を渡すセバスチャンに、それを受けとって苦笑しながら頷いた。



「まあ、年頃の男子の心境を思えば、理解できなくはない行動ではないが……果たしてそれだけの理由なのか」

「……」



 考えを声に出したバーナードの言葉を聞いたのは、セバスチャンだけだった。










 扉がガチャガチャとなる。内側から鍵がかかっているので当たり前だ。

 その音に(うつつ)と夢の狭間から浮上したナルシスは、顔を顰めた。音はうるさいが、誰かが入ってくることはない。

 音が鳴り止むまで無視していると、カチャッと鍵が回る音がした。そして扉が静かに開き、するりと長身の影が入る。



 そして彼はあっという間にナルシスのベッドに辿り着いた。そのあとするっと布団から腕をとられ、手首に指をあてる。



「脈拍は速い。解熱剤は……飲んでいない。熱は、朝よりは下がっている」



 机の上に置かれた薬は、コーディリアから彼女が飲ませたと聞いた薬以外は減っていない。

 熱は朝下がり夜に上がるものだ。夕方の今朝よりも熱が下がっているということは、快方に向かっていると判断していいだろう。



「かっ……さわ、るな……」

「目を覚まされましたか」



 腕を振り払う力も入らず、出した声は掠れて舌打ちしたい気分になるが、そんな力もなくナルシスは目に全力を入れて開けた。



「なん……部屋……鍵……」

「ああ、なんで鍵を閉めたのに入って来られたか、ということですか?セバスチャンさんから鍵を貸していただきました。執事ですから、鍵を持っておられるのは当たり前ですね」

「んぐっ」



 体を少し起こされ、吸い飲みから水が喉に流れ込む。抵抗する元気もなくそれを飲み下した。生ぬるい水が美味しく感じる。いや、これはただの水じゃない。



「あまい……?」

「ああ、甘みの方が強く感じましたか?汗を大量にかいていますから、水に塩と砂糖を混ぜたものです」

「……ふーん」



 なぜ汗をかいたら砂糖と塩が必要なのか気になったが、それを素直に尋ねるのも癪で無難に返した。だが頼んでもないのにジルベルトが解説する。



「汗を舐めたらしょっぱいでしょう。汗をかくと同時に塩分も排出されるんですよ。糖分は手っ取り早いエネルギー補給ですね」

「頼んでもない解説をどうも」



 ナルシスのキツイ言い方にもジルベルトは動じた様子はない。だが、がしっとナルシスの頭を掴んだ。ぎりぎりと骨が悲鳴をあげる。



「ちょっとなにすんのさ!僕は病人なんだけど!」

「私を追い出さないのに、彼女は追いだしたんですか」

「追い出した?ああ、女伯爵のことか」



 ジルベルトは表情の失せたナルシスをみて、頭を離す。彼の態度に関して憤りはあるが、病人に対してする行為ではない。

水分をとったことで、体が少し楽になる。ついでに口も動くようになった。


「僕に近づけるな」

「彼女をですか。それは、あなたのその熱に関係しているんですか?」

「なんの話かわからないんだけど」

「この熱。風邪ではないでしょう。もし風邪であれば、治癒魔法を使える人間が既に治しているはずだ。特に、治癒術を使える者は身近にいたでしょうから」

「……」

「魔法使い自体は数が少なく、精霊狩りの件で殆どの魔法部隊の人間が出払っていたとしても、副隊長であるあなたの治療を優先しないわけがない。それなのにあなたが臥せっているということは、魔法の効かない病ということだ」

「……」

「まだまだ若輩者で知識は少ないですが、その中で思い当たることがあるんです。……魔力暴走を起こしていませんか」

「それ、確信してる言い方だね」



 ナルシスはジルベルトを見上げた。ジルベルトは真剣な顔をしていた。



「はっ。何が知識は少ないだ。魔力暴走なんて、本職の魔法使いだって知ってる人間も少ないのにさ」

「我々は魔法についても学んでいますから」

「なるほど。そんな重箱の隅をつつくようなマネをして、魔法の及ばないところを探して医術の居場所を探してるってわけか」

「そうですよ。そうしないと生き残ってはいけませんから」

「だろうね。そうじゃないと、あんた達医者は無駄なことを学んでる愚か者ってことだ」



 医術で成せることは魔法でも成せる。むしろ魔法の方が人々に恐怖を与えることも少なく、手っ取り早く効果を得られるという面もある。医術はとにかく時間がかかる。基本的には休養をとることが第一の治療であるし、手術をすれば腹を刃物で開くことに恐怖を感じることもある。だからこそ余計に人々は魔法に頼るのだ。

 そんな世の中で医術が生き残るためには、魔法が及ばない部分を医術が埋めるしかない。人々に必要とされなければ、存在意義はなくなるからだ。だから細かい差異の部分を積み重ねていくしかないのだ。

だが、ジルベルトはその在り方に対して卑屈に思うことはなかった。



 以前コーディリアが言ったのだ。「医術があれば、魔力をもたない人でも人を救える術を学べるのですね」と。



 嘲りに対して全く傷ついた様子のない青年に、ナルシスは舌打ちした。



「それだけ口がまわればもう大丈夫ですね。彼女に良い報告ができそうだ」

「あ……」



 そういえばとても頭がはっきりしている。心なしか熱も下がったような……。というか、魔力も鎮まっている。

 それに気付いてばっと身を起こすと、ナルシスはジルベルトを睨みあげた。



「頭のツボを押しました。学校は魔力暴走に関してかなり力を入れて研究していますからね。すっきりしました?」



 目の笑っていない微笑みに、ナルシスは先ほど頭を押さえつけられたことを思い出して頬が引きつる。



「この……やろっ!」



 魔法のかなりの使い手であるナルシスにとって、医術とはとるに足りないものだ。必要ないし、医術を学ぶこと自体無駄な足掻きにみえた。それなのに学ぶ者の多くは真剣だった。それが滑稽でバカらしく思っていた。

 だが今その医術のおかげで熱が引き、回復している。

 魔力暴走は文字通り、体の中で魔力が制御できず暴走すること。それに対して魔力を使った治療である治癒魔法を使えばより悪化する。ダムから溢れそうな水に更に大雨が降って決壊するのと同じことだからだ。

 だから魔力暴走が起きたときは大人しく魔力が静まるのを待つしかない。だが逆からいえば、魔法を使わない治療なら問題ないわけだ。



 バカにしていた医術によって、魔法分野の異常が正される。それはナルシスの自尊心を叩き折る事実。 

 つまりジルベルトは無言でこう伝えたわけだ。バカにしている医術に救われた気分はどうだ?と。



 本人がそう思って(おこな)ったことかはさておき、ナルシスはそう受け取る。

 彼にとって、受け取ったその言葉こそが真実。



 ジルベルトは軽くため息をついた。



「私のことはいいですけが、コーディリアさんのことは誤解を解いておいてください。気にしていましたから」

「どうして誤解だと言い切れる?」

「違うんですか?」



 ジルベルトは全て知っているかのような笑みで返した。










 ナルシスの扉がコンコンと叩かれた。



「どうぞー」



 投げやりでも答えが返ってきたことにほっとして、コーディリアは扉を開けた。ナルシスはベッドで身を起こしながら本を読んでいる。


「あ、あの。おかゆをお持ちしました」

「そこ置いといて」



 本から視線を外すことなく、ナルシスはベッド脇のテーブルを指す。



「は、はい……」



 ジルベルトにおかゆを持って行ってくれと頼まれたのでもって来たが、部屋に入るなと言われたことが気になってコーディリアは困惑していた。

 とはいえ追い出されないということは、もう部屋に入ってもいいということなんだろうか。

 なにはともあれ直接会えるうちに気になることは済ませてしまおうと、コーディリアはおかゆの入った鍋を置いてナルシスの額に手をあてた。



「失礼します」

「な、ちょっと!」



 身を引かれたが手は振り払われることはない。

 熱が下がっていることにほっとして、コーディリアは身を離した。



「よかった。熱下がられたんですね」

「おかげさまでね」



 思ったより素直な言葉に驚く。拗ねた口調なのが気になるが。

 ジルベルトから、随分長い間面倒をみてもらっていたことを聞いて、コーディリアを無下に扱えなくなったのもある。が、それを知っているのはナルシスのみだ。



「あ、そうだこれ、魔法部隊隊長様からナルシス様宛に郵便が届いています」

「ああ、報告書か」



 コーディリアから封筒を受け取り、そのまま中身を取り出して読み始める。

 仕事を始めてしまったナルシスに、この場にいないほうがいい気がしてコーディリアが離れようとすると、ぽつりと呟きが聞こえた。



「別に、あんたを疑ってたわけじゃないから」

「え?」



 振り返ると、ナルシスが眩しそうにコーディリアをみていた。いや、正しくはコーディリアをみていたわけではない。



「あんたはなんでか、精霊に好かれてるんだよ」

「え、精霊?」

「そう。今もあんたの周りにふよふよしてる」



 思わぬことを言われて周りを見回すが、コーディリアにはなにもみえない。しかし、ナルシスにはしっかりとみえていた。小さな弱弱しい光が、眩しく思えるほど多く彼女にまとわりついているのを。



「多かれ少なかれ、魔法使いっていうのは精霊に好かれてるんだ。その中でも視える魔法使いは、特に好かれていることが多い。あんたも、善良寄りの精霊にかなり好かれてる。視えないことが、魔力を持っていないのが不思議なくらいね」

「え、そうなんですか?」

「そう。だから、最初からあんたを疑ってはない」

「……どういうことですか?」

「あーもう、察しの悪い女だな!」

「ええ?!」



 ナルシスは書類を放り出し、コーディリアに向き直る。人に人差し指を向けてはいけません。



「あんたは精霊に好かれてる。精霊だって分別はつくから、自分達を傷つける人間を好いたりはしない。だから、本当は最初から精霊狩りにあんたが関わってるなんて思ってなかったってことだよ!」

「そ、そうなんですか」



 顔を赤くして怒鳴るナルシスを不思議に思いながら、コーディリアは頷いた。



「えと、ではなぜここに?」

「あんたは疑ってないけど、現場に下宿してた人間は疑ってた。領主であるあんたになにかあったら大問題だろ。あんたがいなくなったら、領主代理を務められる人間がいなくなる。最初はなんで容疑者をこんなにも身近に置いてんのかってイラついたけど、まあ一気に監視できると思って僕もここに住むことにしたわけ」

「そう……だったんですか」



 いろんなことに納得がいく。次に気になるのは、下宿人達への疑いはどうなったのだろうか。



「だから、別にあんたを疑ってたから部屋から追い出したわけじゃないから!」

「え?」

「え?」



 きょとんと見返すコーディリアに、ナルシスもきょとんと返す。



「疑われてたから気にしてたんじゃないの?」

「いえ、部屋を追い出されるくらい嫌われたのかと思って……」

「……」



 ナルシスは深くため息をついた。



「今回の熱、風邪じゃなくて魔力暴走が原因だったんだよ」

「魔力暴走?」

「ああ、深く考えなくていい。とにかく、魔力が僕の体の許容範囲を超えて増えてたってこと。これ、精霊に愛されている人間に起こるんだよ」

「愛されている?」

「そ、好かれてるんじゃなくて、それよりも上ね。まあ原因の一つは精霊なわけ。そんで、あんたに四六時中くっついてる精霊が僕に近づくと、あんたもこの魔力暴走に引きずられる可能性があった」

「それは……」

「下手したら命に関わることだよ。たぶん限りなく低い確率だとは思うけど。一定距離離れていたら問題ないから、部屋に入るなって言ったんだ」

「では、私を嫌いになったわけではないのですか?」

「好いてはいない。でも、嫌ってもいないよ。少なくとも」













この話をした友人には、君の就活に対する思いが込められている話だね、と言われました。

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