023 パートナー
「……」
『……』
ゼガルおじさんの鍛冶店の帰り道。
クロアはまだおじさんに用があるとかで、その場に残ってしまった。
うん。
なので私は、変な押し付けられたヅラ野郎と一緒に街を歩いているんです。
無言で。
「……」
『……ぷるるん』
どうしてだろう。
なんでこんな訳の分からないヅラを被ったスライムが、私の『仲間モンスター』になっちゃったんだろう。
というか私のステータスにも『PARTNER/ヅラっち』という項目ができちゃってるし。
うん。
ホント、勘弁して欲しい……。
「……」
『……なあ、オカマ』
「誰がオカマよ!」
鬼の様な顔で反応する私。
いかんいかん。
このヅラのペースに巻き込まれたら駄目だ……。
『……お前って、いつから本物のオカマになったんだ?』
「だからオカマ違うっつうの! わたしは女! ここはゲームの世界! 今だけ身体が男になってるだけ!」
1つ1つ大きく区切って説明する私。
私の息がヅライムのヅラにかかる度に、数本の髪の毛が風にたなびいている。
うん。
いちいち鬱陶しい……。
『なんか良く分からんが……。あれか。いま流行のあたまがおかしくなっちゃう呪いにでも掛かったか』
「だから違うっつうの! このハゲ!」
『ちょ、お前! いま俺の事ヅラっつっただろ!』
「言って無いわよ! あんた自意識過剰なんじゃないの! そんなヅラになんか興味なんてこれっぽっちも無いわよ!」
『ヅラに――――興味が無い、だと……?』
ヅライムの表情が変わる。
うん。
まあ表情なんて全く無いんだけど……。
「……何よ」
ちょっと言い過ぎたかなとか、ちょっとだけ、うん、ちょっとだけ反省する私。
『……ちょっと長くなるが、いいか?』
「いやです」
『……。このヅラはな。いや、ヅラじゃねぇよ。誰がヅラだよ。あ、いやそうじゃなくてな。この誇り高き俺等ヅライムの先祖が、当時のマスターから受け継いだ命よりも大事な冠――。古より語り継がれしこの冠のおかげで、俺等ヅライム種族はモンスター界の中でも一大派閥を――』
嫌だと言ったのに長々と語り始めるヅライム。
もう完全に自分の世界に入り込んで、自分語りに酔っている。
『――な訳さ。当時の貴族達は俺達をそりゃあもう髪の様に扱ってな。あ、いや間違えた。神の様に扱ってな。今では最底辺のモンスターなんて言われちゃいるが、当時は最強モンスター種族の中でも3本の髪に入る……じゃなかった。3本の指に入ると言われるくらい――』
長い。めっちゃ長い。
よくいるタイプだ。
話は長いけど、内容は大した事ないっていうタイプだこれ。
うわ、面倒臭い。
『――という大事件が当時の貴族達の間で起こった事を継起に――っておい。お前、何をやっている?』
「うん?」
話が長くてつまらなくなった私は、ヅライムのハゲヅラに付いているゴムの部分を伸ばして遊んでいる最中。
ていうかヅラをゴムで首の部分で固定しているだけじゃん。
パーティグッズか。
ていうかスライムなのに首があるんですか。
どこか首ですか。
ぬるん、としていて寸胴なのに。
『おい馬鹿やめろ。ゴムを引っ張るんじゃない。あ、ちょ! だからそんなに引っ張ると危ないっつってんだろ!』
「……(にやっ)」
『いやなに嬉しそうな顔になってんだよ! やめろって言って――おいこら! それ以上引っ張ったらホント危ないって! いやいやいや! それ凄い痛いって事ぐらいお前にだって分かるだろう! やめて! ホントやめて!』
どんどんとゴムを伸ばす私。
伸ばされまいと私の方向に近づいて来るヅライム。
引き離そうとより離れようとする私。
追い掛けて来るヅライム。
なにこれ。
「ちょっと! こっち来ないでよ!」
『いやだからお前がゴムを離せよ! あ、いや、いま離すんじゃ無いぞ! 離せって言ったのは、俺がもう少しお前に接近してお前の手から優しく俺のゴムを俺が受け取ってからの話で――』
逃げる私。
追い掛けて来るヅライム。
街行く人々の視線が私達に集まっている。
こいつらなにしてんのっていう視線が。
「あ――」
迫ってくるヅライムに気を取られて小石に躓いてしまう私。
『ちょ、やめ……!』
私の手からゴムが放たれると察したのか。
飛び掛って来るヅラ。
必死か。
「あっ」『あっ』
尻餅を付いた私に覆い被さるヅライム。
というか――。
「……」『……』
私の唇に、ヅライムののぺっとした顔が密着――。
「……」『……』
沈黙。
固まってしまう2人。
『……ハ、ハハ……。アハハ……』
どっこらしょっと私から離れて、ヅラの位置を直すヅライム。
ちょっと頬が赤く染まっている?
そして少しだけそっぽを向きながら上目遣いで私を見つめ――。
「……あんた、今……。私に……キス……した?」
汚物を見る様な目で目の前のモジモジしたヅラを見る私。
『ば、馬鹿言ってんじゃねーっつうの! き、キスだぁ? し、知らねぇよそんなもん! べ、別にファーストチッスはちょびっと甘い檸檬の味がしたとか、そんなんじゃねぇっつーの! …………あっ』
「・・・」『・・・』
沈黙。
というか、ファーストチッス……。
私はそのまま無言で立ち上がり、スカートの埃を払う。
「……いくら、払う?」
『金取んのかよ! うっわ! おまえ黒っ!! 腹黒っ!! びっくりするわ!』
「だってキス、したんでしょう?」
『いやだからこれは不可抗力というか、事故というか! ていうか俺のヅラゴムを引っ張ってバチンしようとしたお前がそもそも悪いんじゃねぇかよ! あ! またヅラって言っちゃった!』
「キス、しましたよね」
『う……』
私の目ヂカラに耐えられなくなったヅライムはそっと目を逸らす。
どこに目があるのかさっぱりなんだけど。
『ていうかお前、男だろうが! チッスの1つや2つや3つや4つくらい、なんて事は無いだろう! 良いじゃねぇかよちょっとくらい! 俺とお前の仲だろう! というか俺達パートナーだろう!』
必死に力説するヅライム。
私はふっと表情を崩し、背を向ける。
まあ、これで弱みを握ったし、アドバンテージは私にあるという事になったのかな。
ゼガルおじさんの工房で修行してたそうだから、武器のメンテナンスとかもそれなりに出来るんだろうし。
私のパートナーになったからには、死ぬ気で働いてもらおう。
『……あれ? 何か寒気が……』
腹の中で計算し終えた私は、満面の笑みでヅライムを振り返る。
「さあ、そろそろ日も暮れて来たし、家に帰りましょうか。貴方、料理は出来る?」
『へ? あ、ああ……。まあ、親方の所では家事全般を引き受けてたから……』
よし。
じゃあ料理洗濯掃除ゴミ出し系は全てやってもらおう。
それと武器防具メンテナンスと買出しなんかも頼めるかもしれない。
意外に使えるのか?
『……な、なんだよ。その怖い笑顔は……』
「ううん、なんでも。これからも宜しくね☆ ヅラっち☆」
『お、おう……』
新たなパートナーと和解した私。
ハゲヅラを被った変わったモンスターなんだけど。
――でもこの時、異変に気付くべきだったのかも知れない。
街行く人々に、軽いノイズが走っていた事に――。
USER NAME/佐塚真奈美
LOGIN NAME/マナ
SEX/男?
PARTNER/ヅラっち
LOGIN TIME/0039:58:05




