067 四年の歳月で生まれた新たな魔王
商業都市ガイアにあるエクスフィールド家の古屋敷。
そこの御曹司であるクロア・エクスフィールドは私が《TSO》の世界で初めて交流を持ったNPCだ。
彼の屋敷の一室を借り、ハルくんが無事に目覚めたのを確認した私はほっと溜息を吐きまったりしている最中です。
「そういえばクロアは? 久しぶりだから挨拶をしたかったんだけど……」
ひと通り今までに現実の世界で起きたことをハルくんに説明した私は、この四年で《TSO》の世界がどうなったかを彼に詳しく聞こうと思っていました。
ハルくんが最強の魔法少女だとすると、クロアは最悪の女ったらしとかに――。
『ダンナは今、ギルドの依頼で塾生と共にクエストに出掛けている。……でもまさか、四年前に行方を眩ませたマナが突然帰ってくるなんてな』
「うわっ! ビックリした!」
急に何も無い空間から声が聞こえ、慌てて振り向きます。
そこには九つの尻尾を持ったふさふさした毛のキツネが、こちらを睨んでいました。
「なんだぁ、九尾かぁ。神出鬼没なのは相変わらずなんだね」
彼の名は『九尾』。
クロアの仲間モンスターで、前回ログインをしたときは結構お世話になった記憶がある。
『……相変わらずなのはお前のほうだ。あれから四年も経っているというのに、お前だけは時間が止まっているように見えるぞ。ハルを見ろ。お前を探し続けて、この四年で急成長をしたのだぞ。ハルだけではない。ダンナもエクスフィールド家を継いで、立派な当主になられたのだ』
「え? 本当に? 流石だなぁ、クロアも……」
そう呟いてちらりと横に視線を向けると、ちょっと照れたように笑っているハルくんと視線が合った。
うぃっちは相変わらずミヤの腕に抱きついていて、自身の胸を押し付けてるし……。
色目を使うんじゃない、色目を。
「現実の世界のことはマナさんのおかげで大体分かりました。お父さんやお母さんのことも心配だけど……でも、現状ではログアウトをする方法が分からないし、こっちの時間の一年は現実の世界の一日だと分かっただけでも気持ちが楽になりましたよ」
「だね。言い換えれば時間はたっぷりとあるってことだし、慌てずにログアウトできる方法を探せば良いのかな。私の目的だった『ハルくんを見つける!』っていうのは、二人のおかげですぐに達成できちゃったし」
ハルくんの言葉に同調した私は、何だか気が抜けてお腹が空いてきちゃいました。
九尾が用意してくれたお茶菓子も美味しかったけど、ちょっとあとで商店街でも回って買い物をしてこようかな。
「ねえ、九尾。クロアはいつ頃戻ってくるの?」
『昨日クエストに出発したばかりだからな。ラグーナ地方にあるエルランド王国からの依頼だから、早くとも一週間は掛かる仕事だ』
「一週間かぁ……」
その間、九尾に頼んでクロアの屋敷に泊めてもらうとして……。
問題は、私がここで何をするか、だ。
ログアウトのための情報集めは彼が戻ってきてからでも十分かもしれない。
ハルくんだっているし、もう彼と離れ離れには絶対になりたくない。
「じゃあ、しばらく私はこの街に滞在させてもらうわ。というか、むしろ街から出ない。情報を集めるにも、今の私じゃ足手まといになっちゃうだろうしね。前のログインのときも慌ただしくて、全然《TSO》の世界を堪能できなかったし……。魔力もないし、経験値も少ないんだから、私は大人しく主婦をします!」
『……』
「……」
……あれ?
せっかく今、立ち上がって主婦宣言をしたのに、誰も反応してくれない……?
『あんたねぇ、大人しく主婦をやるって言っても、今の《TSO》の状況とか知らないんでしょう? それにまだハル様の話も終わっていないわよ。ねぇ、ハル様?』
「話……?」
うぃっちにそう言われ、私は再びハルくんに視線を向けました。
どうやら彼の表情から察するに、私に言いづらいことがあるみたいです。
「……マナさん。ボクが黙っていても、この《TSO》の世界で生活をしていたらすぐに知ってしまうと思うので、ボクの口から説明しますね」
そう言ったハルくんは真剣な表情に変わりました。
……え? なに恐い……。
なんか重要な話?
私、知らない間に何かしたとか……?
そして彼の口から出た、トンデモナイ話とは――。
「マナさんが居ない四年の間に、この《TSO》の世界のラスボスである魔王が倒されたんです。倒したのは、たった一人の少女とその仲間モンスターです。魔王を倒すとストーリークリア報酬として、ひとつだけどんな願いでも叶えることが出来る魔宝石を手に入れられるのですが――」
「……ゴクリ」
つい、生唾を飲み込んじゃいました……。
そして彼は続けます。
「彼女が魔宝石に願ったのは、この世界の新たな魔王になることでした。――魔王の名は、アリス。情報屋によると『北瀬愛理子』という名前の女子高生だそうです。彼女の魔力により、この世界の【法律】は捻じ曲げられてしまいました。そして、彼女の仲間モンスター――。マナさん、驚かないで下さいね。そのパートナーとは、魔王の眷属にしてヅライム族の王――【頭面王】の称号を得た、あの『ヅラっち』なんです!」
……。
…………。
「……………………はい?」
私の素っ頓狂な声が古屋敷に木霊しました。
USER NAME/佐塚真奈美
LOGIN NAME/マナ
SEX/男?
PARTNER/うぃっち
LOGIN TIME/35108:38:55




